だが、雌雛を見つめる海老名の瞳の中には、
伊三郎にも誰にも言えぬ不安があった。
「成りえたのであろうか?」
かなえは確かに海老名の言うとおりに破瓜の細工に応じた。
だが、かなえは主膳をうけいれたのだろうか?
確かに仲睦まじそうに見えるお二人ではある。
主膳殿は優しい御方である。
かなえが拒めば主膳は時を待つことを選ぶことであろう。
かなえもかなえで
童子との睦事の果ての懐妊を望んでいるのではないだろうか?
それが、はっきりするまでは、
主膳に身体を触れられたくはないのではないか?
睦事もないままの懐妊では・・・
主膳の胤でない事はすぐにあからさまになる。
いや。あえて、離縁状をまつつもりなのであろうか?
それとも、童子の子を孕んでいたならば、
海老名が一番恐れたようにかなえは身二つになるのを待って
生れ落ちた子と共に相果てようというのであろうか?
だが、ここで無事に生まれ落とすためには
主膳との睦事がひつようになってくる。
しかし、それでは、どちらの子であるか?
それとも、生れ落ちた子により
かなえは生きる運命を定めようというのであろうか?
神王の定めに従ったかなえはこの先の自分の運命も
なるがままに任せる事に決めたのであろうか?
いずれにせよ、かなえが童子の子を孕んでない事を祈るしかない。
懐妊という不安を除けば主膳との間に睦事がある方が良いに決っている。
それは、少なくとも
かなえが主膳と生きることを選んだということであろう?
頭の中がわれそうである。
どう望めばよいのかさえ考え付かないのである。
あの時、童子の腕を解き放つとかなえは地べたにたった。
その顔のすがすがしさは、何一つ悔いを残さぬ物と見えた。
さすれば、子を孕む事を望む普通の夫婦の様に、
かなえが童子の精をうけたと考えるべきであろう。
なにもかもを与えつくされ望まれつくされた故の
潔い別れであったのであろう。
そして、かなえは生きる望みを子にかけたのではないか?
で、なくれば、かなえはあの場で死んでしまおうとしたのではないか?
主膳の元に嫁ぐ前にかなえは、神王の理により
たとえ、死に切れずとも、そうしたのではないか?
『神王。是紀殿の理を受けたもうならば、どうぞ。
かなえ様に子が宿ってなきように』
海老名は祈るしかない。
何をどう考えてもかなえの事が不安で仕方ないのである。
もし主膳を拒んでいるのであれば
もし、主膳を受けているのであれば
どちらにせよ、まとわり付くのは童子との間での懐妊である。
『主膳様。あなたの深き思いでかなえ様を、
無灯明地獄から引き上げて下さりませ』
主膳のよこで微かに笑うかなえが見える。
主膳ならかなえをかえられるだろう。
『だから・・どうぞ。
神王・・童子の事は、本当に前世のことにしてくださりませ』
今生に前世が胤をおとすことはありえないであろう?
海老名は深く手を握ると主膳の姿に手を合わせた。
※コメント投稿者のブログIDはブログ作成者のみに通知されます