(5.15のいわきでの反原発デモの話題を受けて)
「オレは正直言って、福島でデモをやる意義は
現時点ではよく分からないです。
それって、戦場で反戦デモをやるのと同じような気がして。
福島の人達はもう、原発が良くないものなんだってこと、
痛いほど分かってるんだから。」
(ele-king vol.2 大友良英インタビューより)
そして大友さんは、「FUKUSHIMA!」をやった。
私はその日、お盆の墓参りだ帰京の飛行機だとかで
結局まったく見られなかったのだけど、
現地に行ったりUSTを見た友達から、いかに素晴らしかったか聞いた。
5月のいわきデモは、東京から一緒にいった人達みんな
自分たちの立ち位置について、それぞれが考えていた。
共通していたことは、自分たちは現地の人たちのサポートに回ろう、ということだった。
そのときのデモでは、原発事故で避難していたひとたちの避難所の前を通って
ガラス越しの感動的なエール交換のようなものが行われたり、
地元高校生が飛び入りでコールしたり、
行ってよかった、と心から思えるものだった。
もちろんデモに対して冷ややかな視線を投げかけるひとも多くいた。
その気持ちもわかる。
それは大友さんが言う「福島の人達は、痛いほどわかってるんだから」
という言葉の通りだろう。
東京でのデモは、はっきりと中枢の権力に対して“いやだ”と
言うことにあると思う。
だから表現のインパクトや強さはすごく大事だ。
でも福島でのデモは、自分にとっては「私は福島と連帯してます」
という意思表示だ。
時間があれば、うっとりするようなすてきなうつくしいなにか(ってなんだ?)
でパレードできたらいいと思う。
生きてることを大切に思えるような。
というようなことを考えながら、明日はいわきに行ってきます。
3ヶ月経って、どう変わっているのか見てきたいと思います。