ヒゲジイのアル中よもやま話

断酒を始めて早7年目。このブログは回復プロセスの記録と脳のリハビリを兼ねて綴っています。やはり、まだチョット変ですかネ?

緊急事態宣言 “耐性” のボヤキ節(上)

2021-04-30 06:47:24 | 世相

 先週、3回目の緊急事態宣言が発出される直前のある朝のこと。ラジオを聞いていたらタイセイという言葉が聞こえて来ました。

 よく聞いてみると “耐性” のことらしく、「緊急事態宣言に “耐性”・・・」という文脈で使われていました。

 この “耐性”、一般には馴染みの薄い言葉です。

 が、耐性菌という言葉なら比較的よく耳にするでしょうか。耐性菌は、抗生物質などの抗菌薬を無闇に使った結果出現した病原菌のことで、抗菌薬に抵抗性を示す厄介な細菌です。

 アルコールに “耐性” という言葉も聞いたことがあるのでは? 酒を飲み続けていると次第に酒に強くなることを言い、下戸の人でもアルコール依存症になってしまった例が少なくありません。

 私などは、製薬会社で新薬開発業務に従事していたので、 “耐性” と聞くと即、依存性薬物を連想します。もちろん、“耐性” の判明した薬物は即刻開発中止となったものです。

 このように生物が、一定の薬物に対して抵抗する能力のこと(抵抗性)を薬物耐性または単に “耐性” と言い、依存性薬物と対で論じられることが多いのです。

 最近、ネット辞書では本来の “耐性” の意味を敷衍して、環境の変化に対する生物の適応能力にまで意味を広げたようです。

 なるほど字面だけみれば、この “耐性” という文字、我慢強さや堪え性の強さ、さらには変化に慣れっこになれる能力までもが容易に連想できます。

 冒頭の「緊急事態宣言に “耐性” ・・・」は、この流れに沿ったものでしょうか。マスコミの目聡さはさすがです。

 緊急事態宣言と言っても中味は単純、自粛です。家籠もりや自粛がこうも続くと、“自粛疲れ” や “コロナ慣れ” などの言葉が流行(はや)るのも頷けます。まさしく “耐性” そのものです。

 依存症にはならないだけまだマシですが、今のままでは精々、こんなふうにボヤキ節を唸って憂さを晴らすしかないのが関の山。ですよネ!?

  ♪自粛、自粛で~ぇ一年が過ぎ~
    今じゃ耐性が~ぁできたぁとさ

      ヨ~ィヨ~ィ、タ・イ・セェーィ

 

 

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“滑舌” が悪い “おちょやん”

2021-04-27 06:24:06 | 雑感

 NHKの朝の連ドラ『おちょやん』。私も毎日欠かさず見ています。

 ドラマも終盤にさしかかり、先週の第20週「何でうちやあれへんの?」では、一平の浮気発覚から一気に離婚騒動へ。心の葛藤を演じる緊迫した場面が続きました。

 それだけに、日頃気になっていたことが益々気に触るようになりました。ヒロイン役の杉咲花が喋る台詞が聞き取りづらいのです。

 特に、怒気を込めて早口で喋る場面となったら唯々喚いているだけ。一体何を言っているのか一向に聞き取れません。せっかくの台詞が台無しなのです。

 発音がくぐもっているからでしょうか、語尾もよく聞き取れません。どうやら彼女、“滑舌” が悪いようなのです。

 東京育ちの彼女が、不慣れな大阪ことばを喋るのは大変でしょう。このことには同情しますが、玄人ならそんな言い訳は通りません。

 発声のコツは、語尾がよく聞き取れるよう喋ること。私は勝手に、こう理解しています。

 以前、よく落語会に出かけて気づかされたのですが、真打ちの噺家は、皆一様に語尾がしっかり発音されていて、語尾までしっかり聞き取れました。噺のテンポの小気味よさは、このことに大きく関係しているように思ったものです。

