イブですが、
メリー・クリスマス!
私と姉、両親の4人家族だったわが家では、
私が物心ついてから大学に入って上京するまで、
クリスマス・イブを、家族全員が揃って過ごしていました。
各自が小遣いで買って用意した3人分のクリスマス・プレゼントを、
イブの日までほかの家族には見つからないように隠し、
当日、交換したのです。
もちろん3部屋ほどの小さな家ですから、
プレゼントを隠すといっても押入れや戸棚の奥とか、机の引き出しとか、
ありきたりの場所に限られます。
ですから探そうと思えばすぐ見つけ出せますし、
その気がなくても偶然見つけてしまうことも何度かありました。
でも、その時は「見なかった」ことにし、そっとそのままにしておくのがわが家の「暗黙のルール」となり、
楽しみは、当日までとっておかれたのです。
そんなわが家のささやかなイベントでしたが、
しかし、私の上京を機に、
なくなりました。
現在は男ばかり3人の子供の母親になった私の娘は、
中学校に上がるまで、
サンタクロースを信じていました。
つられて3歳下の息子も、
同時期までサンタクロースを信じていました。
2人には、そう信じさせたのです。
子供たちにサンタの存在を「事実」と信じ込ませるために、
私たち夫婦は、
ある方法を思いつきました。
子供たちに、こう伝えたのです。
「プレゼントに欲しい物があったら、
夜、窓を開けて、
北の国に居るサンタさんに届くような大きな声で、
『サンタさ~ん、○○をくださ~い!!』とお願いしなさい。
大きな声でお願いしないと、
サンタさんに聞こえないから、
プレゼントを要らないのかと思って、
届けてくれないよ」
親の、極めて単細胞なDNAだけを受け継いだらしい子供たちは、それを信じ、
以来、12月に入って間もなくの夜、
わが家から「サンタさ~ん!」とお願いを叫ぶ子供たちの声が聞こえて来るのが、
近所では評判の恒例行事になっていたようです。
でも、それを笑う人も、
子供たちに真実を伝える人も、
近所には誰一人として居なかったことに、
今でもとても感謝しています。
子供たちが独立した今、
クリスマスは、
まったく無縁のイベントになりました。
イルミネーションで飾られたツリーを見るのも、
ジングル・ベルのメロディを聴くのも、
決して嫌いではありません。
けれども最近は、
そんな場に少し長い時間身を置いているとだんだん辛くなってくるので、
避けています。
今日の夕方も、
1本のツリーの瞬きに背を向けて、
足早に帰ってきました。
3年前の秋、
突然、
脳出血で倒れ、
命は幸い取り留めましたが、
右半身の不随と失語という後遺症に陥った家内が今お世話になっている介護病院のロビーにも、
子供の背丈ほどのクリスマス・ツリーが置かれています。
でも――。
今年もまた、家族と一緒にケーキを食べることが出来ず、
病院でクリスマスを迎えることになってしまった患者さんたちは、
そして私の家内は、
そのツリーを飾る青白いLEDの光の瞬きを見ながら、
一体何を思い、
何を感じているのでしょうか――。
もし、
もし私が家内なら、
不自由な左手一本で車椅子の車輪を力まかせに漕ぎ、
勢いをつけてツリーに突進し、激突して倒し、
イルミネーションの輝きを止めたくなる衝動を、
抑え切れなかったかも知れません。
だから、
クリスマス・イブの今日も私は、
プレゼントなど何も持たず、
いつも通りに出掛け、
いつも通りに面会所で一緒に缶コーヒーを飲み、
いつも通りに「じゃあまたな。風邪、引くなよ」と、
我ながら無愛想に声を掛けただけで、
帰ってきてしまいました。
それでいいのかどうかは………、
………分かりません。
人生、いろいろ。
人、それぞれ。
でも、
せめて1年に1度、
世界中のありとあらゆる人が幸せを感じる日があっても、
いいですよねえ。
だから、
やっぱり、言いましょう。
メリー・クリスマス!!
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メリー・クリスマス!
