蒼い空の下で

文系男子の何気ない1日を記します。

夏のあとがき②—懐古―

2016-09-06 23:35:01 | 2016年学童野球
―空洞な時間―
試合が終わって時間を持て余す。
青葉球場での試合がもたついているのだろうか。
次の相手となる青郷がまだ姿を現さない。
応援席にいた保護者達も、この時間のおかげで少しずつ現況を受け入れ始めた。
大飯に敗れて号泣していた子供達も元の表情に戻っており
時間が解決してくれたようにも見えた。
応援席にいた祖父母たちは、野球とは全く関係ない話をしている。


グラウンド脇には、昼食を終えた子供達が次の試合に向けての
キャッチボールなどを始めている。
その矢先だった。
青郷の関係者が球場に姿を現した。
10分も経たない内に、ユニフォーム姿が続々と連なってくる。

―試合前―
若狭和田のベンチには、今までにはない和やかな雰囲気が漂う。
優勝を諦めなければならない状況がそうさせたのだろうか。
そして何より、監督やコーチの表情がいつもとは違った。

ベンチ前に整列した瞬間、応援席にいた保護者の1人からこう聞こえた。
「この試合が最後になるかもしれんし、しっかりと見とかな」
それを聞いて、私も最後になるかもしれない貴重な写真を撮ろうと慌てて応援席から移動した。

両チームが整列。
お互いの6年生達が笑っているようにも見えた。


先攻・若狭和田、後攻・青郷。
青郷の先発・凌太が投球練習する。
球数は7球。

「ワンモアピッチ」
球審からの残り1球のコールが聞こえると私はゆっくりと目を閉じた。
勝敗のこだわりが無くなった私の心には穏やかさがあった。

懐かしい風の香りがした。
夏の終わりに感じる独特のものだった。
涙が頬を伝った。

そして、あの夏にも同じ香りがしていた事を思い出した。
そう、羨みや嫉妬も感じることもなく
ただ純粋に子供達と向き合っていたあの夏を。

【睦生のこと】
「そらのおとうさん、そらとむつきがまたけんかしとるで。」
私はその様子を見て見ぬふりをしていたが
そう言いに来てくれたのが悠矢と星輝だった。
2人のけんかを止めに行こうとする途中、瑞生は泣いて怒っていた。
一部は見ていたが、けんかになった理由までは知らない。
2年生同士のけんかなので大した理由ではないと思いつつも
「どうしたんや?」と聞いてみた。
「絶対にむつきがわるい」と蒼空と瑞生は言う。
「むつきはわるくない」と睦生は当然に言う。
何が原因かと問うとこう返答があった。
「走るときにむつきが、よーいどんって言わんかった。」
「じゃあ、何て言うたんよ?」
と聞くと蒼空と瑞生は答えた。
「よーい、アクションってむつきはふざけて言うた」

「・・・」

腹が立ったのか、2人は再びむつきにとびかかった。
私は3人を引き離した。

春先の練習試合の帰りで6年生の男子を乗車したが
やはりその頃と同じように一番ふざけるのが睦生だった。

クールを装っているように見えるが、実は1番そうでないのが
双子の兄、睦生である。


―先頭バッターホームラン―
青郷戦は、星輝のそれから始まった。
肩の荷が降りたのだろうか。
いいバッティングだった。
この1点だけに終わったが、どうしてもほしかった先取点を奪った。

この試合のマウンドに上がった瑞生も
トップバッターの叶都から三振を奪うと、見事三者凡退。
上々の滑り出しを見せた。
笑顔でベンチに戻る中で、ひと際笑顔を見せていたのが
この試合でセカンドを守っていた、お姫さまだった。

【彩音のこと】
新チームになりたての練習での事だった。
休憩時間に彩音が泣いていた。
「どうしたん?」
と聞いても答えてくれない。
怪しく思い、近くにいた子供達に聞いても誰も答えない。

もしやと思い歩夢に訊ねてみると、自分が原因だと小さく言う。

小さい頃からそうだったが
彩音は、一番に歩夢を可愛がってくれる。

この日は、さすが彩音も歩夢を相手にしないだろうと思っていた。
しかし、次のわずかな休憩時間になった時、彩音はいつも通りに戻っていた。
「あゆむ、あゆむ」
普段のとおり、歩夢を追いかけまわしては捕まえようとしていた。

我が家の次男坊を最も可愛がってくれたのは
他でもない彩音である。


続く2回にも得点チャンスは巡る。
プレッシャーから解き放たれたのだろうか。
ベンチの雰囲気もいつもとは違う。
これが何を意味していたのか、私には理解できた。

1試合目で写真を撮り損ねたので、この試合で挽回しようとしていた。
ついつい青郷との試合だったので、相手応援席の3塁側へ回って撮影した。

カメラのピントを、そこへ合わせると
「ピッチ、ナイスボール」
声変わりをした低くて小さな声がレンズ越しに聞こえてきた。

【亘佑のこと】
保育所の年小組になると多くが入所し、2組に分けられた。
我が子がここで出会ったのが亘佑だった。
そして現在に至っているが
その頃、1階に住むアパートへ遊びに来てくれた時のことだった。
蒼空と鬼ごっこを始めたのか、亘佑が逃げ回った。
狭いアパートだったので逃げる場所もなく
身軽な亘佑は、とうとう窓を開けてベランダへ出て
それを飛び越えて外へ出て行ってしまった。
身動きが遅い我が子には、到底に真似はできず
ただ帰ってくるのを待っていた。

同年代のスポーツ万能といえば、小さい頃から亘佑だった。
体育の授業参観に行っても、周囲がおぼこく見えたくらいだ。
ただ最近思う事がある。
勉強分野の方が適している印象があるが、実は正反対。
今からは想像できないが、同年代で最もわんぱく坊主だったのは
誰でもない亘佑である。


試合途中、こんな場面を見掛けた。
バッターの凌太が1塁にスライディングした時だった。
ベースカバーに入った瑞生が落ちたヘルメットを拾い上げて
凌太に手渡ししていた。

仲良しこよしの試合といった感じだったが
見ていて清々しいものだった。

3回の裏、叶都の小フライをキャッチャー・蒼空が捕球した。
キャッチャーを始めて約1年余り。
ようやくできた。
1塁側から見ていた私の前でランナーコーチから
「ナイスキャッチ」
と小さめの声がかすかに聞こえた。

【悠矢のこと】
春先の練習試合の昼休みでの事だった。
「このおにぎりの具、食べ飽きた」

目の前にいた母・公子さんに言ったのか
それとも独り言だったのかは分からない。

「ちょっとしのぶちゃん。悠矢がこんな事言うんやで。ほんまに。」

このセリフは、事あるごとによく耳にした言葉だった。

だが試合中、いつも悠矢に視線を送る母親の姿がそこにはあった。
しのぶが私によく言った言葉だ。
「公子さんは、みんなが気付かん事を気付いて動いてくれる人や。」
悠矢が試合に出場していなくても、試合に見に来れなくても
チームに必要な氷を準備してくれていた。

まだ幼さが残るが、いつか母親の大きさに気付いてくれるのが
3人兄妹の真ん中・悠矢である。

―4回表―
2対0のリードのまま迎えた。
瑞生と翔太をランナーで置く場面で
彩音が2点タイムリーヒットを放って4点差とする。

ここへ来て、少しずつ試合の流れを引き寄せる中だったが
それと同時に、試合が刻一刻と終わりに近付き
誰もが複雑な心境だった。

                   つづく


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