 “おちょやん” のモデル、故浪花千栄子も然り。やわらかい大阪ことばでも、彼女の喋る語尾はしっかり聞き取れました。

 ところで、わざとらしいクセのある演技が、その役者の魅力になることはよくあります。

 若い頃の水谷豊は、いつ何時凶暴な顔に豹変するかわからない、ちょっと不気味なところもある顔立ちと、クセのあるふざけた走り方が特徴だけのチンピラ役者でした。

 ところが『相棒』の右京が当たり役となって、その顔立ちが却って凄味にもなり、今では渋い味も出せる役者になっています。

 杉咲花は、ネットで調べてみると日本アカデミー賞などで助演女優賞を受賞しているとか。彼女なりにこれまでも発声訓練を積んできたのでしょう。

 そんなキャリアがあっても、“滑舌” の悪さは役者にとって命取りになりかねません。

 ドラマの中盤・京都時代に、女優を志していた “おちょやん”。女座長に弟子入りして腹式呼吸による発声法をみっちり仕込まれていました。

 杉咲花はまだ若い。是非、もう一度基礎から発声をたたき直したらいかがでしょうか。今からでも決して遅くはないと思います。

 これってひょっとして、耳の遠くなったジジイの、お門違いの小言? もしそうであれば、どうか悪しからず。

 

 

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眼科でも、やはり自覚症状が大事

2021-04-23 06:42:13 | 雑感

 糖尿病性網膜症を併発する恐れがあり、初期の白内障とも診断されているので、眼科にも半年に1回通院しています。今回は、そのときの一コマです。

 眼科の再診は先ず、診察前の眼圧と視力検査から始まります。これらの検査を済ました後、やっと診察室に呼ばれることになります。

 眼科の診察室は薄暗く、わずかに医者の手元を照らすぐらいの照明しかありません。そんな暗がりの中で、主治医のこの切り出しから診察が始まりました。

「検査結果に問題はありません。何か変わったこと、ありましたか?」

 視力検査で問題ナシ、と先手を打たれた後のこの問いかけです。患者はどう応じるべきでしょう? 私はつい、こう応えてしまいました。
「何もありません。」

 すると、
「自覚症状って、結構、重要なんですよ。」主治医の方は続けて、こう念を押してきました。

 本来なら、何よりもこの言葉が先にあるべきだったのです。既に、先手に応じてしまっていた私の方は、既に毒気をすっかり抜かれていました。

 今さら手の内を明かされても後の祭でした。 が、
「(それを早く言って下さいよ!)」こう本音をぶつけてもよかったのかもしれません。

 実は私、このところ少し目がかすんで視力が衰えてきたような気がしてなりません。できれば頃合いを見計らって、それを相談してみたかったのですが、みすみす次回に先送りとなった次第。

 その後、眼底などを丁寧に診てもらい、問題ナシということで再び半年後の予約と相成りました。

 “診察は先ず問診から”。眼科でも、やはり患者の自覚症状が最も重要なのです。このことがわかっただけでも収穫のあった一日でした。

 

 

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素敵な老い方

2021-04-20 06:06:44 | 雑感

 買物帰りの道でのこと。少し遠くに、マンションの生け垣の根元をしきりにのぞき込んでいる女性が見えました。

 その生け垣には紅葉が一面に広がり、根元にはクリスマスローズが咲いていたはず。彼女は、それらの写真をスマフォで撮ろうとしていたようです。

 彼女、ポニーテールにキャップを被り、スパッツに包まれた腰から下の線も自然でスッキリ、しかも動作も機敏。遠目には、いかにも若々しい女性そのものでした。

 つい、スケベ心に駆られて近づいてみたら、彼女、うなじに白いモノが混じっていて、マスク越しに見えた肌にもシミ・シワが、・・・。

 豈図らんや、結構な歳のよう。決してオバケ顔(?)ではなかったものの、見事、身のこなしの軽やかさにまんまと騙された思いでした。

 それでも気を取り直した私は、彼女にこう尋ねてみました。

「この紅葉しているのは何という木ですか?」
「ベニカナメモチ。ベニ・カナメ・モチです。
 バラ科の常緑樹で、紅葉しているのは若葉だそうですよ。」


「梅や桜と同じバラ科? さすがにバラ科。この時期に地味ながら、
 鮮やかに紅葉した若葉ででも目を楽しませてくれるんですねぇ?!
 その一方で、このクリスマスローズは・・・」と、私は訳のわからないことを口走っていました。

 それにしても、彼女のキビキビした身のこなしには目を見張る思いでした。

 恐らくは、ヨガやウォーキングを絶やすことなく続け、身体の柔軟性を保っているのでしょう。こんなふうに素敵な老い方もあるのかと、目から鱗でした。

 今ではさすがに、花の色がくすんで見えたクリスマスローズ。まだ寒かった早春の頃は、いち早く花を咲かせて目を楽しませてくれたものです。

 それが今でもしっかり咲き続けているなんて、何と健気な花なのでしょう! そんな姿に彼女が被って見えました。

 

 

