ヒゲジイのアル中よもやま話

断酒を始めて早7年目。このブログは回復プロセスの記録と脳のリハビリを兼ねて綴っています。やはり、まだチョット変ですかネ?

妙な日 ― 禍福は糾える縄の如し(その2)

2018-02-27 07:41:31 | 雑感
 その日は半年に一回のステント留置後経過観察のため、尼崎にある県立病院の循環器内科を受診する日でした。うまいこと事が運んだら、元町にあるアルコール依存症専門クリニックと、三宮で昼過ぎにあるAAのミーティングの両方をハシゴできると目論んでいました。
 家を出て直ぐ、ゴミ拾いのクセからつい時間をロスしてしまったのですが、どうにか県立病院には予定通りに着くことができました。今回はそのつづきです。

 尼崎の県立病院は、コンピューター・システムによってほぼ完全なペーパーレスになっています。患者は、再来患者用の受付機からエアコン用リモコンのような携帯機器を受け取り、以後その指示通りに動けばよいようになっていて、患者の呼び出しもその携帯機器か、あるいは廊下の電子掲示板で行われます。私は、廊下の電子掲示板の標示に従って動いていたので、持っていた携帯機器が正常に作動するものか気にも留めませんでした。
(今思えば、この携帯機器は20年以上昔流行ったポケット・ベル、通称ポケベルでした。)

 運動負荷心電図検査と診察を順調に済ませた後、会計窓口でのチェックも終え、いよいよ自動払い込み機の順番となりました。この時点で10時頃だったでしょうか。ここからはポケベルの呼び出し音だけが頼りとなります。

 ところが10時45分になっても、持っていたポケベルはウンともスンとも言いません。さすがに不安になって、自動払い込み機の側にいた病院職員に尋ねてみました。
「あっ、これ電池が切れていますね!」これを聞いて思わず脱力してしまいました。

 再来の受付機のところに注意書きが掲示されていますが、ポケベルの電源チェックといった注意事項はありませんでした。ケイタイなど持ったことがない私ですから、受け取ったポケベルが正常に作動するのか確認する術がないのです。

「(そんなセッショウな! どうしてくれるんだ?)」と言いかけて、それをぐっと飲み込みました。職員にそのままぶつけたとしても待たされた時間は戻って来ないのです。その職員は、私の診察券を受け取ると自動払い込み機に差し込んで直ぐに支払い可能にしてくれました。

 患者用のポケベルが電池切れになるなんて滅多にないことだと思います。このお陰で、今後はポケベルを受取ったら直ぐに電源チェックをすべきと知りました。少なくとも40分以上の大幅な時間のロスとはなりましたが、これはこれで普段なら得がたい経験でした。

 さぁ、この時間のロスでその日の私の目論見が微妙になりました。元町にある専門クリニックを目論見通り先に受診したら、次に三宮であるAAのミーティングには遅れる恐れがあり、しかも昼食抜きの可能性も大なのです。尼崎の駅に着いたらその時点で決めようと、歩いて病院を後にしました。
(この項まだつづく)


いつもお読みいただき、ありがとうございます。
ランキングに参加中です。是非、下をクリックして順位アップに応援お願いします!
クリックしますと、その日の順位が表示されます。
にほんブログ村 メンタルヘルスブログ
    ↓      ↓
コメント
  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

ヒゲジイのPAWSによる悪文見本市(その10)

2018-02-23 09:16:54 | 悪文見本市
 久々に悪文見本市を取り上げてみました。まだまだ脳のリハビリを続けなければと思い知らされました。
 私にとって、このブログは闘病記録のようなものです。回復プロセスを含めた病状の記録と脳のリハビリを目的としています。自分の書いたものはその時々自分の心を映す鏡です。記事の内容もさることながら、書いた文章の不具合がその時々の病状を表していると考えています。この悪文見本市シリーズもその一環として掲載しています。

 アルコールの急性離脱後症候群(Post Acute Withdrawal Syndrome:PAWS)は、断酒を始めて3~6ヵ月で自覚するようになると言われています。その症状の一つ “思考プロセス障害” では、脳の働きにムラがある、頑なで諄(くど)い思考、因果関係を理解できないなどが知られています。