私と姉、両親の4人家族だったわが家では、
私が物心ついてから大学に入って上京するまで、
クリスマス・イブを、家族全員が揃って過ごしていました。
各自が小遣いで買って用意した3人分のクリスマス・プレゼントを、
イブの日までほかの家族には見つからないように隠し、
当日、交換したのです。
もちろん3部屋ほどの小さな家ですから、
プレゼントを隠すといっても押入れや戸棚の奥とか、机の引き出しとか、
ありきたりの場所に限られます。
ですから探そうと思えばすぐ見つけ出せますし、
その気がなくても偶然見つけてしまうことも何度かありました。
でも、その時は「見なかった」ことにし、そっとそのままにしておくのがわが家の「暗黙のルール」となり、
楽しみは、当日までとっておかれたのです。
そんなわが家のささやかなイベントでしたが、
しかし、私の上京を機に、
なくなりました。
現在は男ばかり3人の子供の母親になった私の娘は、
中学校に上がるまで、
サンタクロースを信じていました。
つられて3歳下の息子も、
同時期までサンタクロースを信じていました。
2人には、そう信じさせたのです。
子供たちにサンタの存在を「事実」と信じ込ませるために、
私たち夫婦は、
ある方法を思いつきました。
子供たちに、こう伝えたのです。
「プレゼントに欲しい物があったら、
夜、窓を開けて、
北の国に居るサンタさんに届くような大きな声で、
『サンタさ~ん、○○をくださ~い!!』とお願いしなさい。
大きな声でお願いしないと、
サンタさんに聞こえないから、
プレゼントを要らないのかと思って、
届けてくれないよ」
親の、極めて単細胞なDNAだけを受け継いだらしい子供たちは、それを信じ、
以来、12月に入って間もなくの夜、
わが家から「サンタさ~ん!」とお願いを叫ぶ子供たちの声が聞こえて来るのが、
近所では評判の恒例行事になっていたようです。
でも、それを笑う人も、
子供たちに真実を伝える人も、
近所には誰一人として居なかったことに、
今でもとても感謝しています。
子供たちが独立した今、
クリスマスは、
まったく無縁のイベントになりました。
イルミネーションで飾られたツリーを見るのも、
ジングル・ベルのメロディを聴くのも、
決して嫌いではありません。
けれども最近は、
そんな場に少し長い時間身を置いているとだんだん辛くなってくるので、
避けています。
今日の夕方も、
1本のツリーの瞬きに背を向けて、
足早に帰ってきました。
3年前の秋、
突然、
脳出血で倒れ、
命は幸い取り留めましたが、
右半身の不随と失語という後遺症に陥った家内が今お世話になっている介護病院のロビーにも、
子供の背丈ほどのクリスマス・ツリーが置かれています。
でも――。
今年もまた、家族と一緒にケーキを食べることが出来ず、
病院でクリスマスを迎えることになってしまった患者さんたちは、
そして私の家内は、
そのツリーを飾る青白いLEDの光の瞬きを見ながら、
一体何を思い、
何を感じているのでしょうか――。
もし、
もし私が家内なら、
不自由な左手一本で車椅子の車輪を力まかせに漕ぎ、
勢いをつけてツリーに突進し、激突して倒し、
イルミネーションの輝きを止めたくなる衝動を、
抑え切れなかったかも知れません。
だから、
クリスマス・イブの今日も私は、
プレゼントなど何も持たず、
いつも通りに出掛け、
いつも通りに面会所で一緒に缶コーヒーを飲み、
いつも通りに「じゃあまたな。風邪、引くなよ」と、
我ながら無愛想に声を掛けただけで、
帰ってきてしまいました。
それでいいのかどうかは………、
………分かりません。
人生、いろいろ。
人、それぞれ。
でも、
せめて1年に1度、
世界中のありとあらゆる人が幸せを感じる日があっても、
いいですよねえ。
だから、
やっぱり、言いましょう。
メリー・クリスマス!!
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心遣いいただいて、とても嬉しいです。
まだ間に合いますよね。
「ピーちゃん」さんにも幸多かれと、メリー・クリスマス!!
uwanosora443さん
メリークリスマス
そして私からも、
心から、メリー・クリスマス!!
(よろしかったら、枕元に置かれていたサンタさんからのプレゼントが何だったのかだけ、そっと教えていただけますか? 私は、私の今日の興醒めのブログにコメントいただいた方々からの「優しさ」でした)
名乗らなくても、解っていただけるとも思いますので…あえて、今日は…。
そして、メリー・クリスマス……
舌足らずかも知れないけれど、拗(す)ねているつもりは毛頭ありません――と言って理解していただけるでしょうか。
残しにくいテークなのに足跡を残していただき、ありがとうございました。感謝します。
心から、メリー・クリスマス!!
何となく、このようなブログの投稿があるのではとの予感がありました。
コメントは、差し控えます。