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黄色いウィンドブレーカーのご威光

2021-04-16 06:23:31 | 雑感

 歩行リハビリの途中で一休みしようと、道端の植え込みブロックに腰を掛けていたときのこと。唐突に、私に声を掛けてきた人がいました。

「えっ、こんな遠くまでゴミ拾いに?! よくお見かけしてますよ!」

 声の主を見れば、リュックを背にした同年配の夫婦連れ。グループでハイキング中らしく、二人で殿(しんがり)を務めていました。場所は幹線道路の市境、自宅から直線距離で3 kmほど離れたところです。

「いや、ゴミ拾いは今休止中です。・・・
 リハビリのため、ウォーキングをしているだけで・・・」と私。
「あっ休止中、そうですか?!」と言い残して、彼らは去っていきました。

 見知らぬ人に声を掛けられ、先ずビックリした私でしたが、余りに素っ気ない反応に嬉しさ半分、期待外れ半分と言ったところでしょうか。

 どうやら彼らは、ゴミ拾い休止中と聞けただけで満足したようで、リハビリなんてどうでもよかったのです。これには肩すかしを喰らった思いでした。

 それにしても、なぜ彼らが私に声かけを? そのきっかけは恐らく、私の着ていたウィンドブレーカーだろうと思います。

 このウィンドブレーカー、実はシルバー人材センターのユニフォームです。今は退会してますが、かつて会員登録したとき、入会金と引き替えに(?)支給されたものです。

 ご存じのように、派手な黄色がやけに目立つウィンドブレーカーで、選挙運動でもよく見かけるヤツです。これなら交通事故防止に打って付けと思い、ゴミ拾いのときはよく着用していました。

 派手々々ですから、ゴミ拾い中の私を見かけた人は、むしろこの黄色の方が強く印象に残っていたのだと思います。

 この間も、買物帰りにレジ袋をぶら下げて歩いていたらこんなことがありました。

「よっ、シルバーの(ユニフォーム)を着ていると、
 さも仕事しているように見えて、いいよねぇ~!」と、同じマンションの住人から皮肉タップリに冷やかされました。

 かくも絶大な威光のある黄色いウィンドブレーカー。お陰様で、“ゴミ拾いのヒゲジイ” は、忘れられることもなく、のうのうとしていられるのです。

 断酒後、丸5年間も続けてきたゴミ拾いですが、昨年の新型コロナ感染拡大による非常事態宣言やゴミ収集パイプライン故障による長期運転休止、さらには腰の手術もあって、已む無く休止としています。

 事態は、今まさに新型コロナ第4波の真っ只中。お隣の大阪では感染者数が1000人超 / 日となり、1回目、2回目の非常事態宣言のときより遙かに悪化しています。

 幸い、術後の腰の状態は順調ですが、感染の危険のあるポイ捨てゴミにはまだまだ迂闊に手出しできません。“3密” 厳守の意識はあるものの危機感が格段に薄れているからです。

 せめて、黄色いウィンドブレーカーの威光を穢さないようにとは思っていますが、ゴミ拾い再開には時期尚早のようです。

 

 

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歩行リハビリで気づかされたこと

2021-04-13 07:02:08 | 雑感

 先ず、下の数字をご覧下さい。先週の月曜日から1週間の間にやった歩行リハビリの歩測結果です。

   月曜日・・・・・・・・・・ 4554歩
   火曜日・・・・・・・・・・10487歩
   水曜日・・・・・・・・・・ 8712歩
   木曜日・・・・・・・・・・ 8101歩
   金曜日・・・・・・・・・・ 9004歩
   土曜日・・・・・・・・・・10781歩
   日曜日・・・・・・・・・・ 9105歩

 脊柱管狭窄症のため、昨年11月末に腰の手術を受けたのですが、術後4ヵ月でここまで回復できました。今では歩行中に痛みを感じることはありません。

 もっとも、姿勢が悪いせいなのか、椅子に長く座っていたら凝ったような痛みを感じることがまだあります。丁度、中腰のままでいたときによく経験するアレですが、それ以外の痛みは全くなくなりました。