 私の経験から言えば、次の3点に言い換えできるでしょうか。


 ● 脳が混乱して疲れやすく、よくストライキを起こすこと
 ● まとまった文章を書こうとすると、なかなか考えがまとまらない
   こと
 ● 使うべき助詞、所謂 “てにをは” の適切な使い方に迷うこと


 さらにより具体的に挙げれば、“遠回りする思考”、“助詞の使い方の混乱”、“修飾語の語順の誤り”、“時制の混乱” などとなり、大概が “慣用的な言葉の使い方(言い回し)の失念” ということに要約できます。

 今回もその具体的な現れと思われる悪文事例をご紹介します。いずれも脳がストライキを起す寸前の状態にあり、集中力に欠け、文案が錯綜する混乱の中で書いたものと思われます。

 なお、現在掲載中のものはいずれも手直しした後の改訂版です。
**********************************************************************************
【事例43】
「ドライドランク状態は、再飲酒前に限って現れる特異的な症状ではなく、やはり誰もが経験する記憶障害と同様、回復プロセスの移行期の急性離脱後症候群(Post Acute Withdrawal Syndrome:PAWS)の一つ情動障害である、と私は考えています。」
         
「回復プロセスの移行期には、急性離脱後症候群(Post Acute Withdrawal Syndrome:PAWS)の一つとして誰もが必ず記憶障害を経験します。ドライドランク状態は、再飲酒前に限って現れる特異的な症状ではなく、記憶障害と同じくPAWSの一つ情動障害であると、私は考えています。」
       断酒中のドライドランクを自己診断できますか? 」(2015.10.30投稿)より

 重文と複文が組み合わさったてんこ盛りの、複雑でやたら長い構文となっています。二つの文に分けてみました。これだけで随分、読みやすくなったと思います。

 この他にもかなり手直ししましたので、大分読みやすくなったと自負しています。是非、『断酒中のドライドランクを自己診断できますか?』をご一読ください。
 

【事例44】
「・・・いわば医師の主観的な判断によっています。
 どんな病気でも、患者にとって最大の関心事はどの程度まで回復が進んでいるかです。アルコール依存症の場合、・・・ 患者本人も体調の復調を自覚できます。いうまでもなくアルコール依存症は脳の障害です。アルコールという薬物を慢性的に使用したことが原因で起きたものです。精神状態が障害されているらしいという負い目があるため、断酒後のアルコール依存症者は健常な精神状態に回復しているというお墨付き(診断)を殊のほか渇望します。ところが精神面の回復の診断に関してはそう簡単ではないようなのです回復、健常な精神状態とはどんな状態なのか、患者自身ぼんやりとしたイメージがあるだけで具体的には分かっていません。
 自助会AAでも “回復”や “健康な心”、“心の落ち着き” などはよく取り上げられるテーマです。・・・ 案の定、数値で回復を確認できる検査はないという回答でした。」

         
「・・・いわば医師の主観的な判断によっています。同様に回復の度合いについても評価基準はないに等しいようです。
 どんな病気でも、患者にとって最大の関心事はどの程度まで回復が進んでいるかです。いうまでもなくアルコール依存症は脳の病気です。アルコールという薬物を慢性的に使用したことが原因で起きた病気です。精神が障害されているらしいという負い目があるため、断酒後のアルコール依存症者は健常な精神状態に回復しているというお墨付き(診断)を殊のほか渇望します。回復健常な精神 とはどんな状態なのか、患者自身ぼんやりとしたイメージがあるだけで具体的には分かっていません。
 自助会AAでも “回復” や “健康な心”、“心の落ち着き” などはよく取り上げられるテーマです。・・・ 案の定、数値で回復を確認できる検査はないという回答でした。」

               アルコール依存症の回復イメージ」(2016.3.18投稿)より

 一つの段落内に複数の段落に分けるべき内容が盛り込まれています。しかも段落の論理展開に混乱が見て取れます。元々、問題提起 ⇒ アル症者共通の願い ⇒ 医師の回答という展開を意図していましたから、本来の論旨に沿って自分なりに整理し直してみました。

