武弘・Takehiroの部屋

万物は流転する 日一日の命
人生は 欲して成らず 成りて欲せず(ゲーテ)

文化大革命(17)

2024年03月09日 02時52分18秒 | 戯曲・『文化大革命』

第十三場(同じく9月11日の夕刻。上海市革命委員会の一室。 毛沢東と王洪文)

毛沢東 「やれやれ、君には随分世話になったな。 万事、手際良くやってくれたので、わしの遊説も実に順調にこなせた。明日はここで、最後の大演説をぶってやるぞ。 君は、張春橋や姚文元らとは仲良くやっているのかね」

王洪文 「はい、張春橋同志らとは、いつも心を一にして仕事をしてきました」

毛沢東 「そうか、上海の連中は若くて頭のいいのが揃っているな。頼もしいぞ。 いずれ、君達が中国を支えていくことになる、頑張れよ」

王洪文 「はい、有難うございます。 主席から、そのような御言葉を頂いて光栄です」

毛沢東 「なに、わしも先はそう長くない。君達のような若い人に、これから頑張ってもらわないとな。 ところで、明日の演説会には相当集まるだろうな」

王洪文 「はい、何万という聴衆が集まる予定です。 ただ、主席、気になりますのは、解放軍の警備がだいぶ物々しいことです。 革命委員会の方からは、それほどの警備陣を頼んでもいないのに、今日、何千という解放軍兵士が、上海駅から演説会場にかけて配備されました。 その数は、さらに増えそうな気配です」

毛沢東 「ふうむ、えらく仰々しいな」

王洪文 「ですから、この“過剰警備”は解放軍の一存でやっていることで、林彪副主席の指示があったのではないかと思われます」

毛沢東 「副主席の指示でか・・・」

王洪文 「はい。 ですから、私としては考えたくありませんが、林彪閣下からの指令があれば、あの解放軍の部隊は、革命委員会の意向とは関係なく動くことになります」

毛沢東 「・・・・・・」

王洪文 「率直に申し上げますが、私は心配です。 主席は、この度の南方遊説で、陰に陽に副主席を批判する演説をされてきました。 そして明日も、ここで同じような演説をされるわけですが、主席の周辺にはごくわずかの警護員と、革命委員会の警備員しかおりません。 ですから、もし万一、副主席が“その気”になりまして・・・」

毛沢東 「そんな馬鹿な。わしは副主席を、あからさまに攻撃するような演説はしていないぞ。 しかし、確かにわしは“丸腰”だな・・・だからといって、明日の演説を中止するわけにはいかないだろう」

王洪文 「はい、それは予定しておりますので。 しかし、明日の演説会は革命委員会が主催するものですから、いつでも取り止めることはできます。 そこで、主席、場合によっては・・・(その時、卓上の電話が鳴る) 失礼します。(王洪文が受話器を取る) もしもし、えっ、周総理から。ええ、毛主席に代わります。 主席、北京から周総理の緊急電話です」(毛沢東、受話器を取る)

毛沢東 「ああ、私だ。うむ、元気だよ・・・・・・本当か!!・・・分かった、すぐ脱出の手配をとる。 明日中に、なんとしても北京に帰る・・・大丈夫、なんとかなる。いや、なんとかする。 有難う・・・運を天に任せる。うむ、必ず会おう。それでは。(毛沢東、受話器を置く) 君が心配していたことが現実となった。 おのれ、林彪め!」

王洪文 「それではやはり、副主席は主席を逮捕しようとしているのですか」

毛沢東 「そうだ、わしは油断し過ぎていた。 あいつは追い詰められて、最後の手を打ってきたのだ。 数日前、わしが乗っていた汽車を上空から爆撃しようともしていたのだ。 おのれ、畜生! あの半病人め、気違い! 明日、わしを逮捕して殺すつもりだ! 事故死と見せかけてな」

王洪文 「・・・・・・」

毛沢東 「なんとかならんか。これでは、袋のネズミだ。 まず、明日の演説会を中止すると、革命委員会から通達を出したらどうだ」

王洪文 「主席、それではかえって、敵に感付かれたと察知される恐れがあります。 演説は予定通りやると見せかけておいて、明日の早朝、ハイヤーで清南駅へ行きましょう。 清南駅に行けば、特急が停まりますので、それに乗って北京へ戻るしか他に方法はないと思います」

毛沢東 「うむ、そうやって敵を出し抜くしかないな。 昼頃までここで、うろうろしていたら捕まるだけだ」

王洪文 「私にお任せ下さい。今夜のうちに車を一台用意します。 深夜に車を飛ばしますと、かえって解放軍に怪しまれます。 主席は明日早朝、革命委員会の幹部が車に乗っていくように変装して下さい。それしかありません! あとは運を天に任せるだけです」

