ふしょうなブログ

ご不要になった詩は粗大ゴミでお出しください

ランキングサイトベスト10入りのお礼とご挨拶

2005年08月24日 18時36分08秒 | お知らせ
 日本ブログ村小説ポエムブログ人気ランキングで8月24日現在ベスト10入りしています。開設以来1週間も経過していないのに、なんと瞬間最大風速ながら第7位となっています
 これも、このブログを訪問された方々の熱いご支援の賜物です

 今後とも引き続き可愛がっていただきたく存じます

本当にありがとうございました

くびれについて

2005年08月23日 23時37分25秒 | 詩の背景

 この詩は世田谷美術館で鑑賞した絵画、デッサン、彫刻の印象を引き摺りながら、その翌日に片瀬江ノ島へ取材に行った際に作詩したものです。(取材っていうか散歩かな、実は)で、小田急線片瀬江ノ島駅を降りて数分も歩かないうちに水着ギャルの群れとYockは遭遇しました。(未知との遭遇?)
 恥じ入る素振り等生まれてこの方感じた事なんて無いような感じで、威風堂々?と三角ビキニのままビーチへ向う彼女達の艶やかな後姿を半ば呆然として見送ったのですが、その時の印象を詩にこめてみました。

↑竜宮城を模したらしい片瀬江ノ島駅

 男一人で水着も着ずに砂浜に出るのは何だし、海の家からは呼び込みがウルサイので江ノ島へ渡りヨットハーバーから江ノ島の岩場を散策しました。



↑江ノ島のヨットハーバー
  当然ながらYock艇は見当たりません(残念!)



↑江ノ島の岩場です
  結構潮が引いていたのかも♪

 2時間ぐらいの取材でしたが、家に帰ってみるとドカチン焼けてな感じでビックシ、マイッチング状態でした。
 なんだ、水着ギャルのくびれ写真はどうした、俺はそれを期待していたのにってお叱りを受けそうです。どうも気が弱いYockなもんで、そんな写真取れませんです。モーしわけ無い気持ちで一杯です。

 こんな、男どもの密かな楽しみ(見るだけならタダだし)も、あと数週間で終わりになります。また来夏のお楽しみってな感じでしょうか♪そんな気持ちも詩をこめてみました。







 

 

 


とんび

2005年08月23日 22時43分20秒 | 
君は覚えているだろう
君がはじめて掴んだ自由は
真新しい買ったばかりの自転車に乗って
得意げに街中を走りまわる事。


そして今
世間との関わりを君は海に投げ捨て
白い灯台すれすれを斜めに横切っては
潮風を翼いっぱいに受けている。


「今さらどうすりゃ良いのか」と言いたげで
僕を嘲笑うかのようにあたりを飛び回るけど
そんな君でも人恋しいのか
水平線の彼方までは飛び去ろうとしない。


君の望む自由ってやつは
下手なコラージュで描いた青空のようで
何処までも平坦な青さの中に
くるり 吸い込まれていく。


※改題しました

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ここだけの詩について

2005年08月23日 17時19分07秒 | ここだけの詩
 このカテゴリーには本音が出すぎているとか、公の場に投稿するには拙筆すぎるかなと思われる詩を掲載します。それでも可愛い詩には変わり無い訳でして。気が向いたら推敲など行って独り立ちさせられるかも知れない、そんな詩達の置き場です。

 第1弾として投稿した「これは詩では無い」もそんな詩のひとつです。言葉のあつまり=詩であるならば意味性の有無を問われるのかなと思います。Yockとしては言葉達の意味を放棄せずに、その言葉の持つ本来の意味を乗り越えた世界へ到達できるような詩を書ければと思っています。

達成出来そうも無い大きすぎる目標ではありますが…


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これは詩では無い

2005年08月23日 07時36分58秒 | ここだけの詩
マグリットがパイプの絵を書いた
これはパイプではない
あくまでもリンゴはリンゴだった
良き時代の衝撃

今の時代は何でもありだから
何やら数字を並べても
空白に見えざる抽象を気取っても
誰も感動しない
誰の心にも衝撃を与えない

たった一枚の油彩画さえ
未だに越えられない

ルールは無いのか
おまえの死はガシャポンだ
ありったけの100円玉を飲み込んでは
劣情感を煽るだけ煽り
あとは知らん顔
そんなんじゃパイプは越えらない

おまえは塩を浴びた蛞蝓か
身悶えしながら萎縮する夜に
ゴミ処理場の煙突から
薄汚い涎をたらすのは止めろ!



