かなえが主膳の元にとついでそろそろ三月をむかえる。
「若!!」
伊三郎は真っ先にかなえの懐妊をしらされた。
伊三郎は
「おめでとうござります」
頭を下げた。
「いや・・なに・・そうじゃの」
伊三郎の入れ知恵のおかげでもある。
主膳が照れた笑いを浮かべるのも無理が無い。
―あれほど、夜毎に通わせられる、御執心ぶりであらば―
「早くも・・父にならされますか?」
無理のないことである。
ゆくりと歩く、かなえを気遣うように海老名はついてまわっている。
もしかすると・・・。
おめでたであるのではとうすうす伊三郎も感じてはいた。
「わしの方が、さきに気がついてな」
苦笑しながら主膳は言った。
女子に障りがなくれば、きがつきましよう?
主膳をからかう言葉を伊三郎は飲み込んだ。
それほどに毎夜のごとく主膳はかなえの元に行ったのである。
が、主膳が言う事は違っていた。
「何ぞ、ひどく、むかむかするのでな」
「はああ・・なるほど」
男つわりなのである。
伊三郎も聞いた事がある。
女房を溺愛する男は親身になるあまり
男つわりになるという話を、である。
是が、不思議な事で女房が懐妊に気が付くより先に
亭主の方がげええと吐き上げ、女房に向かって
「さては孕んだの?」
と、いいあてるそうである。
夫婦というのは、どこか知らぬ底の所で繫がっているものらしいと、
伊三郎は不思議な話を得心したのであるが、
それが今、現実。主膳に起きているのである。
が、かなえのつわりを主膳がかたがわりしてやるとまではいかぬようで、
「つわりが・・きついようでな」
と、主膳はいう。
とうの本人でない主膳が青ざめて吐き気を催すのに、
かなえがいかばかりであるのか。
あおざめながら、主膳の心はかなえのことばかりをおもうている。
「わしがこうであるに・・。女子のかなえはさぞつらかろうに」
伊三郎にいうのである。
しかし、女子のことであらばどんなことでも伝授しますぞ、
とはいったものの、伊三郎には男つわりなぞという経験が無い。
どうしてやることもできないのである。
半ば呆れ、主膳のかなえを思う心の深さによって起きる
夫婦の不思議さに驚かされていた。
「あまりに・・思いが深きゆえにでござりましょうなあ」
と、いってはみたものの、
主膳は己の苦しさをこれっぽっちもかえりみては居ない。
―かなえがつらかろう―
それのみなのである。
その心の深さが主膳に男つわりを引き起こさせるのである。
『かほどに・・思えるものであろうか?』
只の夫婦でない。
誠の夫婦というのは、こうなのであろう。
伊三郎は主膳の情の深さにまたも頭を下げるだけであった。
主膳がかなえの居室にあらわれると、ごろりと畳に寝転んだ。
「まだ、さむうございましょう?」
かなえは主膳に打ちかける物を探しにたちあがろうとした。
「かまわね・・さむうはない」
心配そうにかなえが覗き込む。
「ほんに・・かまわぬ」
「でも」
「それよりも」
主膳はかなえの腹に手を伸ばした。
この間からのつわりが治まったと思ったら
今度はさらし帯を巻く日になるといわれ
戌の日を選んで産土さまからさらしの帯を主膳自ら頂いてきている。
「わしは・・おなごのこがよい」
かなえの腹を軽くなぜさすりながら主膳は言う。
「え・・」
こういう場合、男がよいと言う物であろうと思っていたかなえである。
代を継ぐ子が先に生まれるのを希望するものであろう?
父の是紀はなかなかおのこを授からなかったものだから、
何人か側女をおいた。
そして、男ができぬとうなったものである。
だから、初めから女子がよいと言う主膳が不思議に思えた。
「わしはかなえがいとおしい。
生まれてくる子がかなえにようにた女子の子であらば、
わしはどうおもうだろう?」
子であるだけでいとおしい存在が
これまたいとしいかなえと同じ女子であらば、
主膳の胸の中にさらにどんないとおしさをくれるのであろうか?
「どうにも、姫のようなきがしてならぬし」
「お名前を考えおいてくださいませ」
主膳の思いに静かに頷くとかなえは主膳の思いに沿っていた。
「おお。そうじゃの」
まだ、半年近く先のことではあるが、
それまでの主膳の楽しみがもう一つ増えた。
「かなえのように平仮名がよいかな?
かなえのようにやさしい子だろうから、そのほうがよいだろうの?」
「どうぞ・・ご随意に」
「そうじゃの」
かなえが言い出せなかった言葉を主膳は呟いた。
「この世に生を受けて父が贈るいっとう最初のものであるしの。
ようにねって考えてみる」
「よろしく、おねがいします」
かなえはそっと頭を下げた。
かなえを思う気持ちがいかほど深いか、
さらに青ざめて男つわりをやりすごす主膳をみていると、
腹の子は主膳の子なのだと思わざるをえなかったかなえでもあった。
『前世のことなのだ。
うまれかわったのに、たまたま前世の記憶が残っていただけだ』
今生の夫にそっと手を伸ばすと、かなえはもう一度尋ねた。
「ほんに、さむうはございませんか」
「かなえ・・」
主膳は気が付いた。
「おまえがさむいのであろう」
立ち上がると、主膳は押入れを開け、
柔らかな肌あわせの布団を引きずり出しかなえを包んだ。
「わしも・・ほんとうはさむい」
かなえに打ちかけた肌合わせに主膳もはいりこんだ。
かなえをそのままね転がせると、主膳は
「くたびれるのであろうに」
かなえの身重をきずかった。
二人が一つのはだあわせにくるまり、
うららかな昼下がりは二人の軽い寝息で過ぎていった。
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