 次に、言葉の使い方に戸惑いがみられます。病気と障害の使い分けがよくわかっていないのですが、文脈の流れからここは病気としました。

**********************************************************************************
【急性離脱後症候群(PAWS)】
 症状は、断酒開始後3~6ヵ月目で最も強くなり、6ヵ月~2年で回復する。
  ○ 思考プロセス障害(脳の働きにムラがある、頑なで諄(くど)い思考、因果関係を
    理解できない)
  ○ 情動障害(情動の揺れ)
  ○ 記憶障害(短期記憶の障害)
  ○ 睡眠障害
  ○ 身体的協働性に問題
  ○ ストレス感受性に変化(おそらく認知障害“認知のゆがみ”の意味:筆者追記)
                  (アルコール依存症専門クリニック教育資料より)



いつもお読みいただき、ありがとうございます。
ランキングに参加中です。是非、下をクリックして順位アップに応援お願いします!
クリックしますと、その日の順位が表示されます。
にほんブログ村 メンタルヘルスブログ
    ↓      ↓
コメント (2)
  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

妙な日 ― 禍福は糾える縄の如し(その1)

2018-02-20 06:22:12 | 雑感
 その日は半年に1回のステント留置後経過観察のため、尼崎にある県立病院の循環器内科を受診する日でした。うまいこと事が進んだら、元町にあるアルコール依存症専門クリニックと、三宮で昼過ぎにあるAAのミーティングの両方をハシゴできると目論んでいました。

 診察の予約が9時で、診察前に運動負荷心電図検査があるので8時半前には病院に着いていなければなりません。病院までは1時間強かかるので、十分な時間的ゆとりを見込んで7時には家を出ました。

 道すがらのゴミ拾いはナシで行こうと決めていたのですが、歩き始めて2分も経たたない内に白いテッシュを丸めたのや、アルミ箔に大盛りの野良猫用の餌やらが道端に落ちているのが目に止まりました。こうなったら条件反射みたいなものです。思わずこれを素手で拾ってしまい、近くにあるパイプラインのゴミの投入口まで持って行くハメになりました。

 ゴミの投入口を開けるには鍵が必要で、ズボンのポケットからキーホルダーを取り出そうとして初めて小銭入れを忘れていたことに気付きました。小銭入れはキーホルダーと一緒にいつもズボンのポケットに入れることにしています。出かける前にちゃんと点検したつもりだったので、少なからず動揺してしまいました。ゴミ拾いのクセがなかったら、そのまま暢気に駅まで歩いていたことでしょう。

 小銭入れなしでは、ジャラ銭をそのままポケットに入れることになり、下手をすれば小銭を落としかねません。それで仕方なく家に戻って出直すことにしました。家に戻る途中、新たにビールの空き缶も見つかり、やれやれこれについても処分するハメになりました。こんなのはしょっちゅうなので最近はめげません。

 こんなことで10分ほど時間をロスしました。もし小銭入れを忘れたのに気付くのが最寄りの駅に着いてからだったとしたら、さすがにもっと取り乱していたかもしれません。時間のロスがまだこの程度で済んで良かったと、まさにゴミ拾い様々の気分でした。

 それにしても大正解だったのは時間に十分ゆとりがあったことで、病院には予定通りの8時半前に着くことができました。ただ、時間がらみのこの手のことは、まだありそうという嫌な予感はありましたが・・・。
(この項つづく)



いつもお読みいただき、ありがとうございます。
ランキングに参加中です。是非、下をクリックして順位アップに応援お願いします!
クリックしますと、その日の順位が表示されます。
にほんブログ村 メンタルヘルスブログ
    ↓      ↓
コメント
  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

亡き姉を偲んで

2018-02-16 06:16:54 | 自分史
 最近の私は認知症について色々考えさせられています。孤立感に囚われれば認知症になりやすいと聞いたことから、先日ふと思い出してしまったのが姉からの最後の電話でした。姉が亡くなる2ヵ月半前の夜のことで、老人ホームに入所してから2~3ヵ月経っていました。

