ヒゲジイのアル中よもやま話

断酒を始めて早7年目。このブログは回復プロセスの記録と脳のリハビリを兼ねて綴っています。やはり、まだチョット変ですかネ?

“憑きモノが落ちた” が意味するもの

2018-03-30 06:42:47 | 病状
 断酒について言えば、楽に継続できるようになった転機は、間違いなく “憑きモノが落ちた” 体験でした。これを契機に飲まないで生きていけるようになったという意味です。断酒を始めて10ヵ月経った頃の出来事でした。

 “憑きモノが落ちた” というのは、経験したことのない人にはなかなかピンとこない言葉でしょうが、今回はこの言葉の意味合いについて述べてみます。

 通院しているアルコール専門クリニックでは曜日によって担当医が変り、ときに新任の医師に当たることもあります。断酒を始めて丸2年過ぎた頃だったでしょうか、30代後半の新任の担当医に当たり、この体験のことを話したことがありました。自分の口からも病歴を話しておいた方がいいだろうと考えてのことでした。
 
「それは、ストンと腑に落ちたという感じですかねぇ?」と聞いてきた担当医に、
「まぁ、そんなところですかねぇ?!」当たらずも遠からずだったので、私はつい頷いてしまいました。この時のやり取りに、ずっと何か引っかかっていました。

「正気に戻ったこと、それまでが異常だったこと、この二つを同時に気づかされた感覚です。」
今ならこう言ったと思います。当時は、こんなわかりやすい言葉が出て来ませんでした。モノの怪に取り憑かれた類いの話は、精神科医なら慣れっこのハズという思い込みがあったようですし、やはりPAWSのせいで脳の反応が鈍かったのかもしれません。

 “憑きモノが落ちた” 体験当時、どんな変化があったのかを改めて整理してみます。直前まではっきり自覚していたことと言えば以下の3つでした。


 ● 身体が回復したと実感できていたこと
 ● 飲みたくて堪らないといった病的飲酒欲求はなかったこと
 ● 性的妄想に駆られてAV動画を見ずにはおれなかったこと


 当時、病的飲酒欲求がなかったのは確かですが、「何としても断酒し続けなければならない」という強迫観念は強くありました。やはり、依然としてアルコールに囚われた状態だったのでしょう。性的妄想は、クロス・アディクションの片割れが前面に出て来たのだと思います。

 体験後に実感したことを整理して挙げると、主に次の3つでしょうか。


 ○ 性的妄想の消失
 ○ 薄物が脳を被っていた感覚の消失
 ○ アルコール依存症(アル症)から完全に回復したという錯覚


 体験後、性的妄想が消えてAV動画への欲求が全くなくなりました。ほぼ同時だったと思うのですが、頭がスッキリした感じになって、逆にそれまで脳を被っていた薄物感にも気づけました。そんなことから、アルコールが抜け切ったのだと実感できたのです。

 アル症から完全に回復したという錯覚は、少し遅れて出て来たように思います。明らかにこれは、ドライドランク(PAWS)特有の症状だったと今では考えています。

 これら変化の極めつきは、ブログへの自分史の投稿とゴミ拾いを始めたことでした。この二つがここまで飲まないで来れた一番の功労者(?)だったと思っています。

 自分史の執筆は、アル症に至った兆候がどんなところにあったのか、この機会に自分の過去を洗い出してみようと思い立ったのが始まりでした。医者から教わった “言語化” が背中を後押してくれたからでもありましたが、上記の感覚の変化ナシでは考えられません。

 ゴミ拾いの方は、ゴミが極自然に目障りになったのが切っ掛けですが、これも目に映る感覚が正常に戻ったためと考えています。

 以上のことでハッキリしているのは、これらがいずれも感覚の劇的変化だということです。しかもそれらは、一瞬のうちにすべてが起こったと言うよりも、水が沁み入るように徐々に変化していって、遂には体の感覚すべて(体感)に転換が起こったと言う方がより近いように思えます。

 結局、“憑きモノが落ちた” というのは、体感に転換が起こったことだと私は考えています。悟りとか神の啓示とか言われているものも、その実態はこのような体感の劇的転換のことなのかもしれません。


“憑きモノが落ちた” 体験の詳細については、次の記事をご参照ください。いずれも断酒して2年目に書いたものです。
回復へ―アル中の前頭葉を醒まさせる」(2015.6.05投稿)
“身体的底着き” の後から “精神的底着き” も・・・(下)」(2015.10.16投稿)



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新しい手口のイヤガラセ?

