「それで」と僕は訊ねてみた。「ご覧になったのですか、彼女の反対側の横顔を?」
「見たとも」と大佐は言った。「見なければよかったんだ」
「何があったのですか?」
「何もなかったのさ」
「何もない?」
「何もない。無だ。完璧な無だ」
老人はカタンと音を立てて、コーヒー・カップを膝の上の受け皿に戻した。
「きっとあんたには理解できないだろう、完璧な無というものがどういうものか」
僕は首を振る。
「いずれ知るようになるだろうな。結局はそれが始まりで、それが終わりなんだ。我々はそれから逃れるわけにはいかないんだ。幾ら我々が影を捨て、歩みを止めたところで、無はいつか、向うから我々を迎えに来るはずだ。そしてまっ暗闇の中で、我々は向かいあうのさ。あの女の亡霊のようにな・・・・・・」