アントンK「趣味の履歴簿」

趣味としている音楽・鉄道を中心に気ままに綴る独断と偏見のブログです。

「カルメン」で解った新日本フィルの合奏力!

2018-09-30 20:00:00 | 音楽/芸術

この週末、台風が日本列島を縦断する。今年何度目だろうか。せっかく山陽本線の不通区間も開通の運びとなり、10月を迎えようとした矢先のこと。とにかく新たな災害が再び発生しないことを祈るほかはない。

この天候のおかげで撮影計画がキャンセルとなり、それならばと急遽気になっていた演奏会に足を向けた。いつもの新日本フィルだが、定期演奏会とは一味違った名曲コンサートである。いわゆるクラシック音楽の中でも、一般受けする有名な楽曲が並んだ演奏会。誰でも学校の授業で聴き、TVやスポーツ競技などで耳にしたことのある楽曲ばかり。アントンKも同じで、普段は中々演奏会では出会えない楽曲だった。それこそ、音楽に興味が沸いた中学生時代にレコードに針を落としていた楽曲で懐かしくもある。たまにアマオケの演奏会でも取り上げられ、偶然出会うこともあった。今回の新日本フィルの演奏は、各パートの雄弁さが一層際立ち、今まで積み上げてきた技術力の総決算というべき素晴らしい音色で聴衆に迫ってきた。

前半は、メンデルスゾーンの序曲と、ヴァイオリン協奏曲が奏され、後半はビゼーのカルメン組曲というプログラム。メンデルスゾーンは、緻密な弦楽器の刻みが遠くから近づき、それに続く管楽器群のデリケートな味わいには思いもよらず驚嘆した。続くヴァイオリン協奏曲では、新進気鋭のヴァイオリニストをしっかり支えながらも、随所にオケの光を見た思い。そして後半のカルメン組曲で、それらが本物であることに気が付かされたのだった。ソロパートの多発するこの楽曲において、木管金管の音色のニュアンス、響きの美しさは例えようがない。もちろんコンマス崔文洙氏のヴァイオリンの音色は、いつも以上に情熱的に響き、これを聴いただけでも来た甲斐があったというものだ。ホールにほとんど残響がなく、響きを聴くにはかなり不利になり、細かい音の粗が見えてしまいがちだが、この演奏では粗どころか、全強奏でも響きに統一感があるとでもいうか、ピッチが決まっていたように思う。いやはや、この新日本フィルも上岡敏之氏を音楽監督に迎え、鍛え上げられてきた成果が表れ始めているのだろう。願わくば、アントンKはオケの音色を聴いただけで解るようなオーケストラを望みたいが、今後も大いに期待していきたいところである。

今回の演奏会で唯一残念だったのは、指揮者大友直人氏の演奏解釈だった。昔聴いた印象と何ら変わらず、いったい何が言いたいのか、どう聴かせたいのかが、演奏から伝わらなかったのだ。まるで教科書通りの演奏、奇手を狙わず当たり障りのない解釈とでも言おうか。あのカルメン組曲をもってしても体温が上がらず、平静を装った内容のように思えたのである。音楽会の楽しみの一つは、一期一会の演奏の中で、何が起こるかわからないスリリングな冒険も必要なのではないのか。これではオーケストラの能力を最大限に生かせていないと思えてしまう。宝の持ち腐れに思えてならないのだ。初めて大友氏を聴いてから20年以上は経っているが、演奏に求めるものが全く違いご縁が無いのかもしれない。音楽とは自己表現でもあるはずなのに・・

新日本フィルハーモニー交響楽団 オータムコンサート

メンデルスゾーン  劇付随音楽「夏の夜の夢」序曲 ホ長調

メンデルスゾーン  ヴァイオリン協奏曲 ホ短調

ビゼー  歌劇「カルメン」組曲 第1番、第2番

指揮    大友直人

Vn      荒井 里桜

コンマス  崔 文洙

2018-09-30      なかのZERO大ホール

 

 

 


首都圏にあったゴハチの地味な運用

2018-09-29 20:00:00 | 国鉄時代(モノクロ)

国鉄時代には定期で客車を回送する列車が見られた。その多くは尾久や品川、あるいは東大宮等に回送目的で設定されている定期スジが存在し、EF58の運用で残っていた。日のよって編成はまちまちで、機関車とも組み合わせて多々楽しめたが、当時は定期列車ということだからか、あまりファンの間では話題にならず、最後まで地味な列車のまま消えていったと思う。

