この頃から、海老名はひどく傍若無人な態度を見せ始めた。
上臈が寄ってくると、さも気に入らないという顔を見せる。
「そちらのやり方があるのでしょうが・・・」
一言言うと、かなえに着せこませる着物一つから
「襟の開き具合が、よくない」
いちゃもんとしかいえない些細な事まで
けちをつけ海老名自らやり直すのである。
「海老名・・」
かなえがいさめようとしたとき海老名の悲しい瞳に気が付いた。
それで、かなえはすべてを悟った。
海老名はかなえの出産を一人で牛耳ろうとしているのである。
他の者を寄せ付けないために、
海老名一人でのかなえの出産に向かうために、
布陣を牽いているのである。
それは、
「どちらの子か。わかりませぬ」
このたびの懐妊を海老名に告げたせいである。
時期的なことから考えると、
確かに主膳の子やら光来童子の子やら、判断は付きかねた。
―もしも、鬼の子が生まれたとき―
それを考えて海老名は、事の露呈を拭おうとしているのである。
鬼の子が生まれたなら、かなえは不義を盾にして、
命を果たそうと思っていた。
主膳の子であるなら、事はなだらかにすすんでゆく。
が、そうでない場合もありえる。
鬼の子であり、皆の前でそれがさらけ出されば、
かなえは即座に死を選ぶ事になる。
海老名はその死をくいとめようとしているのである。
其の為に、海老名は一人で子をとりあげようとしているのである。
海老名の切羽詰った覚悟は、
この長浜城で嫌われ者になることさえ、ものともしていなかった。
『海老名・・・』
「古くからつきしたごうたものです。
皆にかなえを取られるように思えてしかたないのです。
どうぞ、年寄りの我侭と思って、おいかりなさらぬように・・」
他に海老名を庇う言葉が思いつかずかなえは上臈に頭を下げた。
「かなえ・・さま」
従を庇うかなえの優しき心に、何を抗う事がいる?
「老い先短き者よとわらうて、ゆるしてやってください」
とんでもない。
そんな人を詰るような気持ちを持っては、
かなえさまの心のありがたさに神罰がくだりまする
上臈はかなえの優しき心に涙ぐんだ。
そして、かなえの産み月も近くなってきた。
どうするか?
どうなるか?
生まれ来る子を見てみるしかない。
が、鬼の子だったら、どうする?
海老名が、考えることは恐ろしい事しかない。
産声をあげる前に赤子をくびり殺してしまうしかない。
かなえには、死産だったという。
主膳には、死産の上、かたわだったと言いぬけて、
みせたくなかったという以外ない。
が、かなえは子供の姿をみせろというだろう?
どう、きりぬける?
が、それより、この手で赤子をくびりころせるか?
思い惑う海老名に居室の外の気配が、厭なおぞけをかんじさせていた。
(光来童子・・か?)
いかな諦念を託った鬼といえど、
己の子を孕んでいるかもしれないかなえのことを
手のひらを返したように忘れはてることなぞありはしないだろう。
様子をみにきたか?
それとも、この海老名の策略を読み透かし、
己の子であらば、かなえ諸共攫って行こうという心積もりなのか?
神王の理が結収した以上できぬことではないかもしれぬ。
海老名はそっと、障子を開けて、外をうかがってみた。
途端。黒い影が走ったように見えた。
光来童子なのかもしれない。
近頃、伊吹山に外つ国の者のようなうす青い目の色をした鬼が
住み着いたらしいと、伊三郎が噂をしていたのを小耳にはさんでいる。
かなえの幸せを見届けるつもりか?
かなえ恋しさか?
光来童子が大台ケ原をでて、
伊吹山に居を構えたことだけは確かな事であった。
ならば、なおさらのこと、鬼の子がうまれでたならば、
いやがおうでも、くびり殺すしかない。
鬼であるだけで、赤子の命一つとて顧みられないほど、
かなえとは成っては成らない仲であることを
無残に子の屍で見せ付けるしかない。
―許されよ―
海老名は有り得るかもしれない結末を胸の奥深くに固めた。
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