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宵まちエレジーについて

2005年08月22日 21時32分47秒 | 詩の背景
 落合さんからの暖かいお誘いに甘え詩遊会さんにもお邪魔する事になりました。で、詩遊会さんへの投稿は取り合えず短歌からでもって事で投稿した歌です。
 浮世模様は男と女、そんな詩情を歌っていきたいと思います。私遊会さんのメンバーの方々に嫌われないようにしないとって肝に銘じたいところです。

 さて、題名の「宵まちエレジー」の宵まちは「宵待ち草」と「宵街」をかけています。内容的には「酒場のふたりの物語」てなところです。今流行りのジャズバーかテルホのバーを想像していただければありがたいです。(ロックバーではありませんね。この歌の場合)



くびれ

2005年08月21日 23時16分06秒 | 
それは総ての男を魅了する
総ての芸術家を虜にする

それは瑞々しい果実のようであり
たおやかな母の抱擁をも予感させる

それはあまりにも眩しい
陽に焼けたまろやかな曲線は
誇らしさをも感じさせ
興味本位の視線を恥じ入らせてしまう

それは一夏の甘い記憶
やがて実りの秋の訪れとともに
厚い衣服のなかに姿を隠し
総ての男たちの戸惑いの内に
身を躍らす小魚となる


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豚飼いの歌について

2005年08月21日 20時52分02秒 | 詩の背景

 裸婦像と同様に世田谷美術館を訪れた際に作詩したものです。やはり詩に関わる者はネタ探しに書を捨て街へ出ないといけないようです。

 さてさて、肝心のゲント美術館名品展ですが、ベルギーの古都ゲント美術館に収集されている80作家による絵画及び彫刻のうち125点が年代順というか傾向別に提示されています。(傾向順とは新古今主義からシュールレアリスムまでのことです)
 その中でYockの目にとまったのがジョージ・モランドの「豚飼」と言う絵画でした。印象はやたら暗い雰囲気でフランドル地方の重苦しい景色のような作品です。

 絵を見た瞬間に「へえ、豚飼いねえ、これは良いかも♪」てな感じで豚飼いをモチーフに詩を書いてみようと即断しました。タイトルは当然羊飼いの歌をもじって豚飼いの歌です♪落合さんの詩に端を発しフォーラム内で何作か競作のように「羊飼いの歌の詩」が投稿されてますしね。

 実際に詩を書き進むうちに「君」と呼びかける豚が、だんだん豚から離れていくのを感じはじめました。なにやら豚が何かに、何かが豚へ変身したような気配です。フォーラムに投稿した際、kwさんより「君」は「何を指すのか混乱する」とご指摘があったように、Yock自身のなかでも、確かにそんな混乱が起きていました。

 結局、豚は魔術(魔法)により豚にされられた王妃かなとの思いに行き着きついた訳です。なぜなら、豚飼いはギリシャ神話にも登場するぐらい古典的な業のようですしね。(アンデルセンの童話に豚飼い王子という作品があります。でも、ストーリーは全く異なるようです。)

 締めくくりは、そんな童話のような含みを持たせた事もあり、輪廻転生の気配を漂わせてみました。(そのまんまかも(苦笑))

 いずれにしても人に食べられてしまう豚の運命のはかなさ。その運命に抗う事無く、限りある命をまっとうする豚の「けなげさ、いじらしさ」みたいのが、この詩を読まれた方に少しでも伝わればなと願っています。


(あとがき)
 思いつきではじめた自詩の背景説明ですが結構大変だなと実感してます。でも、「そのうち慣れるのかも」と自身に言い聞かせ、もう暫く続けてみます

(備考)
1.青字の個所はリンク先へ飛ぶようになっています。
2.この記事を作成するにあたってhokuto77さんの記事を参考にしました。
  (ありがとうございます♪)
  リンク先は
  http://blog.livedoor.jp/hokuto77/archives/25039313.html#comments
3.豚飼いの歌
  http://blog.goo.ne.jp/yokozar/e/b2e4f6209cfa2b02e4419a8e9aa0ceb9
4.世田谷美術館
  http://www.setagayaartmuseum.or.jp/


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裸婦像について

2005年08月20日 21時08分48秒 | 詩の背景

 この詩は現代詩フォーラムの大先輩青色銀河団さんの「瀧口修造-夢の漂流物」展のススメに触発されて砧公園内にある世田谷美術館を訪れた際に見かけた裸婦像をモチーフとして作詩したものです。

 銀河団さんの拝見された展覧会は残念ながら終了していました。でも、丁度良いタイミングで「ゲント美術館名品展」が開催されており、かなり涼しい美術館の中での絵画鑑賞と洒落込むことができました。展覧会の様子については、「豚飼いの歌」の背景説明でお伝えします。

 さて、Yockの見かけた裸婦像は添付した写真の通り、実際はさほど豊かな胸であった訳ではありません。そこは詩という事でご勘弁を。でも、奇妙な感じでバランスを取っており、この残暑の中で疲れそうって思ったのは確かです(笑)で、眺めているうちに、この詩が浮んだ次第です。

 6行目の「時代の息吹を君は背中で感じとるのか」 については、初稿では「芝の息吹を君は背中で」としたものをそれでは、あまり詩らしくないと感じ「時代の息吹を君は背中で」としました。また、フォーラムに投稿した際、kwさんより、この行の終わりに読点が無いと鋭いご指摘を頂戴しました。たしかに、ここは読点をつけるか、あるいは疑問符、感嘆符でも付けようかとかなり悩んだのですが、結局何も付けませんでした。結果的として、フォーラムの作者欄にてコメントしましたと通り大正解だったようです。それから、普段なら登場人物を君と僕にするところを、この詩では登場人物を「裸婦像=君」だけどし、kwさんのおっしゃるように傍観者の立場を今回は取りました。

裸婦像のURLです。

http://blog.goo.ne.jp/yokozar/e/da0989003f604427cea1a0cd97f0fcd8