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はーぴー日記

イラストレーター&デザイナーはらだゆきこの日記です。

Open the door (追記あり)

2011-10-24 00:59:10 | Weblog



昨日は、井の頭公園へ大友さんの即興オーケストラ、TOKYO FUKUSHIMA!
参加してきました。


私は金曜の夜に急に思い立って申し込みしたのだけど、
T.D.C.のカタノさんも地元ドラムサークルの仲間と参加していて、
終わった後、いつもクールなカタノさんがあんなに大興奮口調で
「ね!これやばいでしょ!はまるでしょ!」と言うのは初めて見た。
こちらも「超ヤバいっす!!」の連発。

受付では、荷物置き場から出て来る人がみんなギターや、
金管木管楽器ばかりで、スネアの人など見当たらず、
打楽器関係大丈夫なのか…と心配になったのけど、
行ってみたら、ガムランチームもいるし、
ジャンベはいっぱいいるし、どういうわけか改造して楽器になっている机とか、
おもしろ楽器もいろいろありました。

11時からリハーサルということだったけど、受付に人がいっぱいでなかなか
進まず30分遅れてのリハ開始。しかも、当初の話だと、

リハーサル 2時間/休憩 1時間/公園練り歩き 1時間/オーケストラライブ 30分
ということだったのだけど、始まってみたら、

リハーサル 30分/休憩 2時間/公園練り歩き 1時間/オーケストラライブ 1時間

リハたったの30分!休憩長過ぎ!と思いきや、これがかなりいい案配で、
リハやりすぎるとたぶん、みんな飽きちゃったと思う。

そして、この長い休憩のおかげで、ランチを食べがてら、
それぞれみんな、周りの興味ある楽器を触らせてもらったり、
自然発生的にあちこちでセッションが始まったりした。
わたしのそばは福島からきた人達がいて、
みんなでカーペンターズとか、なつかしい曲を演奏して楽しかった。
メロディーがあってこそできることもいろいろあるね。

わたしも欲しかったベルリラを持ってる人がいたので触らせてもらったり、
弁当の具を交換してみたり、ドーナツもらったり、
HAPI DRUMに夢中になったり、ちょっとトイレに行って戻って来てみたら
大友さんが私のドラムを叩きまくっていたり(どうですかね、このドラム、と聞いたら、
音はそれぞれの好みだから、と言いつつ、安いドラムの音がするね~と言われた(笑)。3990円だからなぁ)、
なんだかもうみんな勝手気まま。


わたしを含めて、1人で参加した人も案外多かったので、この長~い休憩時間が
逆にとてもいい時間になったと思う。楽器を持っているからこそできる交わりかたで。


さて、ハンドサインについては、twitterで説明してくれた方がいたのでそのへん借用&加筆。

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大友良英即興オーケストラのルールは、指揮者の指の本数で演奏が決まる。

・一本指は単音のヒット(ただし繰り返すときは音色を変える)
・5本指全部はロングトーン
・グーはノイズ。
・3本指は一般的な西洋音楽っぽい音(はらだ注:ドミソ?)
・4本指は音程が出る楽器だけでCM7
・2本指はその時点で音を出してる人は音を止め、止めていた人は音を出す。

・指を射された人だけ演奏(キムヨナのポーズ)
・指一本をカギの形にしたときは、そのメロディーをみんなでマネする。
・人さし指と親指でかっこを作ったときは「キープ」
・手のひらを向かい合わせて、離せば離すほど不協和音、近づけたら元に戻る
・おでこに手を当てたらそのときのフレーズを「メモリー」

けっこういろいろあったのですが、このくらいしか思い出せない!
しかも大友さんが伝授したこのハンドサインのあとにやった
七尾旅人や郁子ちゃん、ピカちゃんは、誰1人としてこのルールをあまり守らず(笑)
それぞれだいたい独自サインで行い、みんなもそれについていきました。
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楽器別に分けるのかなと思ったらそうではなく、みんなぐちゃぐちゃのまま。
(そして、どうみても200人以上いた。)

初めに一本指のヒットを全員で、「じゃん!」と音を出したとき、鳥肌が立った。
ほんと「オーケストラ」の音だった。
いろんな楽器があるから、一音でもすごく重層的なんで、音がすごくいい。
エッグマラカスとか100均の鈴みたいな、ちゃんとした楽器じゃない人も
いっぱいいたけど、その感じがよかった。

指揮者(ファシリテーター)も演奏者の中から選ばれたりもする。
誰もが交換可能で、誰の存在も許されている。
小さな鈴がみんなのリードをすることもあるし、
ドラを持ったファンキーな外国人がファシリテーターの思惑を越えて
みんなを煽動していくこともある。

まわりをよく見る。人の音をよく聴く。
大友さんはルール以外の注意はひとことも言わなかったのに、
みんなふしぎとそれができてしまう。

ふくらんだり縮んだり、みんながひとつの生き物みたいだった。

身体の奥から楽しい気持ちがわきあがってきて、
「音楽っていいな」と心から思った。

七尾旅人や郁子ちゃん、ピカの3人がどんなに奔放なファシリテートをしても
大友さんはにこにこして見ていて、むしろ面白い流れがあればそこに加担していった。
あの委ね方はすごい。

信用していれば、うまくいくんだな、と思う。
コントロールしようとすると、途端にばらばらになるのだ。



指揮者:ひっばりあげられた放射能ナベの人→大友さん→TAVITOの流れ
(音がもうちょっとちゃんと拾えてたらなー惜しい!
七尾旅人のときには、指をさされた人がヘソをみせないといけない、というルールまで発生)