 姉の話はひそひそ話のような話し方で、言葉も途切れ途切れだったのでよく聞き取れませんでしたが・・・。
「殺し屋って今でもいるの? どうやら(私は)殺し屋に狙われているようで、・・・」のっけから可笑しな事を聞いてきました。
「寝ていて何か(人?)の気配がして起きてみると、・・・皆(静かに)寝ているし・・・」

 金縛りにあったような感覚かと聞いても、どうもそうではなさそうでした。レム睡眠時の夢ならば、金縛りになった感覚に襲われることがあり得ると聞いていたので質問してみたのです。

「怖くなって今日、一時帰宅してみたけど、・・・ホームのスタッフが私を変だと言っているのが聞こえたし、・・・」とも言っていました。それは幻視・幻聴ではないかと話してみても、
「皆そう言って、誰も私の言うことを信じてくれない」と言うだけでした。

 ここまでの会話で明らかだったことは、姉に幻視・幻聴による被害妄想が現われていたことでした。幻視・幻聴は統合失調症の代名詞みたいなものですが、高齢になってからの発病など聞いたことがありません。結局、姉は認知症と診断されました。

 認知症と言えば、記憶障害(食事をしたことさえも忘れるetc.)や見当識障害(今日の日付がわからない、顔を見ても相手が誰かわからないetc.)、徘徊などの問題行動が有名ですが、姉のお陰で幻視・幻聴による妄想もあることを知りました。

 恐らく姉は、孤立感でいたたまれなかったのでしょう。自分で決めたこととは言え、老人ホームへの入所は決して姉の本意ではなかったはずです。姉から度々相談を受けていた私としては、姉の決断を後押ししたことに少なからず負い目を感じています。

 持病のパーキンソン病が進行して、専門職の介護なしでは最早暮らしていけないと自覚したことが決め手だったのでしょうが、なかなか結婚できない息子が気楽に独り立ちできるようにと打って出た勝負手でもあったのかもしれません。相談を受ける度、私も甥の一人暮らしを姉に勧めていましたし、老人ホームへの入所にも賛成しました。そうでなければ気丈な姉が、自分で建てた家を離れてまでして赤の他人に身を委ねるなんてあり得ないことなのです。

 そんな後ろ髪を引かれての老人ホームですから、なかなか馴染めないことと孤立感から夜も眠られなくなったのでしょう。不眠の行き着く先が幻視・幻聴で、これが恐怖感を煽ってさらに悪化へ・・・よくある経過を辿ったのだと想像できます。ここに至るまでの間に何か善処できなかったのかが悔やまれます。

 この電話があってから一週間後、姉は精神病院に入院となり、さらに2週間も経たずに呂律が回らなくなって食事もできなくなったそうです。その後の1ヵ月少々で、意識がなくなっての危篤状態となりました。意識がまだしっかりしていた内は、「このままでは死ねない!」としきりに言っていたそうです。

「私からこういう電話があったこと、絶対に覚えて置いてよ!」今でも、姉が最後に言ったこの言葉が強く耳に残っています。事があったら私に証人となるよう求めての言葉だったと思います。周りへの不信感から切羽詰っての電話だったのでしょう。それだけに哀れさが身に染みます。

 昨日15日が姉の月命日でした。私の独りよがりかもしれませんが、姉との約束を果たす意味でも丁度よい供養になると思い、こんな記事を書いてみました。



いつもお読みいただき、ありがとうございます。
ランキングに参加中です。是非、下をクリックして順位アップに応援お願いします!
クリックしますと、その日の順位が表示されます。
にほんブログ村 メンタルヘルスブログ
    ↓      ↓
コメント (6)
  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

逆説、こうすればなれる認知症

2018-02-13 06:17:35 | 雑感
 廃用性○○という医学用語がありますが、使わなければ身体も頭も何の用もなさなくなることを意味しています。例えば、上げ膳据え膳やら、身の回りの世話やらを、自身で一切身体を使わなくて済むよう完璧にしてあげたら、間違いなくその相手は廃人になるそうなのです。絶対無罪の完全殺人を企てようとするなら、一度試してみる価値があるのでは?

