ヒゲジイのアル中よもやま話

断酒を始めて早7年目。このブログは回復プロセスの記録と脳のリハビリを兼ねて綴っています。やはり、まだチョット変ですかネ?

継続断酒丸8年、うっかりして忘れてました!

2021-11-16 07:49:57 | 雑感

 実は、抗がん剤投与が終了した10月末をもって継続断酒丸8年となっていました。すっかり失念していました。抗がん剤治療に気を取られ、他の何にも気が回らなかったのです。

 抗がん剤治療のための入院を期に、やむなく始めたことがあります。禁煙です。ご存じのように、最近の病院はどこでも館内禁煙なので半強制的に始めることになりました。

 断酒の方は、特に意識するでもなく当たり前に続いているのですが、禁煙の方はちょっと話が違います。

 初回入院中の10日間はさして気にならなかった禁煙ですが、退院して自宅に戻った途端、ふっとタバコを吸いたくなることがチョクチョクあります。

「今チョットの間だけガマン・・・、今日だけでもガマン・・・」

 断酒を始めた頃は「飲んだらどうしよう?」という強迫感が主でしたが、それとは一味違うどこか脆くて不安定な気分を味わっています。

 本日をもって禁煙期間は都合26日、途中6日間の再入院もあったので、自宅での禁煙はまだ12日間しか経験していません。

 それでも、この調子で行けば恐らく、1ヵ月間の禁煙はほぼ大丈夫。さらに3ヵ月、6ヵ月、1年も・・・。うまくいけば、95歳と言われた肺年齢も少しは若返るのでは・・・?!

 身体に悪いとされる嗜好品の酒・タバコ。これからは、これら2つとも断っての終活となります。

 優等生的健全な生活なんて柄ではないし、どうしても味気なさは否めません。が、これも自然の成り行きでしょう。

 余命短い私の人生。世間体を気にすることなく、変に自分を枠に嵌めることもなく、大らかに性活(?)して行きたいのですが、この期に及んで虫がよすぎる望みでしょうか?

 昨日、退院から1週間の診察を受け、今後のスケジュールが決まりました。今週金曜日に再々入院し、来週の頭からDCF療法2クール目の投薬を始めることになりました。
 再び、しばらく投稿を休み、コメント欄も閉めます。悪しからず。

 

 

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抗がん剤治療でホントの病人に!?

2021-11-12 04:42:36 | 食道がん

 食道がんの化学療法・DCF(ドセタキセル、シスプラチン、5-FU)療法の1クール目(5日間の連続投薬期間)が終了し、私は今、退院して休薬期間に入っています。

 点滴チューブに繋がれて半拘束状態に置かれるのが入院ですから、それだけでも運動不足に祟られるのが必定。

 そんな状態に輪を掛けて、副作用が必発する抗がん剤治療が加わるわけですから、ほぼ健康体だった私も何とホントの病人になってしまいました。

 何かと参考になると思いますので以下に、私の経験した副作用をかいつまんで報告します。

          *  *  *  *  *  *  *  *  *

 DCF療法開始初期、最も辛かった副作用は吃逆(シャックリ)でした。投与初日の夕方から間断なく始まり、夜間睡眠中も2時間おきに目覚めるほどしつこく続く辛いものでした。

 このシャックリ、その都度吸い込んだ空気が胃に溜まっていくようです。

 そのためでしょうか、腹がふくれた感じ(腹部膨満感)が強くなって、物を食べたい気持ちも胃がモヤモヤして次第に薄れがち(食思不振)、体力的にもかなり消耗しました。

 これを軽減してくれたのがクロルプロマジン(古典的統合失調症治療薬)です。発現2日目に処方してもらい、シャックリが完全に止まるまで10日間の服用が必要でした。

 さて、食思不振の件ですが、物を食べれば食べたで胃もたれが愈々ひどくなるばかり、投薬終了後10日経った今でも胃のモヤモヤ感がまだ続いています。そのため、私の食も細ったままです。

 抗がん剤投与開始初期、怖い副作用としてよく知られているものに嘔気・嘔吐、アレルギー反応があります。

 これらの防止策として最近は、制吐剤やステロイドを前処置することが行われています。私の場合も、この前処置でうまく嘔気・嘔吐を免れることができました。

 ところで、抗がん剤の主な副作用はジワジワと進行し、連続投薬終了後しばらくしてから本格化するようです。

 投薬が終了して退院した4日目のこと。ホッとしたのも束の間、最も強く懸念されていた通りに38度台の発熱に見舞われました。ほぼ同時に下痢も始まりました。

 急遽再入院し、白血球数・血小板数の激減が確認されました。骨髄抑制が現われていたのです。それでも、入院して抗生剤を点滴することによってどうにか大事に至らないで済みました。

 なお、骨髄抑制の防止対策として、DCF療法終了の翌々日(退院2日目)に持続型G-CSF製剤(ジーラスタ)が既に皮下注されていましたが、残念ながら効果発現が遅くて間に合わなかったようです。