2018-03-27 06:51:39 | 世相
 AAの仲間、Y氏は神戸の湊川界隈に住んでいます。車道と歩道の間に人工の せせらぎ を作って人々の癒やしの場としているなど、住みやすくて良いところだとY氏は自慢げです。そんな住宅街で先週、可笑しな事件が真っ昼間にあったそうなのです。

 Y氏が偶々、外に出てみると、
「辺り一面、小さな白い花吹雪のようなモノが一杯散らかっていたんだよ。晴れて少し風の強い日だったもんで、風に吹かれて道やら、溝やら、家の隙間やら、そこら中一杯サ。」
聞けば、明らかにシュレッダーで細断した小さな四角形の紙片で、舞台の小道具に使う紙吹雪のようだったと話してくれました。

「自宅前だけは掃除したんだけど、道の隅っこや溝、植え込みの陰などまでは手が回らない。しかも、どこから飛んできたのかさえわからない。そんなもんで、どこの家も泣き寝入りの放ったらかしヨ。」
広い範囲に散らかった紙吹雪は手の付けようもなく、風に吹かれてヒラヒラ飛び広がるばかりだったそうです。

 これには心底吃驚しました。実は私も、定番のゴミ拾いコースで全く同じような事件に出くわしたばかりでした。しかもY氏と同じ日だったのです。

 私の場合は運が良く、紙吹雪の入った小型のレジ袋が近くに落ちていたのを偶々見つけたので元を絶つことができました。それでもすでに拡散した紙片については、最早手の付けようがありませんでした。まさか、同一犯ではないでしょうが・・・。

 手口は、細かな紙片を入れたレジ袋を口の開いたままさりげなく落としたという塩梅で、中身が細かな紙片でなかったら誰にも不審がられはしないでしょう。明らかに、人の慌てぶりを見て喜ぶ悪質なイヤガラセでした。

 今までゴミ拾いをしてきて、悪意が込められたイヤガラセを色々経験しています。中でも最悪なのは、皆が通る歩道にこれ見よがしに自分の汚物をひり出して放置する輩や、高い金網フェンスで囲んである国道の緩衝緑地内にワザと同じ空き缶をいくつも放り込んで楽しむ輩でしょうか。いずれも暗い夜間に行った犯行と思われ、人が困惑するのを楽しむ愉快犯の典型的事例だと考えています。

 テロの定義が、社会の秩序を乱して人々を不安・恐怖に陥れるのが目的の暴力とするなら、公共の場へのゴミを使ったイヤガラセも暴力であり、立派なテロだと思います。

 この手の犯行は行為中の現場を押さえるしかなく、隣近所の住民が協力して警戒・監視を強める以外、手の打ちようがありません。願わくは模倣犯が出ないよう、唯々祈るばかりです。



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ヒゲジイのPAWSによる悪文見本市(その12)

2018-03-23 06:24:57 | 悪文見本市
 私にとって、このブログは闘病記録のようなものです。回復プロセスを含めた病状の記録と脳のリハビリを目的としています。自分の書いたものはその時々の自分の心を映す鏡です。記事の内容もさることながら、書いた文章の不具合がその時々の病状を表していると考えています。この悪文見本市シリーズもその一環として掲載しています。

 アルコールの急性離脱後症候群(Post Acute Withdrawal Syndrome:PAWS)は、断酒を始めて3~6ヵ月で自覚するようになると言われています。その症状の一つ “思考プロセス障害” では、脳の働きにムラがある、頑なで諄(くど)い思考、因果関係を理解できないなどが知られています。

