心穏やか委員会

笑い飛ばせば気分は上々。

UFO

2013年01月12日 | ご幼少のみぎり
心穏やか委員会のイメ-ジキャラ

うち子供が小さかった頃、よく一緒にお絵かきをしました。
そのとき好評だったもの。

そう言えば、僕の子供の頃にUFOブ-ムがありました。
ゴ-ルデンタイムに特番組んだりして
怪しげな超能力者がUFOを呼びますみたいな。
小学生の僕はまんまとその魅力に取り付かれ
友達数人と高台に行っては「UFOよ来い。UFOよ来い」と怨じるのでした。
でも上空にはカラスとトンビだけ・・・

早々にしびれを切らし
「UFOは方々から呼ばれて忙しいらしい。爆破ごっこに変更する」
とそれぞれがポケットからおもむろに爆竹を取り出すのでした。
昔は、駄菓子屋さんで爆竹が普通に販売されており
根岸村のガキんちょの必携アイテムであります。

爆竹を色々なところに仕掛けて、迷惑極まりない。
その中でも、究極は犬のフンに仕掛けて一斉に逃げる
「時限爆弾」
導火線の短さに男らしさを競っていました。
「ゲンちゃんの短さは男の中の男だね」
「いやっ、俺はもっと命知らずだぞ」なんて

危険と隣り合わせほど興奮するわけで
エスカレ-トした最後に誰かが自爆。
「ひぇ~ゲンちゃんっ えんがちょ!にげろぉ~」

夕日を背に原っぱを走り回る少年たち。絵になります。
ほんと、のどかな時代だったよなぁ~












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おじいちゃん

2013年01月07日 | ご幼少のみぎり
明治生まれにして身長170cmと大柄。御棺はLサイズ。ズッシリ手応えありました。
なんでも若い頃、野球で鍛えていたらしく「北海道一の名遊撃手だった」そうです。
しかし晩年には、腰が「くの字」になり必要以上の作業スペ-スを取り
障子や襖をよく破壊するなど昔の面影はありませんでした。

そんな名遊撃手が最後の守ったのはうちの黒電話。電話番です。
当時、色気付き始めた高校生だった僕にとって、悪ガキ同士の電話連絡は命。
なのに、おじいちゃん
友達からの電話を見事なスロ-イングでアウトにしてくれました。

ある日は
「もしもし~?え~?なんだって~?  聞こえねえや。ガシャ!」
2階の部屋から俊足で飛ばし滑り込んでもアウト~!

またある日は
「あ゛~?孫かぁ~?今ねぇお便所入ってるよ~ ガシャ!!」
「ひぃ~んな殺生なぁ~」尻出したままアウト!

今でも悔やむのが山手の米軍住宅で友達になった外人の子から
「なんだ!貴様!口のきき方知らんのか!ガシャ!!!」
「いや、そりゃ無理でしょ~」・・・・アウト!!

僕の思春期に大活躍した天国のおじいちゃん。ありがとう。
こうして真面目にやってるよ!


なんて書いたけど・・・
おじいちゃんは実はとってもイケメンだったのです。

ん~かっこいい。
この写真は、お守りにいつも手帳に入れています。
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おばあちゃん

2013年01月07日 | ご幼少のみぎり
僕は親が共働きだった為に「おばあちゃん子」でした。
教育方針は、少々ワイルド系
「悪い子だ!お灸をすえてやる」と本当に人の手の甲に、のろし上げたり
「便秘は病気のもとだ」と座敷の真ん中で四つん這いにさせられ
ミサイル型の石鹸を打ち込まれたり(石鹸=滑る=スルッとという安易な発想ですね)
公園で頭ぶつけて流血して帰れば
「うむ。仕方あるまい。」と即バリカンで頭をカッパにした後
2,3針縫いそうな傷にバンドエイド一丁で済ませたり
今なら児童相談所の人が、すっ飛んできそうです。

ここまで書くと「おばあちゃんひどい」と思われそうですが
健康以外の事には、随分と甘かったように覚えています。
特に財布の紐はゆるゆるで、お使いひとつでも
当時の小学生にしては、高額な(100円玉)の報酬がありました。

しかし、人生それほど甘くないのです。
お使い先の多くは薬屋さんで、その品目ナンバ-1は
「ボラギノ-ル」(痔のお薬ですね)
えっ?まさか小学生がそのような病を患っているとは誰も
思わないから恥ずかしくない?そこが甘い!

問題は、その薬局の子が同じクラスの女の子だという事!
翌朝学校に行ったら、黒板に「○○くんは痔です」
なんて書いてあったら大変です。
「いや~、そうなんだよ~特に6時間目がキツくってさ~」
なんていうユ-モアのセンスは持ち合わせていなかったので
とにかく、早くお会計を済ませたい。
その場を立ち去りたい。極秘にしたい。
も-偽造パスポ-トで入国するスパイの気分でした。

しかし、無事任務遂行した後は駄菓子屋さんに直行!
コ-ラとよっちゃんイカの豪華セットで至福の時を過ごすのでした。

すると今までの悪夢をすっかり忘れて・・・・
また、あぶない橋をいくつも渡ってしまうんですね。
こういうところは、おじさんになった今なお変わっておりません。
コメント (2)
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はじめまして

2013年01月07日 | ご幼少のみぎり
心穏やか委員会とは
知人と「最近、仕事のストレスでどれだけ短気になっているか合戦」をした際
お互いかなり病んでいる事が判明。
「じゃあ、僕は心穏やか委員会の会長。あなた副会長ね。」という事で設立されました。
そんな感じなので、特に深い意味はありません。
面白いなと思った事や大好きな音楽など書ければいいなと思います。

まずは名刺代わりのこの写真

45年ぐらい前の僕。割りと最近発見された写真です。
庭で愛車のテラ-リ(フェラ-リっぽいマ-クで何故がT)に乗ってます。
サドルはサビサビ。前掛けは縫いつけてあって鼻水でガビガビ。
ん~今見ると凄い。
どう見ても、お金持ちには見えません。(程良く貧乏でした)
でも、当時の横浜・根岸村では平均的なガキんちょですね。












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