≪5≫ 12月15日(日)
昨夜、夜中にあの子が起きだして何か言うんです。
「カズキ、おしっこ?」って聞くと、
「ううん」ってはっきり首をふって、ふとんの上に正座して、
「おかさん、ハクテンていいよねぇ。
うん、ハクテンはいいよねぇ。やっぱりハクテンだよ。ハクテン」
そう言って、うれしそうに笑うんです。
寝ぼけてるのかと思ったけど、そうでもなくて、
私の顔をみると、またちゃんと座り直して言うんです。
「おかさん、ぼく、がんばるからねー。
ぼくがんばるからねー。
おかさん。ハクテンはいいよねぇー。」
そう言って、今度はうつむいてじっとして…、
そのまま寝ちゃったのかと思ったら、
ひざの上に涙がぽろぽろこぼれ落ちて…。
私、なんだか訳がわかんなくて、
「うん、がんばろうね。おかあさんも応援するからね」
って言ったんです。
そしたら、あの子はまた泣きながらニコッって笑うんです。
「ほんとに?ほんとに?」
「うん、おかあさんはいつもカズキのこと応援してるよ」
「じゃあ、あしたイトせんにたのんでくれる?
おかさんからたのんでくれる?」
「・・・」
「ぼく、やっぱりイトせんのとこでベンキョする。
そしたら、ハクテンとるんだ。
ぼくもみんなみたいにハクテンとるんだよ」
「・・・」
「ハクテンはいいよね。ハクテンはねぇ」
そう言いながら、あの子はまた横になって眠りました。
小さいころみたいに、泣きながら眠りました。
私に怒られて、ごめんなさい、ごめんなさいって、
何度も何度も言いながら寝てしまったときのように。
「でも、いつだってカズキが
何か悪いことをしたわけじゃなかったんです。
なにか、ちょっとしたことにつまずくと、
≪ショウーガイジ≫ってコトバが頭に浮かんで、
今のうちにがんばらせなきゃって思いに
とりつかれていた時期がありました。
なんで『こんなことができないの』、
『なんでこんなことができないの』って、
自分に言い聞かせるのを止められなくて…」
「・・・」
「あの頃、あの子が謝るときに、
『なんで』が枕言葉のようについていました。
『なんで…ごめんなさい』
『なんで、ごめんなさい』って…」
「・・・」
「そう、あの頃みたいに、小さな声で
『ハクテンはねぇ…、ハクテンはねえ…』って
何度も何度も繰り返しながら寝てしまいました…。
何度も何度も繰り返しながら…」
電話の向こうで、カズキのお母さんは、同じ話を繰り返した。
「ハクテンはいいよねぇ」と、繰り返す言葉。
それが、カズキの声なのか、お母さんの声なのか、
区別がつかないまま、一晩中、耳に聞こえていた。
そして、目が覚めたときわたしの耳に聞こえてきたのは、
確かにカズキの声だった。
「おかさんのないてるこえがあさまできこえた。
ゆめのなかまできこえた」
そう、夢の中まできこえる声を、わたしもはじめて聞いた。
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