 さて、歩行リハビリで長らく歩測をし続けてきた結果、今頃になって気づかされたことがあります。

 道によって、歩測結果と実際の距離との間に感覚的ズレが大きいのです。同じ1000歩の距離でも、意外に近く感じることもあれば、エラく遠く感じることもあるのです。

 住宅街の中などが典型的ですが、ちょこちょこ折れ曲がった道なら、たとえ1000歩以上歩いたとしても、さほど歩いた気はしません。

 アップダウンのある道もまた然り。体力的にはキツイですが結構気楽に歩けるのでまだマシです。

 逆に、遠くまで見通せる真っ直ぐな道は、たとえ700歩程度の距離でも歩く前から遠く感じ、その長さに圧倒されて肩に余計な力が入ってしまいます。

 遠くに見える目標を目指すよりも、目近に見える目標の方が気も楽?
これらは目の錯覚で、目先の光景に惑わされているだけなのですが、まるで人生の縮図(?)のようです。

 競泳の池江璃花子選手も言っていました。
「大きな目標よりも、今できることをコツコツと・・・」どん底を見た人の言葉です。

 残り少ない人生もかくありたいもの。こんな当たり前のことに気づかされる今日この頃です。以上、近況報告まで。

 

 

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雨にそぼ濡れた老女 ― 後味の悪い話

2021-04-09 06:21:23 | 世相

 近くのスーパーは2階にあります。お店の前はペディストリアンデッキになっていて、上り下りには階段しか他に手段がありません。

 その階段は14段ほどの普通の高さなのですが、足腰の弱った年寄りには結構難儀な階段です。

 そぼ降る雨の日、買物帰りの老女が、その階段を1段降りたところで傘も差さずに立ち往生していました。彼女、脚が悪いので途方に暮れて、いかにも心細げでした。

 見ると、足もとにはレジ袋が一つ置いてあり、左手で手すりに掴まり、もう一方の右手にもレジ袋を一つ持っていました。どういうわけか、傘は持っていませんでした。

 レジ袋は結構大きめ。それぞれに買った品物を目一杯入れ込んでいて、そのためか持ち手部分をしっかり固結びにしていました。これでは若い人でも結構な重さで、年寄りが持て余すのも当然です。

 私は見るに見かねて手助けにと、片方のレジ袋一つを持って階段を降りました。で、彼女の方も、別の通行人に付き添われて階段を降りていました。

 階段下の自転車置き場までということだったのですが、自転車置き場に着いても一向に要領を得ませんでした。どうやら自転車で来たわけではなかったようです。

 実際、足もとのヨタヨタした彼女の歩きぶりからして、自転車に乗るなどとんでもない話なのです。

 誰かが迎えに来ると彼女は言っていたのですが、少なくとも辺りにそんな気配はありません。マスク顔では表情が読めませんし、目もどこか虚ろでした。

 果たして、そんな人物が本当にいるのか(?)、ひょっとしてこの人認知症(?)、私の方が心細くなりました。かと言って、いつまでも彼女に付き添っているわけにもいきません。

 彼女が知り合いに会えることを祈りつつ、気休めの励ましを言って私はその場を離れました。

 自転車置き場は、軒下にあるので雨宿りにはなります。雨にそぼ濡れた老女の白髪頭はみすぼらしく見え、一層あわれを誘いました。

 一体、あの後彼女はどうなったのでしょう。今でも後味の悪さが残ったままです。皆さん、こんなときはどうすべきと考えますか? 

 

 

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散りゆく桜に贈る挽歌

2021-04-06 06:24:59 | 雑感

 今年は開花が早いと言われたソメイヨシノ。当地では、例年より2、3日早いだけだったような? その花も、この日曜の雨と月曜の強風でほぼ五割方散ってしまいました。

 さて、桜を撮った写真や動画は数多くあります。勿論、それなりに素晴しい作品が多いのですが、今ひとつ物足りなさも感じています。

 もし、桜の花に精がいるとすれば、その息づかいが感じ取れないのです。生きた桜の間近でなければ決して触れ得ない生気とでも言うのでしょうか、カメラでは捉えられない限界かもしれません。