 悪い冗談はさておき、現実問題としてこんなことは実行不可能でしょう。ところで以前、認知症になりやすい環境には次の3つの悪条件が必須だと読んだことがあります。

 ● 気の置けないお喋り相手が近隣にいない
 ● 住み慣れた場所から離れる
 ● 自分で財布を握っていない

 上の2つの条件を同時に満たす場合と言えば、遠くに住む子どもが一人暮らしの親を気遣って自分の所に引き取る場合でしょうか。そうなればなったで親の方は、周りに気兼ねするばかりで孤立感に苦しむことになりかねません。良かれと思ってしたことが仇となる事例と思います。

 そういう意味では、色々難ありと言われていても老人ホームへの入所の方が、覚悟を決めてのことなのでまだマシなのかもしれません。たとえ一人暮らしでも、近くに馴染みの友人がいて住み慣れている場所というのがやはり一番でしょうか。
 
 三番目に挙げたのは、自分の自由になるお金を取り上げられることを意味します。現代は、お金が万能の神ですから、お金が使えなくなるというのは神に見放されたも同然なのです。そうなった当人は堪ったものではありません。確か、これがボケの促進に一番効くと言っていたような、・・・そんな記憶があります。

 認知症に上の3つの条件がすべて揃う必要はありませんが、これらのことには十分心しておきたいものです。

 結局、貧しくとも住み慣れた家で、多少の蓄えを命綱として気儘に暮らす。やはりこれが一番! それには毎日の歩きで足腰を鍛えておくことが肝腎で、その意味でも道のゴミ拾いは打って付けなのですネ。



いつもお読みいただき、ありがとうございます。
ランキングに参加中です。是非、下をクリックして順位アップに応援お願いします!
クリックしますと、その日の順位が表示されます。
にほんブログ村 メンタルヘルスブログ
    ↓      ↓
コメント
  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

聞き上手になる稽古台に?

2018-02-09 06:54:00 | 雑感
 市役所の食堂で面白い人物と知り合いになりました。彼は私と同年配で、営業職として65歳まで在職していたと言っていました。元は管理職だったらしく、退職前、年下の管理職の下で仕事をしていた頃をしきりにぼやいていました。退職後の今は自由時間を持て余しぎみで、自宅に居れば居るで邪魔者扱いされるだけだそうです。どうやら私を同類と見ての声かけだったようです。

 最初の話題が何だったのかよく覚えていないのですが、やはり景気の話が発端だったような。近頃の人手不足は求人倍率から見ても本当で、それならばもっと景気が良いはずなのに一向に賃金が上がらないのは何故なのかという話から、賃金上昇の抑制は外国人就労移民の増加も要因とする説へと移り、そこからさらに話が飛んでヨーロッパに殺到しているイスラム教徒の大量難民・移民問題の話となりました。

 さらに話が転回して、全く同一の神を信奉しながら何故にイスラム教徒、キリスト教徒、ユダヤ教徒それぞれが互いに排他的で反目し合うのかという素朴な疑問や、大自然を八百万の神々と畏怖する我々日本人にとって唯一絶対神を信奉する一神教は理解を超えるという宗教談義へと。この辺りまでは素人同士がよくやる当たり障りのない(?)話でした。

 ところが、この宗教談義の流れから再び日本における難民・移民問題に回帰したのです。つまり、日本にも在日という元を質せば朝鮮半島からの難民問題があること。彼らが日本に帰化・同化しないのは、日本を下と見做す冊封体制に長年置かれてきた歴史と、人の上下関係だけに偏った儒教観の所為という説とか、果ては日韓問題(朝鮮半島問題)の近・現代史にまで広がりました。

 ここに至って、彼が時系列に沿ってほぼ正確な史実を挙げてきたのには驚きました。例えば、伊藤博文が暗殺されたのは韓国併合前のことであって、併合後の職制である朝鮮総督ではなく当時はまだ朝鮮統監だったことなど、朝鮮半島問題の史実を実によく知っていたのです。負けん気がむくむく頭をもたげきた私は、つい向きになって張り合おうとさえしていました。