 これもつい2、3日前のこと、後頭部を弄っていたら、髪の毛がごっそり抜け落ちました。愈々、脱毛も始まったようです。

 さらに、新たな副作用として、口内炎、脚気のような足のだるさ、頻回の夜間中途覚醒(不眠)も出てきています。これらはいずれもQOLを損なう困ったチャンたちです。

 以上のように、私は抗がん剤の副作用を一通り経験したようです。その結果、私が学習したことは次の3つ。

 ― 医療現場では現在、抗がん剤の副作用防止対策がそれなりに
   整っていること
 ― 幸いなことに今回、薬物治療一般に付きものの肝機能・腎機能
   障害から免れ得たこと
 ― 上の2つから、次回も安全性が十分期待できること

          *  *  *  *  *  *  *  *  *

 この3つの学習から、DCF療法2クール目を引き続き受けようという結論に至りました。

 なぜなら、たとえ化学療法によってQOLがそこそこ削がれるとしても、またたとえ、食道がんの2年(以上)生存率*が精々30%程度であったとしても、2クール目のDCF療法に賭けてみない手はないからです。
(*食道がん2年生存率:くわしいデータ (chiba-cancer-registry.org)

 抗がん剤治療は宝くじと同じです。当たるか当たらないかは、実際に賭けてみなければわかりません。やはりこの気概、大事ですよ、ネ?

 再び、しばらく投稿を休むと思います。返信も叶わないと思うので、コメント欄も閉めます。悪しからず。

 

 

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食道がん告知、その後

2021-10-19 09:59:45 | 食道がん

 私に食道がんが見つかった件、皆様には大変なご心配をお掛けしています。

 その後、外科手術を前提に、PET、X線CT、肺機能など様々な検査を受け、循環器科、呼吸器科、耳鼻咽喉科など各科の専門医のコンサルも受けました。

 その結果、病巣近くのリンパ節にも転移しているそうで、病期はステージⅢと診断されました。

 ところで、私にとって意外に思ったことが二つありました。

 その一つは、バリウムによるX線透視では食道がんをなかなか見つけにくいこと。早期の食道がんを見つけるには内視鏡が必須です。

 内視鏡画像で見ると、コブ(腫瘍)が食道内腔の1/4を塞いでいました。が、X線透視画像では胸骨の影もあり腫瘍などほとんど見えないのです。

 二つ目は重要なことですが、服用中のバイアスピリンが問題視されたこと。ご存知のように、バイアスピリンは血液を固まりにくくする薬です。

 冠動脈にステントを留置して以来、服用を続けている薬ですが、術前から術後にかけて2週間程度休薬する必要があり、そうなれば “即死” を招きかねないリスクがある、と循環器専門医から指摘されたのです。

 抜歯の際には、4日間ほど休薬した経験が何度もあります。が、6~10時間もかかる大きな外科手術となれば話は別。休薬期間が格段に長くなるので、それだけリスクも著しく増大します。

 そんなことから先ず、がん化学療法での治療開始となりました。今週末に入院し、来週の頭からドセタキセル、シスプラチン、5-FUの抗がん剤3剤による化学療法が始まり、その後は放射線療法に移行するようです。

 さて、検査によって驚かされたことが他にもあります。肺機能検査の結果、1秒量、%1秒量、1秒率の数値から中等度のCOPD(肺気腫)と診断され、何と肺年齢が95歳以上だと言われてしまいました。

 これらの数値自体は現役時代に受けた人間ドック時の成績とそう変わっていません。ですから、喫煙者であるにもかかわらず、必ずしも悪化したわけではなさそうです。

 ただ、当時はこうハッキリ言われなかったので今回はさすがにショックを受けました。それでも肺機能以外はほぼ健康体でした。

 やはり、私の身体には耐用年数、つまり “寿命” が来ているようです。

 高血圧、糖尿病、高脂血症からなる動脈硬化性血管障害が40代後半に始まり、その進行の結果、不安定狭心症(冠動脈狭窄)が52歳時と61歳時に発症。その後も67歳時に脊柱管狭窄症(座骨神経痛)と白内障が発症と、加齢と共に具体的老化現象が次々現われています。

 食道がんも、これらの一環としてみれば何の不思議もありません。これも間違いなく “寿命” だと頭では十分わかっているつもりです。

 そうは言っても如何せん、抗がん剤の重い副作用を思うと心は千々に乱れている私です。あ~ぁ、みっともない!

 以上、簡単ながら近況のご報告まで。再び投稿をしばらくお休みし、返信もできないと思うのでコメント欄も閉じます。悪しからず、ご承知置き下さい。

 

 

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“がん告知” って、こんなアッサリしたもの?