 暇なことを幸いに、今シーズンは13日間で7回も近場の同じ場所に出かけることができました。お陰で、開花からほぼ花の散り際までを一通り観察できました。

 なぜ同じ場所に? 一番桜の生気が感じられるのが桜のトンネル、私のお気に入りだからです。

 その桜のトンネル、歩測で800歩(500 m ?)余の長さです。両側の歩道から車道に伸びた枝がたわんで下がり、切り口が丁度 M 字型に見える人気スポットです。

 ここの桜も勿論、八分咲きから散り際までが見頃です。

 ほぼ満開の花が群れをなして盛り上がる賑やかさや、その花の群れがいかにもトンネル然と幾重にも連なって、陽の光にキラキラ輝く様といったら堪りません。

 豪華絢爛というのは本来、こんなふうに華やいだ光景のことを言うのでしょう。

 花の散り際も堪えられない光景です。散りゆく花びらに、あたかも花の精が宿っているかのようでもあります。

 風がなければハラハラ落ち、風に吹かれたらヒラヒラ舞う。顔にそっと触れられるのも心地いいものです。

 花吹雪の中、車が通り過ぎるのもオツなもの、思わず見とれてしまいます。

 地面に落ちた花びらが風にグルグル渦巻く様も、まるでロンド(輪舞曲)に合わせて花の精が踊っているかのよう。こんなことでも目を楽しませてくれるのです。

 さて、エラソウに啖呵を切って始めた一文ですが、私の乏しい語彙と表現力ではこの程度が限界。あとはご想像にお任せ、というところです。

 最後に、桜の花に因んだお飾りについて一言触れておきます。

 桜の花々が寄り集まって丸い玉のように見える様は、まるで団子そのもの。これにあやかったのが小正月に飾る餅花(もちはな)でしょう。

 柳の小枝に小さな餅を一杯くっつけて豊作を願った慣習ですが、今では廃れてしまったでしょうか? 遠い昔、岩手の実家では小正月に餅花を飾ったものでした。あぁ、懐かしい!

 

 

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やはり人って見かけ通り?

2021-04-02 06:39:56 | 雑感

 歩行リハビリ改め散歩の途中で、いつも立寄る小さな公園でのこと。

 ここで顔見知りになった人の中に、アクの強そうな雰囲気を漂わせる男性が1人います。

 私と同年配らしいのですが、目の据わった顔つきといい、ときおり見せる仕草といい、くせ毛の髪型までにも、そのスジの者特有の威圧感があるのです。

 その男性、いつも私より先に公園にいて、ストレッチを色々やっているのですが、今まで話を交したことはなかったのです。

 ところで、この公園もご多分に漏れず、決まって吸い殻がポイ捨てされている場所があります。

 その場所とは、私がいつも股関節ストレッチをしている植え込みの土台の縁。タバコの銘柄も複数だったので犯人は1人ではなさそうです。 が、ポイ捨て行為を直に目撃したことはありません。

 先日、いつものように公園に立寄ってみたら、例のごとく件の男性が先にいてタバコを吸っていました。私は離れたベンチに座りました。

 吸い終わった “彼” は、吸い殻を例の植え込みにポイ捨てした上、何と唾まで吐き掛けたのです。それを目の前で見ていながら、私は何も言わずに黙ったままでした

 そのうち “彼” は、高さ90 cmの平行棒の上に片足を軽々上げ、屈伸して股関節ストレッチを始めました。上げた片脚の膝小僧に額がぴったり着くほど柔らかい身体でした。

 そこへ1人の通行人が通りかかり、立ち止まって “彼” をじっと見ていたのですが、
「オラッ、何を見てんだ、エーッ?!」と、大声で “彼” に凄まれてしまい、そそくさと立ち去ってしまいました。

 そのとき、なぜか私は咄嗟に “彼” に声をかけていました。

「随分、身体がやわらかいですね!」と、さもタイミングを見計らったかのようにです。

「少しずつ続けていたら、こうなったんです。
 こう見えて私ね、(干支を)一回りした年男なんですよ!」と “彼”。
私が返答に窮していたら、「丑年の72歳!」と、たたみ掛けてきました。

「(意外にワルではないのかも?)」そう思った私は、ストレッチ談義をさらに仕掛けてみました。“彼” の方も、それからは打ち解けたようで話が進みました。

 頃合いを見計らって私は、いつものように例の植え込みの所で股関節ストレッチをし、ついでを装って件の吸い殻も拾いました。その吸い殻は、いつも見ていた銘柄そのものでした。

 それを見ていた “彼”、
「あっ、すみません。ありがとうございます!」と笑顔で返し、さらに公園を去るときも、
「失礼します」とちゃんと挨拶してくれました。

 タバコのポイ捨ても、これで一件落着かと思ったのですが、さにあらず。翌日も、件の銘柄の吸い殻が1本、例の場所にちゃっかり捨ててありました。

 決めつけはよくないですが、“彼” は見かけ通りの人なのかもしれません。

 口では反省したように装っても、人の見てないところでは相変わらずという人もいます。またまた私は甘チャンだったのでしょうか?

 やはり人は、傍の思い通りにはならないのです。変えられるのはその人自身だけ、しかも、行動から変えるのが一番簡単!

 これが私の持論。益々、意を強くしました。

 

 

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