この回送列車から、東北線を走った宇都宮区のEF58けん引の列車を掲載してみる。この時は編成2両の極短編成。現在のような事前情報などないから、列車が来てみないとわからず、間抜けな写真と相成った。この場所も今では様変わり。この時の面影など皆無だろう。

1978-05-23   回2541ㇾ  EF5858         東北本線:赤羽-尾久


魅力に溢れた北海道の客車列車たち

2018-09-27 19:00:00 | 国鉄時代(モノクロ)

ホームでのバルブ撮影を繋げて、今回はやはり乗車前に撮影した北海道内急行「狩勝」を掲載。

当時北海道は、現役蒸気機関車が引退してまだ間もない昭和53年の夏。翌54年には、山口号が運転されるから、ちょうどそのはざ間ということになる。本州内がそうであったように、道内でも次々と夜行寝台列車がここ札幌を出発していく。ワクワクしながら、乗車する「狩勝」の入線を待ち、轟音とともにホームに現れたのは、赤いDD51の耐寒耐雪型北海道仕様。それに続くのは、美しい10系寝台客車であった。それも北海道仕様の500番台を名乗っている客車たちだったのだ。

何かと移動に時間がかかった北海道内だから、当時から夜行列車は本当に有効だったことを今更ながら実感している。現在は夜行列車はもちろん、気軽に乗車できた急行列車すらなく、時刻表にも空欄が多く寂しいものだ。写真は、札幌のホームにて出発を待つ急行「狩勝4号」。もちろん札幌駅は昔の地上ホーム。随分とホームが低いことがわかる。

1978-08-24   417ㇾ  DD51521    急行「狩勝4号」   札幌駅にて

 


夜行普通列車「はやたま」

2018-09-26 08:00:00 | 国鉄時代(モノクロ)

引き続き普通客車列車で繋げてみたい。

国鉄時代には、普通客車列車であるのに、列車名の付いたものが存在した。天王寺発着で紀伊半島をぐるっと回り運転された「はやたま」。京都発着の「山陰」と札幌発着の「からまつ」。いずれも夜行列車で運転され、編成に10系寝台客車が数両連結されていた。当時アントンKは、周遊券などを利用して撮影に出かけていたが、宿代をケチってこういった夜行列車を乗り継ぎ、夜明かししたことは数知れず。特に今回掲載の「はやたま」という列車には思い出が多い。利用客が多く、多客時には臨時列車も運転されたと記憶している。走行音のみが響く車内から、窓の外を眺め、ただ無の境地に浸る。もうこんな思いは出来ないだろう。今にして思えば、この何気ない時間が情感となって、限りない思い出となっている。

そんな訳で、その夜行列車「はやたま」を掲載。暮も押し迫ったとても寒い夜、何人かでホームに降り立ち、バルブ撮影を敢行する。ゴハチの前面の連結器付近から、暖房の蒸気が大量に吹き上がり、辺り一面が霧のように煙ってしまった。おかげで機関車の番号も読み取れなくなったが、今にして思えば、こういった光景もどこか風情に感じ趣を感じてしまう。

1983-12-30    921ㇾ  EF58139    「はやたま」   紀勢本線:新宮にて


EF70けん引の客車列車

2018-09-25 17:00:00 | 国鉄時代(モノクロ)

客車列車の流れで、今回は北陸本線を走っていたEF70の普通客車列車を掲載したい。

交流機の元祖でもあるED70の後を受けて、北陸線に投入されたEF70。EF60のように、初期車はヘッドライト1燈の形態で、当時はコイツを狙いに遠征に出た。しかし御多分に漏れず、シールドビーム2燈化が進行していて、思うような写真は撮影できていない。いずれEF81の増備が進み、余剰車は九州に渡るとの情報を頂いていたので、EF70けん引の列車、特に当時は団臨運用を中心に撮影に出た遠征のようだ。この地で生まれ育った機関車であるEF70は、真っ赤な車体で、当時のアントンKには、物珍しく映ったもの。しかしどこか馴染めず、愛着が沸かずに終焉を迎えてしまった。

掲載写真は、初期車ではないが、1000番台がけん引してきた普通列車。今も昔も北陸線の撮影地と言えば、新疋田-敦賀のループ線となるだろうが、この区間の線形は、色々楽しめ1日では撮り切れなかった印象が残っている。機会があれば、再訪したい撮影地なのだ。

1982-02-27     222ㇾ  EF701007    北陸本線:新疋田-敦賀