矢嶋武弘の部屋

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悔しかった70年前のロンドン五輪

2018年12月16日 03時40分33秒 | スポーツ

〈以下の記事を復刻します。〉

オリンピックのことだが、70年前(1948年)のロンドン五輪のことを思い出した。あの時は第2次大戦直後だっただけに、敗戦国の日本やドイツは参加を認められなかった。仕方がなかったが、今でも残念に思う。
当時、日本の水泳陣は敗戦直後だというのに“全盛期”を迎えていた。古橋広之進や橋爪四郎といった選手は、自由形ですでに世界記録を上回るタイムを出していた。ところが、敗戦国の日本は国際水泳連盟から除名されていたため、古橋らがどんなに良いタイムを出しても公式記録として認められなかった。

こうした中で1948年にロンドン五輪が開かれたが、参加できない日本国民はみな悔しがった。また、日本水連もよほど悔しかったのだろう。ロンドンでの水泳競技の日程に合わせ、あえて同じ日に日本選手権大会を開催した。
すると、古橋や橋爪は、五輪金メダリストのタイムをはるかに上回る世界新記録(非公認)を出した。 例えば1500メートル自由形では、古橋や橋爪は18分37秒台の記録を出したが、これは五輪金メダリストのタイムをなんと40秒以上も上回るものであった。もし古橋や橋爪がロンドン五輪に出場していたら、他の種目も含めて間違いなく金銀のメダルを独占しただろう。

この結果に、日本国民は狂喜した。古橋らは一躍 国民的ヒーローになったが、オリンピックに出られないからどうしようもない。“幻の金メダル”に終わったのである。 その頃は敗戦直後の厳しい食糧難の時代だったので、もし古橋や橋爪らが「ビフテキ」を腹いっぱい食べていたら、もっと凄い記録を出しただろうと言われたものだ。
なお、翌1949年、古橋、橋爪ら6人の選手が全米水泳選手権に招かれ、ほとんどの種目でアメリカ選手に圧勝した時は、日本国民はみな拍手喝采したものだ。敗戦の屈辱と惨めさがいっぺんに吹き飛んだ感じだった。
話が少し逸れたが、70年前のロンドン五輪不参加のことを思い出したまでである。あの時のことを思えば、今の選手は本当に恵まれている。どうか思う存分、力を発揮してもらいたい。

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