 私の経験から言えば、次の3点に言い換えできるでしょうか。


 ● 脳が混乱して疲れやすく、よくストライキを起こすこと
 ● まとまった文章を書こうとすると、なかなか考えがまとまらないこと
 ● 使うべき助詞、所謂 “てにをは” の適切な使い方に迷うこと


 さらにより具体的に挙げれば、“遠回りする思考”、“助詞の使い方の混乱”、“修飾語の語順の誤り”、“時制の混乱” などとなり、大概が “慣用的な言葉の使い方(言い回し)の失念” ということに要約できます。

 一見して老化現象の “度忘れ” と似通っているので、潔く歳のせいと受け容れればよいのかもしれません。が、私自身は老化のせいだけではないと感じています。性懲りもなく今回も、集中力に欠けた脳がストライキを起す寸前に書いた悪文事例をご紹介します。

 なお、現在掲載中のものはいずれも手直しした後の改訂版です。
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【事例46】
「・・・どうです、かっこいいと思いませんか?
 その参考にと性懲りもなくここで余計なお節介を一つ。
他人の汚物というものは先入観を誘う塊みたいなものです。事実をありのままに見る鍛錬には、他人の残した汚物を始末するのが一番です。汚物の始末に慣れてくると、先入観で一杯のモノの見方までも同時にキレイさっぱり始末してくれるようです。・・・」

         
「・・・どうです、かっこいいと思いませんか?
  肝腎なことを言い忘れていました。どうやったら独自の座標軸を持てるかですが、感情に走る自分を離れ、自分自身をも客体化して眺められるようになることです。
 その参考にと性懲りもなくここで余計なお節介を一つ。
 事実をありのままに見る鍛錬には、他人の残した汚物を始末してやるのが一番です。他人の汚物は、不潔とか、だらしないとかいった先入観の塊です。そんな汚物に直に接して慣れてくると、先入観で一杯となったモノの見方までも同時にキレイさっぱり始末してくれるようです。・・・」

        自分独自の座標軸を持っていますか?」(2017.1.6投稿)より

 これは “脳の働きにムラがある” という事例に当たるでしょうか。

 この記事のテーマは、どのようにして “他者との間合いを保つ” = “自分独自の座標軸を持つ” か、です。ここでいう座標軸とは、物差しと同じ意味で使っています。

 座標軸を身に付つけるのに肝腎なのは、どんな心構えでやったらいいのかですが、その記述をコロッと忘れていました。投稿して大分経ってから、やっとミスに気づき下線部を追記しました。

 文章としては目論見通りの長さになっていましたし、これまでの文脈からそれとなく臭わせてもいたので、そんな思い込みからつい気が緩んで忘れてしまったのだと思います。

 集中しているつもりでも、記事の後半部分になるとどうしても注意力が薄れてしまいます。私は脳が疲れたサインと考えていますが、“脳の働きにムラがある” というのはこんなことかもしれません。

 これに続く下段部分についても少し論理を整理してみました。特に訂正前の下線部は、抽象的で「何ノコッチャ?」となりかねません。具体的に説明を加えてみましたが、いかがでしょうか?

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【急性離脱後症候群(PAWS)】
 症状は、断酒開始後3~6ヵ月目で最も強くなり、6ヵ月~2年で回復する。
  ○ 思考プロセス障害(脳の働きにムラがある、頑なで諄(くど)い思考、
    因果関係を理解できない)
  ○ 情動障害(情動の揺れ)
  ○ 記憶障害(短期記憶の障害)
  ○ 睡眠障害
  ○ 身体的協働性に問題
  ○ ストレス感受性に変化(おそらく認知障害“認知のゆがみ”の意味:筆者追記)
                  (アルコール依存症専門クリニック教育資料より)


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人のやる気を起こすには?

