13) 個人的な話になるが、その頃の私は報道の職場が嫌になっていた。入社以来28年もいると飽きも出てくる。N報道局長ともあまり上手くいかないし、50歳になると体力も衰える。前にも言ったが、組合出身の同期生らが非組合系の私よりどんどん上役に就く。不満が溜まっていた。 ある日、同期のM君(組合出身)が私に「部長になる気はないか」と言ってきた。たぶん、N局長の意向を受けて話してくれたのだろうが . . . 本文を読む
10) 前にも話したが、私がお世話になった石川報道局長は「電波の私物化」に反対し、鹿内信隆会長と対立、その挙句に左遷され社外に飛ばされた。 電波とは国家・国民のもの、公けのものである。それを私物化するのは何事だと反対するのは分かるが、皮肉なことに、息子の春雄氏がFテレビの実権を握ると、視聴率は3冠王になるし営業成績も民放トップに躍り出た。 こうなると“勝てば官軍&rdqu . . . 本文を読む
5) 昨年亡くなった元Fテレビの名プロデューサー・横沢彪(たけし)さんも、組合活動が災いして全く違うセクション(関連会社)に飛ばされた。彼は何年かそこで“冷や飯”を食わされていたわけだ。組合員への露骨な人事異動が続いたが、それで職場環境が良くなるわけがない。 Fテレビはだんだん落ち込んでいった。鹿内信隆社長の経営方針が徹底され、組合対策があったのかどうか知らない . . . 本文を読む
<はじめに>
以前、「Yahoo!」のマイブログに書いた連載記事だが、ブログを“全面削除”されたため幾つかの記事が消失してしまった。しかし、その後、親切な方々のご支援により、全面的に復元することができた。この場を借りて、感謝の意を捧げたい。 復刻に当たっては、一部記事を修正・補筆している。(2012年4月9日)
フジテレビの旧本社ビル(東京・新宿区の河田町)
&n . . . 本文を読む
<以下の記事を一部修正して復刻します。>
最近、古い日記を読んでいたら、昔の「フジサンケイグループ」というのは、日本の左翼はもとより、中国や北朝鮮など共産圏諸国から徹底的に嫌われていたのを思い出した。 それは当時、フジサンケイグループを取り仕切っていた鹿内信隆(しかない・のぶたか)氏が、日経連出身の根っからの“反共主義者”だったからだろう。例えば、中国と台湾の位 . . . 本文を読む
<2008年8月に書いた以下の記事を復刻します。>
誰だって「始末書」なんか書きたくない。事故を起こした場合、その当事者が事故の経緯を上司に報告する文書だからだ。しかし、私にはその嫌な経験が1回だけある。実に不名誉なことだ。私の場合は、いつものようにテレビ放送に関するものだが、もう20年近く前になるだろうか、昼ニュースのデスクを担当していた時に不祥事が起きた。ニュースというものはしばしば&ldq . . . 本文を読む
某テレビ局の報道に入って、初めて取材に行ったのが「かなりや祭」だった。これは毎年4月3日に、東京・上野の不忍池(しのばずのいけ)のほとりで開かれるもので、有名な童謡『かなりや』を記念するものだ。今でも開かれているのだろうか・・・私が某テレビ局に入ったのが昭和39年(1964年)だから、とんでもなく古い話だ。古いのは承知で、これも思い出の一つだからお許し願おう。当時は“デンスケ&rdqu . . . 本文を読む
8月29日(金)フジテレビはきょう、例の問題で港浩一前社長、大多亮元専務に対し、50億円の損害賠償を求め提訴したと発表した。7月6日(日)フジテレビはきょう午前、一連の騒動についての検証番組を放送した。CMなしの対応で良かったが、これで終止符が打たれたとは思わない。なお一層の検証が必要だし、これからの再生の成果を見守るとしよう。ただし、一区切りはついたとは思う。7月2日フジテレビは「不治テレビ」で . . . 本文を読む
【神奈川県の黒岩知事については週刊誌などでいろいろ取り沙汰されたが、私の“後輩”であるため、ここに一文を復刻します。悪しからずご了解願います。もし何か不都合があれば、この記事を削除します。 なお、これは「2011年3月19日」に書いたものです。】
元フジテレビキャスターの黒岩祐治君が神奈川県知事選に出馬するそうだ。新聞に出ていたが、彼は私の後輩で長い間 報 . . . 本文を読む
<以下の記事を復刻します。テレビ局時代の思い出>
今やテレビなどでは「気象予報士」が“花盛り”である。若い女性から初老のオジサンまで毎日、天気予報を伝えている。中には気象予報の“花形”みたいな人もおり、注目を集めている。大いに結構なことだ。この「気象予報士」というのは今から20年以上前に誕生したが、当時は“天気予報の自由化” . . . 本文を読む
<以下の記事を再録します。>
以前、ノーベル賞受賞者の山中伸弥教授の話を聞いていたら、思わず大笑いしたことがある。それは山中教授が研修医だった若い頃、手術が相当に下手だったようで、上手な医師なら10分ほどで終わるものを、なんと1時間以上もかかったというのだ。このため、先輩や同僚から「山中でなく、邪魔中(じゃまなか)だ」と皮肉られたという。これには笑ってしまったが、山中先生の話を聞いて、急に自分の . . . 本文を読む
<2008年10月21日に書いた以下の記事を、一部修正して復刻します>
文世光事件・陸英修女史狙撃事件
若い頃は出張が楽しみだった。もちろんキツイ仕事で大変なものもあるが、まだ行ったこともない所へ出張するのは、どんな所だろうかと胸がわくわくするものである。出張先では地元の人たちと一杯やることも楽しみだし、まだ見たことのない風景や土地柄を探訪することもできる。国内出張も良いが、これが海外出張 . . . 本文を読む
ソプラノ歌手の土居裕子さんと言っても知らない人が多いかもしれないが、私は彼女の歌声が大好きである。土居さんの声は明るく澄んでいて、聴いているといつも心が洗われる感じがする。私にとって、土井さんは歌う“やまとなでしこ”といった存在だろうか。土居さんは東京芸大の声楽科を卒業しているから、もちろんその道のプロである。私は顔見知りでもなんでもないが、20年ぐらい前に、ふとした切っ掛 . . . 本文を読む
書こうか書くまいか迷っていたが、やはり書こう。有馬真喜子さんと言ってもほとんどの人は知らないが、先日、たまたまテレビを見たら彼女が出ていた。有馬さんはフジテレビの番組審議会委員長だそうだ。私は急に懐かしくなって、胸に熱いものが込み上げてきた。それほど懐かしいのである。彼女は御年80歳になるが、相変わらず若々しくて愛らしい(笑)。とても80歳には見えない。なんだか有馬さんにゴマをすっているようだが、 . . . 本文を読む
きのう(2月1日)は故石川士郎さんのお通夜で忙しかった。といっても午後だが、妻と一緒に家を出る。電車に乗るのは、病気などのせいで1年有余ぶりだ。すっかり出不精になっている。駅の券売機で330円のキップを買う。西武新宿線の新井薬師前で下車、タクシーに乗って通夜会場に到着。すでに大勢の参列者が来ており、昔のフジテレビの先輩、同僚も数多くいた。中には変わらない人もいるが、ほとんどの人が老け込んだ感じだ。 . . . 本文を読む