ブログ雑記

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毛沢東の知られざる物語を読んでいて・・

2007-10-04 16:38:33 | Weblog
遅々として進まないけれど私の生まれた1940代の毛沢東を中心にした中国を書いた
MAO The Unknown Storyを読んでいる。作者は Jon Halliday という人だ。
毛沢東の生い立ちから書かれている。800名近い人に電話インタビューをして取材をしてその時々の毛沢東の様子を描き出している。今ようやく400ページを越えたところで時代的には1945年から49年で年令は51才から55才のところだ。丁度日本が降伏し、蒋介石を倒し中国の頂点にたったところだ。それにしても権力への執念と、絶対的な権力の凄さには鳥肌がたつような恐怖を覚えた。
何千万の人を死に追いやりながら闘争を繰り返して頂点を極める生きざまは理解を越えたものがある。中国の革命は農民の革命だと思っていた。しかしそれは幻想で農民の窮乏と絶望と死の上に築かれたものだった、と知った。文中によく`purge`という単語が出て来た。この言葉はソビエトのスターリンの専売特許だと思っていたけれど、それを凌ぐpurgeが行なわれた、とも書かれていた。
日本の降伏直後の満州のこと等も詳しく書かれていて、日本が作り上げていた重工業等の設備を全てソビエトへ解体して持ち帰っり、膨大な量の飛行機や大砲弾薬等は毛沢東の中国へ運ばれていた。(日本軍の貢献も大いにあったのでは??)ソビエトは中国に日本軍と戦わせてソビエト侵攻を阻止しようとスターリンは必死だったようだが、毛沢東はにわか仕立ての農民軍では精鋭の日本軍と戦っても無駄と決めて対戦を避けあくまでも日本軍の降伏後の蒋介石を打倒を見据えていた。
国を統一すると云った観点からすれば凄い戦略家だったのだと思う。

この時代にもアメリカが毛沢東と蒋介石の両者に援助をしていた。そして両者の休戦をまとめ蒋介石が協定を守っている間に毛沢東はスターリンと組んで裏で日本軍の残したものを運び内戦に備えていた。だがアメリカはソビエトと毛沢東のやり取りに気付かず、マーシャルという代表は毛沢東に肩入れして、内戦の準備に手を貸していた。(現在のイラク戦を思い出した。)

それにしても毛沢東の演出の巧みさは傑出していたのだろう。
terrorを主役にすえた中華人民共和国建国劇は彼の人生を賭けた仕事だった。
エドガースノーにしても毛沢東の筋書き通りにうまく踊らされた。

つい先ほど読んだ追い詰められたおびただしい数の人が建物から道路に飛び下りて自殺したというくだりには息が詰まった。どうして建物から道へ身を投げるかと云うと海等のわからないところで自殺しても死んでしまったという明らかな証拠が見つからず、後々まで後に残った家族が厳しい追求を受けるから、私の死骸はここに有りますよ、と確認をさす為だった、と云うのだ。

ああ恐ろしい今も色々なところで人の命がいとも簡単に消されている。
人それぞれに大切な人生が有るはずなのに、自分に起こらなければ何が起こってもいいと云うのだろうか。


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