2018-03-20 06:13:43 | 雑感
 トング(火バサミ)を手に道でゴミ拾いをやっていると、声を掛けてくれる人が多くなりました。今回は、そんなやりとりの話です。

 バス通りに面した入り口に、ドングリのなる大きな木が1本立っている公園でのことです。園内を一巡した後その入り口で一服していると、バス通りを歩いて来た同年配の男性が、ゴミで一杯になったレジ袋を見て声を掛けてきました。散歩の途中らしく、ジャージー・パンツにダウンのブルゾンといった出で立ちでした。

「ご苦労さんです。公園って、行政(市)は定期的に掃除をやっているんですかねぇ?」
「市から委嘱された業者さんが週1回はやっていますよ。市内の公園は皆そうだと思います。週1回では、やはり追い付かないですね。」
「たった今ね、海側のキャナル・パークに行ってきたんですが、あそこの緑地もそうなってるんですかねぇ? いつ行ってもゴミが散らかっているんですよ。」
「間違いなくあの緑地も市の公園ですから、そのハズですが・・・。」すぐにはピンと来なかったので黙っていると、
「緑地の裏側の土手の法面、南側の幹線道路沿いのことですよ。」
「あぁ、あそこは人があまり通らないから放ったらかしなんでしょうね。私もたまに通りかかったときは、出来る範囲で拾っているんですが・・・。皆さんがそう思って(ゴミ拾いを)やってくれると、少しはマシになるんでしょうがねぇ。」と私。これには直接応えずに男性はこう続けました。
「私が少年野球のコーチをしていた頃は、中央公園の野球場を利用していましてね。子どもたちには『ゴミを出すな! ゴミは拾え!』と口酸っぱく言っていたもんですよ。」そう言い残して男性は立ち去って行きました。
「(どうもこの人は、自分で手ずからやりそうもないな。)」後ろ姿を見て、私はこう思いました。

 そうかと思うと、こんなこともありました。介護施設の新築工事現場を通りかかったとき、警備員の男性に声を掛けられました。
「ゴミ拾いですか! 随分熱心にやられているようですが、どうしてまたゴミ拾いなんですか?」
「持病の糖尿病には、運動代わりにこれが一番! それに、ゴミが道に散らかっていると心が荒んで精神的に良くない。・・・心が荒んでくるのをこうやって少しでも防ごうと思ってね。」
「まるで医者の言葉を聞いているようですねぇ。」真面目な顔で、続けてこんなことを話してくれました。
「郷里が四万十川でね、兄たちが熱心に川のゴミ拾いをやっているんですよ。それが不思議でしょうがなかったんですが、これからは自分も見倣うつもりです。」
恐らく、自然景観の護持という当たり前のことの他に、兄たちには何か別の動機があるのだろうと訝しく思っていたようでした。

 私の話のどちらが役立ったのかわかりません。が、邪念が解けてやる気になってくれたら大きな力になること間違いナシです。果たして彼もゴミ拾いをやってくれるのか? うまくいったら私の励みにもなるのですが、・・・。



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断酒後に気づかされた悩ましいこと

2018-03-16 06:02:34 | PAWS
 言葉がどうにもシックリ来ないことってありませんか? このところ悪文見本市を続けて2回やっていて、ふと思い出されたことが2つあります。今回以下に述べることは、断酒後の “思考プロセス障害” とはどんなものか理解してもらう上で参考になるかもしれません。

 ひとつは “やるせない” と “遣り場のない” という言葉についてです。この二つの言葉には、意味や語感に共通したものが全くないにもかかわらず、唯一似通っているのが音感です。敢えてこじつければ、“やるせない” は “遣り場のない”“切なさ” という理屈になるでしょうか。

 断酒して3ヵ月ぐらい経って突然襲われる症状に、不吉で不穏な気分があります。何の予兆もなしに胸がザワザワと空回りし始める感覚のことで、謂わば胸騒ぎを酷くした感覚でしょうか。この不吉で不穏な気分の表現に、かつて “やるせない” を使っていました。どこかシックリ来ないと感じでいたのですが、長いこと間違いに気づきませんでした。単に、言葉の音感だけに惑わされていた好例だと思います。

 私はこのことをアルコールの後遺症(PAWS)だと固く信じています。恐らく同様に、音感に惑わされて間違った言葉を使っていた例は他にもあっただろうと思います。私のブログで可笑しな不自然な表現に出くわしたなら、このことに免じてご容赦ください。