毛沢東 「分かった。周りが解放軍の兵士だらけでは、そうするしかないだろう。 わしは必ず北京に帰る。 帰ったら、林彪め、息の根を止めてやるぞ! わしの暗殺を企むとは、最大最悪の反党行為だ。 目に物見せてやる!」 

王洪文 「それでは、私はこれから万全の措置を講じますので、どうか、お心安らかにお願い致します」

毛沢東 「有難う、よろしく頼むぞ」(王洪文、一礼して退場)

 

第十四場(9月12日朝。清南駅。 毛沢東、王洪文が車から降りてくる。他に運転機関士)

毛沢東 「上手く脱出できたな。 天はわしに味方してくれたぞ」 

王洪文 「ここまで来れば、もう大丈夫です。 主席の幸運をお喜び申し上げます。あとの処置は、張春橋同志と私にお任せ下さい」

毛沢東 「いやあ、命拾いしたぞ。 君には本当にいろいろ世話になった、有難う。あとで恩返しをしたい」

王洪文 「党員として、主席をお守りするのは当然の義務です」

毛沢東 (直立不動の機関士に向って)「おい、機関士、全速力で北京に向ってくれ! 途中の駅に停まるな! 途中下車の乗客はここで降ろしておけ。 緊急事態だ、全速力で頼むぞ」

機関士 「はい、かしこまりました!」

毛沢東 「王洪文同志、それでは今度、北京で会おう!」

王洪文 「再会できることを楽しみにしています」

毛沢東 「よし、それじゃ、元気でな」(王洪文、深々と頭を下げる。 毛沢東、機関士を従えて奥に退場)

 

第十五場(9月12日午後。 山海関の南、北載河にある林彪の別荘。 林彪、葉群、林立果)

林彪 「遅い。 もうそろそろ、B-52逮捕の知らせが入ってもいいのだが・・・」

葉群 「きっと、上手くいっているはずです。 昨日の連絡では、毛沢東は上海に着いて、革命委員会の一室に入ったという報告があったのですから」

林立果 「それにしても遅いですね。 もうとっくに、B-52の演説は終っているはずなのだが」

林彪 「逮捕した後に、なにかトラブルでも起きたのだろうか。 相手が毛沢東となると、事故死に見せかけて殺すのも大変だからな」

林立果 「解放軍の上海部隊司令に、電話を入れてみましょうか」

林彪 「うむ、そうしてくれ」(林立果、受話器を取り上げてダイヤルを回す。暫くの間)

林立果 「もしもし、上海部隊の司令につないでくれ・・・もしもし、林立果です。 B-52はどうなったですか・・・えっ、いない!? どこに行ったんですか・・・・・・そんな馬鹿な! どうして中止になったのですか・・・分かりました、失礼します!」(林立果、受話器を乱暴に置く)

林彪 「毛沢東はいないのか」

林立果 「行方不明です! しかも、演説は中止になったということです」

林彪 「見破られたか!」

葉群 「誰かが密告したのだわ!」

林彪 「こうしてはおれん、すぐにトライデント・ジェット機を山海関にまわすよう手配しろ!(林立果、受話器を取り上げる) 待て、その前に豆豆に電話を入れろ。あの子は、こちらの連絡を待っているはずだ」(林立果、ダイヤルを回す)

林立果 「もしもし・・・もしもし・・・通じない、おかしいな。もしもし・・・豆豆はいませんよ」

葉群 「豆豆がいない!? あの子が、今になって雲隠れするなんて」

林彪 「そうか・・・豆豆が裏切ったのかもしれん。 あれ程、こちらの連絡を待っているようにと言っておいたのに」

葉群 「まさか、あの子が。 私の“おなか”を痛めたあの子が裏切るなんて、そんな馬鹿な・・・あの可愛い子が私達を裏切るなんて、そんな・・・」(葉群、泣き崩れる)

林立果 「豆豆め、馬鹿な奴だ! あれほど可愛がってやったというのに」 

林彪 「無念だ、わが子にまで見放されるとは。 仕方がない、すぐにトライデントを山海関に呼んでくれ」(林立果、再びダイヤルを回して話し始める)

葉群 「私達はソ連に亡命するのですね」

林彪 「やむを得ない。 私は反米主義者だ、ソ連が受け入れてくれるだろう」

葉群 「二度と中国には戻れないでしょうね」

林彪 「そうなるだろう・・・モスクワの大地が、私達の住処(すみか)となるのだ」

葉群 「でも、毛沢東の手によって処刑されるよりはマシですわ」

林彪 「うむ、それはそうだ。 それにしても、あの男を葬るのに失敗するとは、悔いを千載に残すことになったな」

葉群 「総参謀長達はどうしましょうか」

林彪 「もう司直の手が伸びているだろう。 可哀想だがやむを得ん、放っておくしかない」

林立果 (受話器を置いて)「山海関の飛行場にトライデントをまわすことができました」

林彪 「よし、それじゃ、すぐに行こう。一時も無駄にはできんぞ」(林彪ら三人、急いで退場)


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