主治医「背中押されている」 山田泉さん死去から1年
2009/11/29西日本新聞朝刊
山田泉さんと出会い、一人の医者の生き方が変わった。
山田さんの主治医だった山岡憲夫さん(56)だ。
山田さんが「最期にお世話になる」と
入院した大分市のホスピスの院長だった。
山岡さんは今年7月、ホスピスを辞めて
在宅療養支援の診療所を開業した。
看護師1人に事務員2人、医師は自分だけ。
大分市内を中心に、余命を告げられた
がん患者宅などへ往診する。
「人が飛び込む時って何かあるもんだよ」
とメガネの奥の目を細める。
昨年11月21日に亡くなった山田さん。
山岡さんは、その前夜の病室での出来事が忘れられない。
昏睡状態にあった山田さんが突然、
「生きるということは、人のために生きるということ。以上」
とはっきりと締めくくるように言った。
臨終の約10時間前だった。
山岡さんは「あの状態で、通常は言葉が出ない。
意志が強い人だと思った」と言う。
「お母さん、夢の中でも命の授業をしているよ」。
その場にいた山田さんの子どもたちと拍手を送った。
◇ ◇ ◇
若いころ、開業は夢にも思っていなかった。
それが今年2月ごろから、
「自分の人生は岐路にある」と考え始めた。
あの日の山田さんの言葉が胸に響いてきた。
「背中を押されている気がした」
全国を講演活動で駆け回った行動力から、
たくましい印象を受ける山田さんだが、
「普通の人と同じように死を恐れていた」
と山岡さんは回想する。
それでも、モルヒネで痛みを抑え、
呼ばれた場所に出向き、身を削って伝え歩く姿に
「生命のほとばしり」を感じた。
困っている人、苦しんでいる人に尽くしたい。
山岡さんは、自分が納得する医療を目指し開業を決意した。
自分でハイブリッド車を運転し、患者宅を回る。
1日に180キロ以上走ることも、
未明に患者宅を行き来し2人をみとったこともある。
◇ ◇ ◇
山田さんの一周忌だった21日、
高齢の末期がん患者の初診が舞い込んだ。
「家でばあちゃんの横がいい。一番甘えられるから」。
ほおのこけた男性が搾り出すように言う。
「大丈夫だからね、心配要らないよ」。
患者の家族には「24時間、困ったらいつでも電話をして」
と笑顔で話し掛ける。
涙交じりのほっとした顔をされると、
それまでの苦悩の大きさを感じる。
半身不随で通院が1日がかりになる患者、
孫といる時間に最大の喜びを感じる患者がいる。
「誰もが住み慣れた自宅で最期を迎えられるようにしたい」
規則的に休日があった院長という立場から、
「1年が380日あれば」と思うほど休めなくなった。
晴れた空を見上げると山田さんの顔が浮かぶ。
「苦しんでいる人はたくさんいるぞ」
と笑顔で叱咤(しった)されているようだ。
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