 もう一つは、“気づき” についてです。断酒して1年半ぐらいまでの間、 “気づく” のに時間が掛かる自分は異常ではないかと思っていました。

 “気づき” には、記憶の中から普遍的なことを洞察するという意味と、一瞬の内に感じ取れる知覚反応の意味とがあります。当時の私にも、体験談に触発されての “気づき” があるにはあったのですが、体験談から大分経ってのことでしかなかったのです。

 今となってみれば、こんなことは健常人でも至極当たり前のことだと思えます。恐らく当時は、一瞬の内に感じ取れる知覚反応と同列にしか “気づき” というものが理解できなかったのでしょう。それほどに脳が混乱していて反応が鈍かったのだと思います。この件についても私はアルコールの後遺症(PAWS)だと固く信じています。

 以上は代表的な例ですが、言葉がどうにもシックリ来ないという意味がおわかりいただけたでしょうか。時が経っても忘れられないことは、それなりにインパクトがあってのことだからでしょう。まして記憶力があやふやな時期のことならなおさらです。しかも困ったことに、それが今でも依然として続いているようなのです。やはり、これらも老化のせいなのでしょうか?



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妙な日 ― 禍福は糾える縄の如し(その4)

2018-03-13 06:39:22 | 雑感
 その日は想定外が重なって目論見通りにいかなくなり、元町にあるアルコール専門クリニックの受診を断念することになりました。珍しく安売りしていた甘納豆を手土産にAAのミーティング会場に向かっていた道すがら、思いがけないものを拾いました。ゴミだと思って拾ったレジ袋に何とサイフらしきものが入っていたのです。それを交番に届け、拾得者の権利をすべて放棄して、再びAAのミーティング会場に向かったのですが・・・。

 AAのミーティング会場には開会の45分前に着きました。会場はすでに準備万端の状態で、この会場のチェアパースン(世話人)Y氏とM氏の2人がいつものように待機していました。

 早速、元町の駅前でお金を拾った話をしたのですが、・・・。
「私も昔、地下鉄で給料袋を見つけたことがあったなぁ。」世話人の一人、M氏が私の話を引き取ってこう続けました。
「封を切ってない給料袋が座席シートの上にチョコンと置いてあってねぇ。ズボンの尻ポケットに突っ込んでいたんだろうねぇ。当時はまだ銀行振り込みではなくて、現金支給だったんですよ!」

 給料袋でお給料が現金支給されていたのは、M氏の言った通りかれこれ35~40年ほど前の時代のことです。
「で、それどうしたんですか?」
「しっかり、(懐を指差して)いただきましたよ(笑)」とM氏はアッケラカンとしたものでした。昔のこととは言え、給料袋時代にはこんな悲喜劇もあったのです。

「それはそうと今回の場合、もし落とし主が現われなかったらどうなるの?」とM氏に言われ、やっと私の迂闊さに気づかされました。
「あっ、そうですね! ミーティングの帰りに、また元町の交番に寄ってみますか?!」元町まで歩いて30分弱はかかるのですが、そんなことを言っていられる場合ではないのです。

 AAのミーティングがお開きになった後、早速、元町の交番まで戻りました。事情を説明して遺失物届け出書の複写分を受取った丁度その時です。歳の頃は五十がらみでしょうか、ブルゾンを着た労務者風の男が交番に入ってきました。

「あのぉ、落とし物なんですが、サイフが入ったレジ袋が届けられていませんか? サイフといってもチャックが壊れた小物入れで、中にビニール袋に入れたお金と鍵があったはずなんですが・・・。」おどおどした口調でした。
「どこで落としたのかわかりますか?」と、私に応対中だった警察官。
「多分、元町駅の西口付近だと思うんですが・・・」と自信なさげでした。

 これを側で聞いていた私は落とし主本人と確信しました。それで受取ったばかりの遺失物届け出書を担当の警察官に返して交番を出ました。

 こんなことってあるのでしょうか? 落とし物を拾って届け出た人とその落とし主本人が交番でバッタリ出くわしたのです。私が交番に届けてからすでに3時間経っていました。絶対ないとは言いませんが、確率的にはほぼゼロに近い希有なことなのです。67年の私の人生でも初めてのことでした。