このオーケストラ終演後には、帰り難かったひとたちが集まってセッションしていました。
この感じ!この日の空気をよく表していると思う。




大友さんは、ゆらっとやってきて、福島のことも原発のことも言わなかったけど、
この日のイベントの名前は、「オーケストラTOKYO-FUKUSHIMA!」だった。

これからの世界を生きるために必要なものは何なのか、
あの場で共有したものが、その答えだ。

「外国人よ、出ていけ!」

2011-10-19 02:25:38 | Weblog
オープニングのカステルッチと飴屋さん、池袋の「維新派」と
珍しく2つも見てしまった今年のフェスティバルトーキョーですが、
もうひとつ、私がみたいものがあります。




それが、クリストフ・シュリンゲンジーフの「外国人よ、出ていけ!」

オーストリア/2001/カラー/90分/ドイツ語、日本語字幕
11月1日(火)19:00-
解説:ハンス=ティース・レーマン
会場:東京ドイツ文化センター
料金:500円

【あらすじ】
2000年当時、極右政権が連立内閣の一角を占める事態となったオーストリア。
極右政党が掲げる政策は当然「外国人排斥」で、それに対抗するデモなどが各地で勃発。
そんな揺れ動く政局や世論を背景に、クリストフ・シュリンゲンジーフは
極右政策そのものを演劇として「引用」したのでした。

オーストリアに不法入国し、現在難民申請中の12名の「移民」(不法滞在者)たちを
コンテナハウス に住まわせ、24時間監視=インターネット中継。
視聴者からの人気投票によって、人気のない順番に退去を命じられ、
最後に残った一人が本当にオーストリアの滞在許可を得られる、という設定。

オーストリアの文化的象徴とも言えるウィーン国立歌劇場の前で、
「外国人よ、出ていけ!」とでかでかと書いた看板つきのコンテナで、
アーティストが激しく一般市民を挑発する。
当然市民はこれが演劇だろうと何だろうと真に受けて、抗議と怒号の嵐。
極左から極右までの政治家、活動家、一般市民、外国人、思想家、アーティストらが登場し、
コンテナの前で演説をしたり、半ば殴り合いに近い議論の応酬を繰り広げたり…
それらの騒動自体が、演劇、ということになる。

サイトから抜粋)



※去年も上映されたようなので、人気で今年も再上映になったのかも。

Maybe Tomorrow

2011-10-19 00:34:33 | Weblog
Maybetomorrow.3gp

Maybe Tomorrow

月のスイッチを切ったら
夜を吹き消そう

ふたり、瞳を閉じて
わたしたちだけの灯りをつけよう

そして
たぶん明日
問いかけは答えとなり
手を伸ばせばその手の中に

たぶん明日

ーーーー
北海道にいるときに唯一買ったアルバムは
PIZZICATO ONEの「11のとても悲しい歌」だった。
なぜ小西さんがこの歌を「悲しい歌」に入れたんだろう。
歌詞は幸せそうだけど、聞いてるとすこしさびしい。
小西さんのペシミストっぽいところが、私はすごく好きなんだけど
(信用できるというか)、このアルバムのなかのマリーナ・ショウが歌う
「イマジン」も、通常のイメージを裏切るような、
すごく悲しい歌になっててとてもよかった。

思うに、寒いところで生まれ育った人って、底抜けの明るさとか、
あけっぴろげとか、そういうの落ち着かないんだと思う。寒いんで。
そういう意味で私は、道産子が作るものはしっくりきます。

つれづれ話

2011-10-18 02:06:39 | Weblog
今日「原発供養の夜」の映像を見に行き(カメラワークと編集がすばらしい)、
ロフトでバッタリ会った鈴木さん(吉田達也に激似)と、帰りの電車で話した。

今、3.11以降、動いてるアーティストって誰がいるだろう?
という話。

もしかしたらみんな、ギャラリーじゃないところにいるのかも。
あの指さしの人みたいに。


それから「アトミックサイト」展を見て、こちらの期待が大きすぎたのか、
どうももやもやした気持ちになったという感想が一致し、
「リアル」って何かの話になった。

私は「惨事」を最も印象的に表しているのが「原爆で焼き付いた影」だと思ってる。
「作品」じゃないけど。

あの影が持つ「かつてここにあったもの」を想起させる強さは、圧倒的だ。
形がないはずの影が残り、影のもとである実体が消えて無くなったことの衝撃(無形と有形のものが入れ替わったのだ)。
おそろしい、むごたらしいことが起こったのに、その痕跡はとても控えめだ。
だからこそ、人はよけいに、その向こうのことを想像する。

なにかを見たり体験したりして、
「向こうやその先のことを自分のこととして想像させる」ことが、
「リアル」なのかなと私はぼんやり思っている。

そして、不思議なことに、あの焼き付いた影は、なぜか資料館の実物より、
撮影された写真のほうが「作品」としての力が強い。

ホンモノが強く訴えるとはかぎらない。

何が「リアル」なのか、何が心を動かすのか。
わたしは芸術家じゃないけど、秋の夜長に考えるのは、おもしろい。



OCCUPY TOKYO

2011-10-14 03:19:43 | Weblog


99%の日本代表といったら、男おいどん、大山昇太。

15日は誇り高い貧乏人のおいどんたちが、六本木や日比谷に占拠しにわらわらと集まることでしょう。

【わたしが好きなおいどんの言葉】
「人類がみな死に絶えても 生き残ってにっこり笑うつもりなんど!」

ちなみに、私の理想の男子はおいどんなのだけど、
それを理解してくれた女友達はひとりもいません。

おかしーなー