メッタ斬りジャリズム

これからは個人ジャーナリズム(ジャリズム)の時代!しがらみのない自由な立場から世の中をメッタ斬る!

地デジ対応[ 液晶AQUOS] 購入検討

2006年11月25日 23時35分12秒 | Weblog
地上デジタル放送対応・液晶AQUOS《アクオス》(SHARP・32V型)

LC-32BD2
LC-32GH2


テレビが壊れてしまった。

まさか急に壊れるとは思わなかった。画面の真ん中に強い光を放つ一本の線が表れるだけで、あとは画面が真っ暗で何も映らない。どのチャンネルも。音は出るが。

この症状は数ヵ月前からちらちら出てたがすぐに戻っていたのだが、ついにこの症状のままになってしまった。
9年9ヵ月で壊れた。テレビが壊れることもあるんだなー。


それで今新しいテレビを買おうと、いろいろ情報を集めてる。液晶AQUOSを買おうと思う。

地上デジタル放送対応・液晶AQUOS(SHARP)。

これでいよいよ地上デジタル放送対応になる。楽しみだ。最近の液晶テレビはパソコンの画面もそのまま映し出せるんだね。パソコンモニターにもなる。

しかし液晶は高いね。
物凄い勢いで価格下落してるから、本当はしばらく待っていたかった。

しかし先に壊れてしまった。待っていればかなり安くなるものを。それでも昔よりはだいぶ安くなってる。

全メーカーのパンフレットをもらって来たが、SHARPのものはなかった。


世間でボーナスが出始めて年末商戦になると一気に価格も下がるだろう。

26型にするか32型にするか迷う。どっちもあまり値段の差が無い!液晶の型番は、ブラウン管より小さくなるので、液晶の26型はブラウン管の21型ぐらいらしい。どっちも13万前後だ。



地上デジタル放送対応・液晶AQUOS(SHARP)

《26V型》
LC-26BD2―11万前後(型落ち)
LC-26GH2―13万前後(新型)
《32V型》
LC-32BD2―13万前後(型落ち)
LC-32GH2―16万前後(新型)

視聴率がテレビの可能性を狭める。

2006年11月19日 12時48分47秒 | Weblog
先週の「たけしの日本教育白書2006」、視聴率が悪かったようですね。

やっぱり。

これで来年はもうないだろうし、今後このようなテーマで番組を作ろうと試みる民放局は、もう出てこないかもしれません…。

これが「視聴率という名の現実」。これによってテレビで出来ることがどんどん狭められていき、似たような内容が繰り返し垂れ流しになります。

テレビ局側もこのフジテレビのようにいろいろとやろうと試みはしているのですが、いかんせん視聴率という現実が…。

そこで最近思うのは、テレビ局側が低俗なものばかり作るというよりも、視聴率という番組評価尺度の方にメスを入れるアプローチが必要かな、と最近思いますね。

こうして、もうああいうタイプの番組は、テレビ界から消え去るでしょうね。惜しいことだ。石原慎太郎と久米宏とたけしの対談、おもしろかったのに。

視聴率というものがテレビの可能性を狭めていく。

だから視聴率に縛られないNHKが、「多様性の担保」としての存在意義があるわけですね。


視聴率がテレビの可能性を狭めていく…。
視聴率がテレビの可能性を狭めていく…。
視聴率がテレビの可能性を狭めていく…。

たけしの教育白書「テレビと品格」

2006年11月14日 00時23分34秒 | Weblog
昨日放送された『教育スペシャル!たけしの日本教育白書2006』(フジテレビ)なかなかよかった。

特に石原慎太郎と久米宏とたけしのやり取りは緊迫感があり、食い入って見てしまった。

大人が食い入って見れる内容。緊迫感があった。知と知のぶつかり合いと言うか。

たけしの瞬発力、久米の切り込み、石原の知のバックボーン、さすがだと思った。

こういう人間的に深いものを持っている人たちのやり取りを見るというのは、非常に面白い。
最近のテレビには、それがない。

人間的に「浅い」「薄い」やつらの騒ぎあいばかりを垂れ流されて、それにあわせて仕方なく見させられているような状況。

大人が食い入って見れるテレビ番組が最近はない。
やはり人間的に深いものを持っている人の一言はいろいろ考えさせられる。もっと長くやってほしかった。


今日のやり取りを見て、たけしの鋭さを見直したと言う声が多かったが、
それは最近のテレビ界に、そういったたけしの良さ・能力を生かせるような
番組がないことの証左だと思う。