 この一件でもかれこれ計1時間ほど時間をロスしました。ゴミ拾いの件と言い、県立病院での呼び出し用ポケット・ベルの電池切れの件と言い、落としものを交番に届けた件と言い、この日は妙なことが集中した日でした。

 想定外の時間のロスが合計2時間ほどとなり、
「(結局、見返りは大安売りの甘納豆だけ!?)」これには唯々自分自身にこう言い聞かせるだけでした。
「(まぁ、なるようになっただけ・・・。時間のロス以上の希な人生経験を積めたんだし、・・・)」と。

 “禍福は糾える縄の如し” すべてのものごとには正・負の両面が兼ね備わっており、見る人の都合でどちらにも変り得るもの。まさしく諺通りと再認識させられました。
(この項おしまい)



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ヒゲジイのPAWSによる悪文見本市(その11)

2018-03-09 06:24:59 | 悪文見本市
 私にとって、このブログは闘病記録のようなものです。回復プロセスを含めた病状の記録と脳のリハビリを目的としています。自分の書いたものはその時々の自分の心を映す鏡です。記事の内容もさることながら、書いた文章の不具合がその時々の病状を表していると考えています。この悪文見本市シリーズもその一環として掲載しています。

 アルコールの急性離脱後症候群(Post Acute Withdrawal Syndrome:PAWS)は、断酒を始めて3~6ヵ月で自覚するようになると言われています。その症状の一つ “思考プロセス障害” では、脳の働きにムラがある、頑なで諄(くど)い思考、因果関係を理解できないなどが知られています。

 私の経験から言えば、次の3点に言い換えできるでしょうか。

 ● 脳が混乱して疲れやすく、よくストライキを起こすこと
 ● まとまった文章を書こうとすると、なかなか考えがまとまらない
   こと
 ● 使うべき助詞、所謂 “てにをは” の適切な使い方に迷うこと


 さらにより具体的に挙げれば、“遠回りする思考”、“助詞の使い方の混乱”、“修飾語の語順の誤り”、“時制の混乱” などとなり、大概が “慣用的な言葉の使い方(言い回し)の失念” ということに要約できます。

 言葉の失念(度忘れ)から連想するのは老化現象による想起障害ですが、私は常々、アルコールが老化促進剤ではないかと考えています。そして、この想起障害こそが大部分の “思考プロセス障害” の原因ではないかとも考えています。長年の飲酒習慣が前頭葉を萎縮させることや、アルコールがコルチゾールを介して記憶の中枢・海馬へ悪影響を及ぼすことが知られていますので、他にも老化による想起障害と似たメカニズムがあるのかも。

 自分の書いたモノを読み返す度に、今だにアルコールのせいにしている私ですが、そろそろ歳のせいと “ありのままに” 受け容れる時期なのかもしれません。性懲りもなく、今回も悪文事例をご紹介します。いずれも脳がストライキを起す寸前の状態にあり、集中力に欠け、文案が錯綜する混乱の中で書いたものと思われます。

 なお、現在掲載中のものはいずれも手直しした後の改訂版です。
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【事例45】
「 どうにもならない “生きづらさ”
・・・AAの『回復のプログラム』ステップ 1にはこうあります。『私たちはアルコールに対し無力であり、思い通りに生きていけなくなっていたことを認めた』・・・(中略)・・・『思い通りに・・・いけなくなっていた』が『どうにもならなくなった』の意・・・」

         
「“どうにもならない” 生きづらさ
・・・AAの『回復のプログラム』ステップ 1にはこうあります。(以下、略)」

              どうにもならない “生きづらさ”」(2016.7.29投稿)より 

 これは断酒歴2年9ヶ月に書いた、勘違いが原因でキーワード(引用符の付け方?)の選択を間違えた事例です。

 よくAAのミーティングでテーマに取り上げられるのが『生きづらさ』という言葉です。人生には辛いこともあるのが当たり前なのに、何か特別の意味があってのことなのかと私は常々訝しく思っていました。そこで、AAの古参仲間にそのことを質問してみたのです。