 ざっと振り返ってみると、酔っ払い同士が居酒屋でやるたわいのない話と同じで、話題があっちへ飛びのこっちに飛びの、受け売り知識の見せ合いっこさながらでした。ただ私にわかったことは、お互いに時事問題にそこそこ関心があり、少しばかりその背景知識も囓っている者同士だということです。さすがに営業畑で鍛えただけあって、彼の話は私にとって久々にチョット刺激的でありました。

 かくして昼食を終えると、彼は席を立つ際こんな言葉を残していきました。
「あなた、結構教養あるねぇ! 好き嫌い・・・、いや意見が同じ人だと思ったよ。」
口にはしなくても「意外だった」とハッキリ顔に書いてありました。話の大筋からして、少なくとも政治的な立ち位置は同じ者同士だとわかったらしいのです。これには私も苦笑いするしかありませんでした。

 思えば、実際に喋っていたのはほとんど彼一人であって、私の方はその節目々々に合いの手を入れていただけだったような? そこで思い付いたのです。これは聞き上手になるための稽古になるのではないかと。合いの手を入れると言っても単に相槌を打つだけのもあれば、話を別方向に仕向けるものもあります。それら両方をもっとうまく駆使できるようになれば、聞き上手にもなれるのではと考えたのです。

 たとえなけなしの知識でも、使わなければ錆び付いて用をなしません。そんな錆び付いた知識を磨くためにも、また、ひいてはボケ防止のためにも、これからは彼を恰好の稽古台としてみよう。退職後の “空白の時間” を持て余している彼にしてみても、私相手に話すことで少しは気晴らしになるのでは・・・。こんな虫のいい一石三鳥のことを企んでいる私です。



いつもお読みいただき、ありがとうございます。
ランキングに参加中です。是非、下をクリックして順位アップに応援お願いします!
クリックしますと、その日の順位が表示されます。
にほんブログ村 メンタルヘルスブログ
    ↓      ↓
コメント
  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

赤ん坊にはからっきし無力なジイ ジ

2018-02-06 05:40:08 | 雑感
 私に五番目の孫が生まれました。次男にとっては三番目の子どもで、今回も男の子です。長男のところも男児ばかりなので、父親から受け継いだY染色体は私を介して7人の子孫に引き継がれたことになります。これが男系のバトンタッチです。こんな頼もしいことはありません。

 出生時の体重は3750 gほどだったと聞いています。髪がふさふさした細面の顔立ちで、髪を少しぐらい私に分けてもいいぐらいです。まだ腫れぼったい瞼ですが、開いた細い目からつぶらな瞳が覗けます。布団に横になっていながら、もう首を左右に動かしたり、上に被せているベビー布団を脚で蹴っ飛ばしたりし、ときには可愛い笑み(胞衣[えな]笑い)も見せてくれます。

 今回は上の孫の学校があり、地元の産婦人科での出産となりました。予定日がちょうど今頃だったのですが、大き過ぎから難産も懸念されたので2週間前に帝王切開しての誕生でした。入院中、この子の兄たちが2人ともインフルに罹ってしまい、出生後1週間での退院の際は急遽私の家に母子とも避難して来ました。

 こんなときのおばあちゃんは流石に頼りになるものだと熟々感心させられました。誕生して4日目に嫁の実家からもおばあちゃんが応援に駆けつけてくれましたが、此方のおばあちゃんも入院中に家に残されたお兄ちゃんたちの世話や、退院してからの母子の世話やらをチャッチャと手際よくこなしていました。

 私の方はと言えば、3週間ほど前から喉の調子がいがらっぽくなり、夜間睡眠中に咳き込んだりもしていました。流行カゼなのか隠れインフルなのかわかりませんでしたが、それらの懸念から出来るだけ赤ん坊に近づかないようにしていました。まぁ実の話、何もしなかったのです。これは体のよい言い訳で、たとえ体調が万全でも出来ることは同じだったでしょう。赤ん坊を前にして、ジイジというのはからっきし何もできない無力者と思い知らされました。

 生まれたばかりの孫は、平均寿命通りならば22世紀の世界を生きることになります。どこまで見守ることができるかわかりませんが、私としてはこの子の成長を精一杯楽しんでいこうと思っています。



いつもお読みいただき、ありがとうございます。
ランキングに参加中です。是非、下をクリックして順位アップに応援お願いします!
クリックしますと、その日の順位が表示されます。
にほんブログ村 メンタルヘルスブログ
    ↓      ↓
コメント
  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

“キョウイクとキョウヨウ” がカギ?