しかしフジテレビはいい挑戦をしたと思う。
「教育」という視聴率が取れるか分からないものをテーマに、生放送で6時間も組んだ。民放としては大きな挑戦だ。
それでも世の中のために何かを問いかけたい、ためになることをしたいというフジテレビの意気込みはすばらしい。
フジに勢い、余裕がある証拠だ。評価したい。


ただ、キーワードは「視聴率」である。
せっかく理想を掲げても、視聴率という現実につぶれていくケースは多い。

過去にもテレビ側はこのような「世の中に向けていい番組を作ろう」といういろいろな取り組みはしてきてはいる。しかしいつも視聴率の壁でつぶれていく。

従ってこれは、テレビ側が低俗なものを好んで作っているという側面だけではなく、番組を評する「評価尺度」が視聴率ひとつしかないということに、問題の本質があるということではないか。

テレビ側も数々の試みはしている。しかし視聴率で潰れる。視聴率という唯一絶対の番組評価尺度こそ問題の根本にあるのではないか。

今日の「たけしの教育白書」を6時間も放送したフジテレビの試み、挑戦を見てそう感じた。これで視聴率が上がれば申し分ないのだが。


しかし石原慎太郎と久米宏の「品格スタジアム」での最初のテーマに「テレビの品格」が出て来たというのは象徴的だった。
やはりテレビを作っている奴らも、日本人の品格を崩して来た一因はテレビにもある、ということを大方の人間がうすうす分かっているということの表れだろう。
だから「テレビ」がまず最初に出て来た。

このテーマが最初に来たというのは大変興味深いし、また、テレビを作る側の人間が敢えてこのテーマを持って来たというのは大変な挑戦であり、大いに評価したい。さすがフジテレビだ。

2ちゃんねるでも様々な反響があった。自分も盛んに書き込んで議論に参加したが、自分の意見に対してもいろいろな反響があった。

熱くなった。録画もした(笑)。


普通、すぐこういう問題になると学校、親、地域社会の3つで考えてしまいがちだが、やはりそこにメディアが作る「情報環境」という視点を忘れるわけにはいかないと思う。

今の時代、ひとりな人間は教育の力だけで育たない。寺子屋の時代じゃないんだから。
現代人は教育以外にいろんな影響を受けている。

教育よりもメディアの情報から受ける影響の方が遥かに強くなっている。教育の占める比重が低下している。
そんななか、教育の力だけで解決していくのは無理である。親の力だけでも解決が困難な側面が現代では強くなってきている。何でも親に責任を求めるだけでは解決出来ない時代になってきている。

例えばモラルの低下などは、親のしつけの問題とされやすいが、それは目に見える表面的な事象だけを捉らえているからそういう議論になる。
モラルが低下しマナーのない行動をするのは、マナーのない行動が問題なのではなく、そういう行動をさせる精神の退廃、荒廃こそが真の問題の本質である。

目に見えるマナーやモラルばかりに目を奪われてはいけない。本質は、その裏にある精神の退廃にある。

だから、解決の本質は「しつけ」ではない。親のしつけに責任を持って行くのは表面的な事象しか見ていないから。
しつけだけを厳しくしても対処療法になる。

やはり本筋は、人間としての当たり前の感覚を崩し、精神を退廃、荒廃させているものに対する対策を考えることから始まると思う。

そのひとつがやはりメディアだ。そうした土壌のうえでこの品格スタジアムでの「テレビと品格」というテーマが来たというのは非常に印象深い。


また『品格』という切り込みがいいね。「テレビの影響は真似する真似しないの次元ではない」ということが、暗に含まれているから。
これを『テレビの悪影響』とやってしまうと、すぐ「真似する真似しない」という低次元の議論に収束してしまい本質的な議論にならないからだ。

だから『テレビと品格』という切り口は大変冴えている。
テレビの影響の本質は、テレビでやることを真似するから良くないというような短絡的なものではなく、広く緩やかに万人に影響を与えていくという間接的なものが本質であるわけだから。それがこの『テレビと品格』というテーマからは、説明がなくとも感じ取ることが出来る。なかなか冴えている。


テレビを含めたメディアが形作る『情報環境』という視点。この視点を忘れてはならない。決して教育、親、地域社会だけでは解決しない。


フジテレビも視聴率を犠牲にして日本のためを思ってこういう番組を6時間もやるとはなかなかだな。
さすがフジテレビは余裕がある。
日本の国のためにテレビ、メディアが力になれることはもっとあるはず。
その先鞭をフジテレビが切ったと評価したい。いい番組だった。