「ステップ1のことだよ。」こう、古参の仲間はこともなげに答えてくれました。この古参仲間の言葉をそのまま鵜呑みにし、私は『生きづらさ』が依存症に共通する生き方の意味と思い込んでしまいました。

 依存症に共通しているのは、妄想に取り憑かれたり、衝動に駆られたりして『どうにもならなくなった』状態に囚われることです。今になってみると、古参の仲間はそれをそのまま表現しているのがステップ1だと教えてくれただけだったのです。まだ私の脳はお休み中だったのでしょうか、『どうにもならなくなった』という意味が十分わかっていなかったようなのです。

 この事例は、表題と共に元の文章の引用符を『生きづらさ』に付ける代わりに『どうにもならない』の方に付け換えるだけで済みました。当時書いた文脈を辿ればハッキリ勘違いしていたとわかるのですが、強い思い込みから気づかないまま放置していました。

 勘違いや思い込みは、もの事を短絡的に解釈することで起こります。このような事実誤認には必ず “認知のゆがみ” が絡んでいるという好事例です。

**********************************************************************************
【急性離脱後症候群(PAWS)】
 症状は、断酒開始後3~6ヵ月目で最も強くなり、6ヵ月~2年で回復する。
  ○ 思考プロセス障害(脳の働きにムラがある、頑なで諄(くど)い思考、因果関係を
    理解できない)
  ○ 情動障害(情動の揺れ)
  ○ 記憶障害(短期記憶の障害)
  ○ 睡眠障害
  ○ 身体的協働性に問題
  ○ ストレス感受性に変化(おそらく認知障害“認知のゆがみ”の意味:筆者追記)
                  (アルコール依存症専門クリニック教育資料より)



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妙な日 ― 禍福は糾える縄の如し(その3)

2018-03-06 06:50:35 | 雑感
 その日は、尼崎にある県立病院の循環器内科と元町にあるアルコール依存症専門クリニック、さらに三宮で昼過ぎにあるAAのミーティングの3カ所をハシゴしようと目論んでいました。
 家を出て直ぐに予定外のゴミ拾いをしたため時間を食い、県立病院では呼び出し用ポケット・ベルが電池切れのため想定外の時間のロスが続きました。元町の専門クリニックと三宮のAAのミーティングをハシゴしようとしていた私の目論見は、どうやら怪しくなって来ました。今回はそのつづきです。

 尼崎の駅に着いたのは11時半過ぎでした。これでは元町にある専門クリニックと三宮であるAAのミーティングのハシゴは無理と思われ、AAのミーティングを優先することに決めました。専門クリニックの方を先送りすれば初診扱いとなる恐れがあったのですが、次の週の頭であれば2ヶ月(8週間)以内の受診とギリギリ大目に見てもらえると踏んでのことでした。

 こう決めたら時間に大分ゆとりが生まれます。昼食は元町にある松屋の “牛めし” にし、ついでに近くで差し入れ用のお茶菓子も買おうと、やはり元町に向かいました。

 元町にあるお菓子専門店ではその日、好物の甘納豆が安くなっていて、いつもは260円超のものが珍しく240円で売り出されていました。これ幸いと甘納豆4袋と、ついでに煎餅をも買ってしまいました。

 こうなったらゲンキンなもので、
「ひょっとして、今日はまだ良いことがあるのかも!」などと脳天気なことを考えていました。ここに来るまで時間のロスが2回もあったのですが、そんなことなどすっかり忘れて暢気なものでした。

 さて、元町駅西口前の歩道を三宮のミーティング会場に向かって意気揚々と歩いていた時のことです。高架下の食堂の店頭に、白いレジ袋が落ちていて風にヒラヒラしているのを見つけてしまいました。この辺りでは、こんなゴミが散らかっているのはいつものことです。私の方も、いつものようについそれを拾い上げてしまいました。

 単なるゴミとばかり思っていたのですが、何とそのレジ袋にはストラップ付きの小物入れが入っていました。しかも紙幣のようなものが、チャックの開いた小物入れの口からチラっと見えたのです。
「(レジ袋に金目のモノ?)」そのチグハグさにいい加減な人物像が浮かんできました。
「(レジ袋のゴミを拾っただけなんだから、このままネコババでも・・・)」という思いが一瞬頭を過ぎりました。