2018-02-02 06:23:52 | 雑感
 やたらカタカナだらけの表題ですが、認知症の早期予防と対策のことだそうです。

 タネを明かせば「今日行く所」と「今日用事」があるという意味で、そうした集える場所があって、課せられた役割があることが大切だと朝田隆氏が述べていました
(産経新聞 特集記事『認知症対策 早期予防と生きがいがカギ』1月5日)。特に定年退職後の男性にとって、これが何よりも切実な問題となります。つい数年前、私自身が身を以て思い知らされたことなのです。

 今でこそ一週間単位の生活サイクルを確立でき、日々どう時間を潰そうかなどと悩むことがなくなった私ですが、退職したての頃と言ったらそれはヒドイものでした。毎朝起きると手持ち無沙汰に我慢ならず、直ぐお酒(発泡酒)に手が伸びていました。その行き着く先は推して知るべしで、まさに最悪の状態になりました。

 ここまでヒドクなくても、家庭に戻った引退サラリーマンは家人から鬱陶しがられるのがオチです。一時、“濡れ葉族” と言われたものですが、そう揶揄されるのも尤もなのです。先日も、市役所の食堂で同席した同年配の男性がこんなことを言っていました。

「家にいても昼食を作ってくれないんですよ。引退以前も休日は同じでしたがね。家にいてもしょうがないからここに来ているんです。後は、○×セミナーとか老人大学□△講座とかで暇潰しの毎日なんですよ!」と、憤懣やり方ない様子でした。
「サラリーマンを引退したら、どこでもそんなものだと思いますよ。私も同じで、道のゴミ拾いなんかもやっているんですよ!」笑いながらこう応えておきました。

 私は他人との間合いを取るのが下手なので、老人サークルなどへの参加には二の足を踏んでいます。そんな私が「今日行く所」として専ら利用しているのが市役所のロビーです。週日はほぼ毎朝通うことにしていて、そこで2時間ほど新聞を精読(?)した後、食堂で昼食を取ることまでが日課になっています。同じ発想からこんなふうにしている同年配者は多くいます。

 もう一方の「今日用事」と言ったら、毎日のゴミ拾いの巡回と週2回のAAのミーティングでしょうか。週日のゴミ拾いは、日課としている市役所通いに絡めてやっています。奇異に思われるかもしれませんが、ゴミ拾いは社会参加というばかりでなく、自分一人だけの充実した時間を持つことにもなっています。そういう意味で私にとってはとても有意義なことと思っています。因みに、雨風が強くてゴミ拾いに不向きな日には図書館も利用しています。ここも同年配者でいつも一杯です。

 老人ボケ、今で言う認知症が社会問題として一躍有名になったのは『恍惚の人』
(有吉佐和子著1972年)以来のことだと思います。大学1年だった当時、私はこの話題作を知ってはいましたが、ボケて徘徊する痴呆老人なんて他人事のようにしか考えていませんでした。

 そんな私も高齢者の仲間入りをしてしまい、さすがに他人事と暢気に構えているわけにいかなくなりました。“キョウイクとキョウヨウ” 奇しくもこれはアルコール依存症者の悩みの種、“空白の時間” の解決策とも共通しています。その意味でこの言葉は、今の私にとってまさに我が意を得たりと言うべき言葉でした。そんな訳でこれはというアドバイスが他にもないか、これからも目を凝らしていきたいと思っています。



いつもお読みいただき、ありがとうございます。
ランキングに参加中です。是非、下をクリックして順位アップに応援お願いします!
クリックしますと、その日の順位が表示されます。
にほんブログ村 メンタルヘルスブログ
    ↓      ↓
コメント
  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする