矢嶋武弘の部屋

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「左翼的愛国主義」について

2019年12月08日 03時45分09秒 | 思想・哲学・宗教・エッセー

〈2002年1月に書いた以下の記事を一部修正して復刻します。〉

 現行憲法の精神の中で、最も個人にとって重要なものは「基本的人権」であろう。我々は戦後の教育でその重要性を徹底的に教えられてきたと思う。 そして、政治的にはその上に、「国民主権」が高らかに謳われている。いずれも侵されてはならない、民主主義の貴重な原理だと思う。 
 あのフランス大革命の「人権宣言」以来、この民主主義の原理は脈々と今日まで受け継がれてきている。これらの原理を最も強くアピールしたのは、「ジャコバン派」と呼ばれる左翼であった。 そういう意味では、21世紀の今日、「基本的人権」や「国民主権」が近代国家に生かされていることは、国家の基本が充分に左翼的になってきたと言えるのではないだろうか。 勿論、現代においては、右翼といえどもこれらの民主主義の原理を否定してはいないし、また否定できるわけがない。民主主義の原理が定着してきたと言えよう。
 以上の点から見れば、私もまちがいなく左翼的と言える。民主主義を最も強く推進してきたのが左翼だからである。そういう面から言うと、大多数の人が左翼的となってしまうだろうが、現実の左翼というのは不思議なことに、「国家」という理念をなぜか軽視する傾向がある。 
 民主主義の原理を保証し、それを更に推進しようという国家に対しては、もっと愛着と敬意を抱くべきではないのか。全体主義の国家ならば許しがたいが、民主主義の国家ならば、これを擁護し守っていくのが当然である。 こうした観点に立てば、民主主義体制をより強固なものにしようとしている、今の日本国に対して、我々はもっと愛着と敬意を抱いて当然ではないのか。
 私は別の所で、「日の丸」の国旗は良いが、「君が代」の国歌には疑問があると述べた。それは「君が代」が「国民主権」の民主主義体制にふさわしくないからである。そういう意味では、私は左翼的だと言っていい。 しかし、今や民主主義「国家」の先頭を歩む日本に対しては、大多数の国民と同様に、深い愛着と敬意を抱いている。それを簡単に言ってしまうと「左翼的愛国主義」とでも呼ぶのだろうか。(2002年1月14日)


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