新日本フィルの定演も今回の演奏会で終了し、9月からは新しいシーズンへと向かう。昨年に続き、シーズンの最後を飾る演奏会は、リクエストコンサートとなり、聴衆が事前に投票し、その中から監督である上岡氏が楽曲を選択しプログラムが決定するという演奏会だ。今年はラフマニノフのピアノ協奏曲第2番とチャイコフスキーの第5交響曲が選出された訳だが、どちらの楽曲も日本では有名かつお馴染みのもので、やはり人気がある楽曲、ということが再認識できた。
さてその演奏だが、事前トークの中でも話があったように、まず過去の演奏のどれとも類似していない内容だったと言えるだろう。むしろこの楽曲から味わえなかった音色の色彩感が新鮮で、陰と陽の対比、光と影のバランスが絶妙だった。連日鑑賞した演奏会だったが、やはり2日目の方がより強くそれを感じることができたと思っている。上岡氏の演奏の場合、どの楽曲でも独自性が強く、前例に捕らわれない傾向は多々あるのだが、同じチャイコフスキーでも第6の時より、さらに練り込まれた内容のように感じた。全楽章にわたり現れる「運命の主題」は、暗く重いが、感情移入が激しすぎることなく、どちらかというとあっさり淡泊な印象。感情にまみれたドロドロの表現とは無縁だった。全体的には快適なテンポと言えるだろうが、デュナミークはやはり際立ち的を得ていて心地よい。それは第1楽章の第1テーマから、はっきりと弦楽器群に現れ、実に細かな指示が浸透していることが読み取れる。音楽が大きくなってきても、極端な爆発は無く各声部が手に取るように聴こえてくるのだ。これがいわゆる上岡節で、いつもの堀が深い演奏なのだが、このチャイコの第5で聴くと新鮮に聴こえて、音楽の奥深さを思い知り新たな発見が生まれたのである。
アントンK自身の好みは別として、その最たる解釈は第4楽章のコーダだった。高々しく奏されるVnによる運命の主題は、勝利に向かって前進するというより、むしろ潤いを帯び、力感は満載なのだが美しく力強い。ここでは金管群よりも木管楽器の響きが弦楽器と絶妙なマッチングだった。そしていよいよ音楽が大きくなるfffからは、威圧的なTrpのテーマ誇示ではなく、なんと弦楽器の圧倒的な刻みが音楽をけん引していたのだ。これはまさに、76年のロストロポーヴィチの第5を彷彿とさせ、プレストに突入するまでの響きの世界は極上だったと断言してしまおう。金切り声を上げて威圧する演奏の多い、ここのポイントは、過去の経験を覆してしまうような大きさを持っていた。
朝比奈隆が生前、最後の指揮となったのがベートーヴェンでもブルックナーでもなく、このチャイコフスキーの第5番だった。(2001年10月 名古屋)その当時、朝比奈がロシア物のプログラムを組むとこぞって会場に出向き、重厚なサウンドを身体で味わったもの。朝比奈サウンドで聴くロシア物は、当時のアントンKにはビタミン注射のようなもので、終演後の充実感は相当なものだった。あれから30数年、同じ楽曲でも、全く別の音楽による大きな感動を味わうことができた。比較なぞ意味を為さず、どちらの音楽もアントンKには必要なのだが、今は来期に向かってさらに走る上岡敏之氏と新日本フィルに期待を寄せていきたいと思っている。
第592回 定期演奏会 トパーズ
ラフマニノフ ピアノ協奏曲第2番 ハ短調 OP18
チャイコフスキー 交響曲第5番 ホ短調 OP64
アンコール
プロコフィエフ ピアノソナタ 第7番~3mov.
ニールセン 仮面舞踏会~第3幕 若い雄鶏たちの踊り
指揮 上岡 敏之
ピアノ オルガ・シェプス
新日本フィルハーモニー交響楽団
コンマス 崔 文洙
2018年7月27日/ 7月28日 すみだトリフォニーホール