 しかし、いくら何でも大切なお金です。落とし主はきっと警察に届け出るだろうと思い直し、交番に届けることにしました。たとえ交番に届けても、時間的に十分余裕がありました。

 交番では、私の説明を受けた担当の婦警さんが、私の目の前で小物入れの中身の確認を始めました。その中にはやはり小さいポリ袋に千円札が5枚畳んで入れてあり、他に小銭や家の鍵らしきものも一緒でした。これじゃ直ぐにでも落とし主が現われるに違いない、と思わざるを得ませんでした。

 鍵と畳んだ紙幣が一緒だったことが私の心を決めました。拾得者の権利をすべて放棄することに同意して、遺失物届け出の書類に署名しました。権利をすべて放棄したのですから、二重複写となっていたその文書の複写分も受取らずに交番を出ました。落とし主が現われなかった場合のことなど、全く頭にありませんでした。

 交番に寄ったことで20分ほど時間をロスしましたが、あのままネコババしていたら後々まで罪の呵責に付きまとわれたことでしょう。そう思うと妙にサバサバした気分でした。
(この項まだつづく)



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座骨神経痛や飛蚊症って老化現象?

2018-03-02 06:33:01 | 老化現象
 ここが痛いの、あそこが痛いのと、ぼやくのが年寄りの定番ですが、どうやらこの私も笑っていられなくなったようです。先日、横断歩道を急いで渡ろうとしてこんなことがありました。

 信号が点滅し始めたら、赤になる前に走って渡り切ろうとするのが人情です。私も例外ではありません。いざ走り出そうと脚に力を入れた途端、太腿裏にヒクンと痛みが走って脚の力が抜けてしまいました。まるで腰砕けのような感じで、危うく転びそうだったので肝を冷やしました。
「(座骨神経痛の怖さって、これのことか!?)」そう思わせるに十分な出来事でした。

 このところよく経験することですが、お尻と太腿裏の境目あたりに凝ったような鈍い感覚があり、歩き出そうとすると太腿裏にヒクヒクした痛みが走ったり、何かの拍子に脚の力が脱けたりすることがあります。しばらく歩き続けていると消えるので、単に胡座をかいた姿勢を長く続けていたせいだろうと思っていました。

 私の部屋は畳敷きで、普段座るときは胡座をかいています。小さなテーブルの上にPCを置き、胡座をかいての前屈み姿勢でPCと睨めっこの毎日が続いています。こんな姿勢を続けていると、顎が上がって首が懲り、腰にも変に負担がかかっているようです。

 恐らく、座骨神経痛はこの姿勢が原因と睨んでいるのですが、ストレッチ以外に妙案が浮かびません。何しろ根が老化だけに、どう対策すべきか戸惑っているところです。

 次も、つい先日道でゴミ拾いをしていたときのことです。突然、目に異変が起きました。何の予兆もなしに、右目視野の右端に虹色の油膜様のものが見え始めたのです。目を左に寄せると油膜も中央に寄って来るのが見えました。これにはさすがに動転してしまい、翌日早々に眼科を受診しました。

 診断結果は、老化に伴う生理的飛蚊症でした。盲点として知られている網膜上の視神経乳頭には、視神経を束ねている輪ゴム状のタンパク質があるそうです。老化によってゼリー状の硝子体が萎むと、そのタンパク質が外れて硝子体と網膜との隙間をゴミのように浮遊し始めるのだそうです。生理的飛蚊症とはそんな状態のことで、そのうち気にならなくなるから放って置くしかないと言われました。

 鏡に映った自分の姿が見えない限り、私は今だに15歳頃の気分でいます。座骨神経痛にせよ、飛蚊症にせよ、いつでもどこでも無理をしないよう諫める警鐘なのでしょう。歩くのも一段と遅くなっている私です。せっかくの感覚の諫めですから歳相応にせざるを得ません。
“ありのままの老いを ありのままに受け容れる”・・・ですかネ。



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コメント (2)
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