正直では世が渡れぬ、随分嘘も言わねばならぬ、などという人は実に憐れむべきかな。
こんな考えを持つ人は心の何者なるかを知らぬのである。したがって悪事もやる不徳も行う。かかる悪人にして万一富を得ることありとするも、そは決してそのものをして幸福ならしめぬ。否かえって不幸の種となるものである。若しこの悪人にしてたとえ長命することありとするも、そはまた決してそのものをして幸福ならしめぬ。長命すればするほど心に苦しみを増す。あたかも長い間牢獄に呻吟するといささかの相違もあるまい。神は決して悪人を許したまはぬ。許したまわぬことを絶対に信ずべきである。而して唯々至誠、富も寿も姿勢の人にして始めて得らるるのである。疑うべからず迷うべからず。
「牧野元次郎」 武者小路実篤