2021-10-05 06:34:53 | 食道がん

 一つのことだけにかまけて満足していると、とんだ落とし穴に嵌まる。このことを実感させられました。

「前回(の検査)は7年前ですね?」電子カルテを確認していた担当医から、胃カメラを挿入する直前にこう言われました。

 このところ、内視鏡検査と言ったら大腸内視鏡検査ばかり。検査を受ける度、大腸にポリープが見つかってほぼ毎年受けてきました。

 が、断酒を始めて以来、胃の方は極めて快調だったので、7年間も胃内視鏡検査をサボっていたのです。そう気づいて、久々に受けた胃内視鏡検査でした。

 内視鏡検査中、「ヨード染色!」と指示を出していた声も聞こえました。“食道がん” を識別するのに用いられる染色です。

 通常なら10分ほどで終わるはずの検査ですが、生検用検体の組織採取があったらしく、倍ぐらいの時間がかかりました。

 担当医が胃カメラを抜いて直ぐに、こう聞いてきました。
「今回の結果、いつ聞くことになっています?」

 予定では、明後日に大腸内視鏡検査も受けることになっており、その直後に今回の結果と一緒に聞くつもりと答えました。

「それ、1週間先に延ばしてくれません? 内科の受付に言えば
 変更してくれますよ。」

 一旦、こうは言ったものの、担当医は直ぐにこれ取り消すように続けました。
「いや、先に延ばさなくてもいいです。予定通りに説明を受けて
 下さい。」

 これを聞いて今度は、私の方がすかさず尋ねてみました。

「ヨード染色ということは “食道がん” ですか?
 組織検査の結果が出るには1週間以上かかるのでは?」務めて冷静に聞いたつもりでした。

「いや、生検しても結果は変わりませんから、・・・
 少なくとも内視鏡で簡単に取れるような状態ではないということ
 です。」

 これが “がん告知”? 言いよどむでもなく、思いも掛けない実にアッサリした言い方でした。

 “がん告知” は、生死にかかわる深刻な問題なので、改まった場所でもっと厳かに告げられるとばかり思っていました。ですから、調子が狂って気が抜けて思わずよろけそうになりました。

「アル中がなりやすいのは食道がん。ヨード染色で簡単に見つかります。
 マメに内視鏡検査を受けて用心するように!」

 以前、アルコール専門クリニックで散々言われていた言葉です。忘れていたわけではないのですが、ポリープ頻発の大腸にかまけていたらこの有様。何とも迂闊でした。

 私の “食道がん”。どの程度まで進行しているのかまだ正確にはわかりません。が、少なくとも初期がんではないようです。

 とは、頭では理解できても、まだまだ気持ちの整理がつかない私です。この続きは、もう少し情報を集めた上、持ちの整理をつけてボチボチと。

 その後、詳細な内視鏡検査結果を聞き、外科医のコンサルを受け、腹を括って手術を受けることに決めました。週が明けた今は、術前の検査が連日続いています。
 しばらく投稿を休みます。返信も叶わないと思うので、コメント欄も閉めます。悪しからず。

 

 

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背中が逞しく見えた兄(あん)ちゃん

2021-10-01 06:58:46 | 雑感

 先週、歩行リハビリの途中で自転車に乗った警備員の兄(あん)ちゃんと遊歩道でバッタリ。兄ちゃん、職場のコープへ出勤途中のようでした。

 つい2,3日前もコープで見かけたばかりだったので、そのときの様子から話し始めました。

「やぁ、この間見かけたときはネ、背中が随分逞しくなったなぁって、
 正直、思ったよ。しょげかえっていた頃がウソみたいだ。」と私。

「ボクね、・・・金のことなんかどうでもよくなったんですよ。
 あっいや、もちろん、貯金はしますよ。
 (女の子に)貢いでしまった金のことなんか、
 今更クヨクヨしてもしょうがないっていうことですよ。」
と、兄ちゃんサバサバしたもの。

「何事も投資だからねぇ、損するときもある。」と、私もそう相づちを打ったのですが、・・・。

「その辺のことがわかって、やっと大人の入口に入れたかなぁ、
 という感じです。」このときの兄ちゃん、屈託のない笑顔でした。

 あれは2年前の丁度今頃のこと。この兄ちゃん、その頃付き合っていた女子大生との仲が進まないことを嘆いて、ひどくしょげかえっていました。

 聞けば、いくらお金をつぎ込んでも食事を一緒にするぐらいが関の山。一向にメッシー(古!)以上の関係にはならないと言うのです。

 これを聞いて私は、こんなふうに助言してあげました。

「そりゃ、縁がないということだから諦めた方がいい。
 たとえ続けたとしても、何も変わらないと思うよ。」

 これに続けて、こうも付け加えました。

「いっそのこと、玄人筋の風俗に行ってみたら。
 彼女ら、ドライに割り切っているから見かけ以上にしっかりしてるし、
 裸になっての付き合いなら本音が見えるときもあるはず。
 却って、教えられることが多いと思うよ。」

 こんな乱暴な私の話を聞いた後、一時「今、三股をかけているんですけど・・・」と、照れ笑いしていた兄ちゃん。少しヤケになってしまったかと、そのときはヒヤヒヤしたものです。

 今回、彼の話を聞いて、あの危機をうまいこと乗り越えられたのは、私の助言が効いたせいでは、と思い直しました。

 こんなことでも年の功と言うのでしょうか? 勝手にそう思い、秘かな喜びにしばし浸った私です。

 

 

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