はーぴー日記

イラストレーター&デザイナーはらだゆきこの日記です。

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福島のこどもを十勝に

2011-06-29 22:03:46 | Weblog

↑音更の雑草

今日の十勝毎日新聞(かちまい)一面に出ていた記事。

福島の子供たちを受け入れへ

 旧ソ連・チェルノブイリ原発事故の汚染地域ベラルーシ共和国の子供たちを
十勝に呼び保養運動を続けてきた関係者が、東京電力福島第1原発の事故で
放射性物質が放出された福島県から子供たちを受け入れる活動を始める。
第1弾として7月23日から約1カ月間、同県の小学生4人を十勝の3家庭で預かる。
中心になっている「チェルノブイリ里親の会・ベラルッセ」の安藤御史代表は
「冬休み、春休みにも実施したい」として交通費などの募金と里親を募集している。

 安藤代表がインターネットで受け入れを呼び掛け、同県内の保護者から応募があった。
安藤代表は「県内のホットスポット(部分的に放射線量が高い場所)は
チェルノブイリ事故なら居住禁止になっているレベル。
親たちは『一刻も早く子供たちを安全な場所に出したい』
『できることなら一家で十勝に移住したい』と訴えている」と話す。

 保養の第1弾は7月23日から、同県いわき市と郡山市の小学5~6年生の男子
計4人を8月28日まで受け入れる予定。
安藤代表のほか幕別町と芽室町の計3世帯が里親となる。
交通費(1人約4万円)と滞在費を捻出するため募金活動を進め、
さらに里親も募集している。
問い合わせは安藤代表(01564-2-5678、はげあん診療所)へ。

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この問い合わせ先の代表、安藤さんは、地元、上士幌では
「はげあん先生」と呼ばれてるみたいで、
このベラルーシからの子供の保養活動をやりつつ、
動物を飼い、野菜を育てながら暮らしているようだ。

こっちでは、砂場や水たまりで遊んでる子供たちを見ても
はらはらしたり、悲しくならずに見ていられる。
もちろん北海道までも、放射能は飛んで来ていて、
原発推進派の知事はいまだに北海道の作物の放射能測定をしていないわけで、
安心はできないのだけど、やっぱりすこし気持ちがラクだ。
あと、涼しい。

ということで、ぜひ募金のご協力を。
はげあん先生に電話してみてください。





※このあと、みずたまりでひどいあそびをやりだし
私も泥だらけになった。


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To to to to to to to tunnel & tokotokosya

2011-06-27 22:42:08 | Weblog
「To to to to to to to tunnel」Kiiiiiii


Kiiiiiii INTERVIEW


いいですね。ほんと。


↓これも!!

トコトコ編み物講座







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こころ

2011-06-20 23:43:20 | Weblog
10 こころ.3gp

「こころ」 アン・サリー

この曲、毎日聴いている。
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モモちゃんとアカネちゃん

2011-06-20 15:44:17 | Weblog
はじめて、松谷みよ子の本を読んだのは、「ふうちゃんの大りょこう」だった。
当時5才だったが、「絵本はこどもっぽくてはずかしい」と
思っているイヤミなこどもだったので、
絵本ではなく、文字がたくさんある低学年向けの本だった。

その次に夢中になったのが青い鳥文庫の「ちいさいモモちゃん」シリーズだった。
うちはすごい貧乏だったけど、本だけは買ってもらえたので、
新しい巻が出るのをとにかく待ち望んでいた。

このシリーズでとにかく一番印象に残っているのが、
モモちゃんとアカネちゃんの「ママ」と「パパ」が別れていくさまだ。
たのしい4人の生活にすこしずつ陰りが見えてくる。
「パパ」はいつのまにか「靴」しか帰ってこなくなる。
ドアが開く音がして、モモちゃんたちが出迎えに行っても、
「パパの靴」しか玄関にはないのだ。
当時のわたしはそれを「比喩」とはとれなくて、
「ドアの前でずっと待ってたら会えるんじゃないか」とか
「出て行くときに会えるかも」と真剣に思っていた。
そして、自分の父親が同じように、
靴だけしか帰ってこなくなったらどうしよう、と思った。

ママは悩み、森の奥の死神に会いに行く。
そして「パパが靴しか帰ってこない」と相談する。
すると死神は、ふたつの植木鉢を見せる。
ひとつは土に埋まったままの木の鉢。
もうひとつの鉢は、鉢から根を足にして歩き出す木。
死神はそこで言う。
「この鉢はあんた、あの歩く木はパパだ。」

小さい私には、このシーンが怖くて恐ろしくて
でも真実のようで衝撃だった。
こんなに時間が経った今でも、
歩く木と歩かない木のことは、よく思い出す。

このくだりが自分の記憶のねつ造なのか、
それとも本当なのか確認したくて、
ひさびさ「モモちゃんとアカネちゃん」シリーズを買い直した。

さて、このエピソードはあるのか。












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6.11 思い出アルバム

2011-06-18 02:22:43 | Weblog



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原田郁子、6月12日のtweetより:
(※6.11は野音で細野晴臣、クラムボンなどのライブだった)

今日はFISHMANSぶりの野音。
あの時の音の粉がまだ舞ってるみたいだなと思いました。
「ライブよりデモに行きたい」細野さんは言いました。
「僕は怒ってるよ。でも優しくもなりたいな」幸宏さんは言いました。
皆それぞれに思うことがあり。それぞれの3ヶ月があり。
それぞれの今日がありました。


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七尾旅人、6月17日のtweetより:

荒浜のNが言った通りだ。
津波で家も家族もピアノ(楽器)も集めたレコード(記憶媒体)も流された。
でも歌だけは残った。
きっと大切な人の魂も歌のように生き続けるだろう。
最後の最後、どうしても所有できないものだけが後に残るのだ。


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6.11のデモは、誰のものでもない。
誰も所有できないし、奪うこともできない。
だからこそ、後に残るだろう。


※ネットに上がってた写真、勝手に使用させて頂きました。
だいたい、このお二方のサイトから。

●木村雅章さん
http://seeeeeeeee.exblog.jp/16459783/

●SHINYA FUKUSHIさん
http://web.mac.com/shinyashow/SHINYA_FUKUSHI_SHOW/Rebel_Rebel.html#45
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