平助の所信表明演説は、同期の閣僚や官僚たちにとっての初舞台であり、デビュー戦のスタート的意味合いを持っていた。
彼らは一般公募をメインとし、先行実施された裁判員裁判の裁判員(陪審員)の規模を遥かに超える壮大な政治システム実験の真っ最中であり、ネット政変移行期の旧勢力(議員を中心にした政党勢力)の激烈な妨害工作や現在も続く批判は、素人集団の平助たちの脅威と言える。
そうした厳しい状況に晒されながらも彼ら第4期生たちは(ネット政変以降の初代内閣を一期生と位置付けると、平助たちは4期生と言えるので)一年の研修の間、互いの絆を深め、職責の軽重や役割の違いはあれど、同じ舞台を作り上げる劇団員のような仲間意識を持つようになった。
誤解を恐れず例えるなら、劇団と言うより学校祭の演劇のメンバーに近いというべきか?(他に似たような組織編成が見当たらないので、次元と責任の違いを無視した不適切な例えになったが、純粋な組織構成イメージを観察すると、これが一番連想し易いだろう)
同じ学年から選抜され構成されたメンバーが、それまで別々のクラスでほぼ交流も無かったのに、短期間で同じ目的・目標を持った集団と化し、一団となり学年代表としての名誉を賭け(学校祭でただ一度の発表の場で劇の成功と言う)成すべきことを達成するために心をひとつにした(各自にとって)生涯ただ一度の組織と言えた。
だからこの公募集団に目を戻して見ても、国家元首である内閣総理大臣の役割を担う竹藪平蔵が一番偉いのではなく、他の役者や裏方に至るまで、同じ目的を持った仲間たちが平等に国家経営の重責を担い、責任を分担する4期生としての自覚を共有するシステムが自然に出来上がってきていた。
彼らは様々な年齢構成・性別・学歴・多種多様な職業経験を持つ(軍隊組織で云えば師団単位の)単独で如何なる作戦行動(行政執行)でも成せる可能巨大な集団と言えた。
ただ階級は存在せず立場は皆平等であり、唯一の指揮・命令系統と云えば、国民からの直接の意見を集約し公表、政府に実行を促す『ネットアンケート管理委員会』からの指示・命令だけであった。
そうした訳で、第一期生から第四期生まで試行錯誤が続いたが、多様な価値観を持つ者たちをひとつにまとめ上げるため、その研修内容はある共通の教訓を精神に浸透させるよう、徹底した反復訓練を重視した。
即ちネット政府が最初に掲げた『学問のススメ』の理念に沿った、自由と平等の概念を刷り込み、ブレない信念を持つ事。
更に決して増長・慢心しないよう、陽明学の理念を繰返し、人間として持つべき良識(生れながらに持つ道徳心)を身に沁み込ませ、慎ましい謙虚な姿勢と態度を持つよう徹底させた。
これはネット政変以前の為政者たちの増長・慢心が政治の失敗・停滞を招いた反省から来ている。
『学問ノススメ』だの、陽明学だの、随分古い教えを引っ張りだしてきたが、その意図は明治以降進められた西洋の学問が不要なエリート意識を増長させ、傲慢な個人主義が蔓延し、モラルの低下、国力減衰を招いた事への反省として、権力を持つ者は初心に帰らなければ再び同じ失敗を繰り返すとの強い危機感から強固なモラルと信念を植え付ける手段として採用されたのだった。
とはいっても平助たちもただの人間。
仕事の時と私生活は別。
増長はしないが、身の丈の範囲内であまり〘慎ましくはない〙生活が継続された。
平助には4期生の中から新たな親しい友人ができた。
それは内閣官房長官の田之上 憲治(28)宅配の配達員出身、北海道。
それに首相専属SPのひとり、[角刈りの杉本](30)、長野県出身。
彼らとは職務上頻繁に接する機会が多く、性格的に気が合う者同志だったこともあり、公私共に親交を深める。
そういった訳でお互い知り合って間もない研修初期の頃のある日、3人で夜の街に繰り出した。
居酒屋でほろ酔い気分になり、お互いに突っ込んだ個人情報を話し合えるようになったころ、酔いが回り顔を赤くした田之上が杉本に聞く。
「杉本さんはどうしてそんな特徴ある髪形にしてるんですか?」
「自分は田之上さんより年上だけど、こうして3人でいる時は敬語で話さなくて良いよ。
こうした場ではお互い肩肘張らず、もっとリラックスしていたいからね。
ね、竹藪さん。」
「僕も竹藪さんじゃなく、平蔵で良いよ。」
「じゃぁ、平蔵さん、君も聞いてくれる?
自分が角刈りなのは、自分の憧れの人が角刈りだったから、その人にあやかって同じ角刈りにしてるんだ。」
「へぇ~、杉本さんにも憧れの人が居るんだ?で、どんな人?」
「君たちはフレディ・マーキュリーって人、知ってる?」
「フレディ・マーキュリーって、もしかしてあの伝説のボーカリスト?」
「そう、良く知ってるね。【クイーン】ってイギリスの人気バンドでボーカルを担当していたんだけど、そのフレディ・マーキュリーが日本公演でいつも警備を担当してた伊〇久夫さんという人物がいてね、その伊〇久夫さんが角刈りだったんだ。
フレディは伊〇久夫さんの仕事に対する姿勢やその人格に深い感銘を受けて、自分もかくありたいという意味で角刈りを真似たんだって。
そんなエピソードを聞いて自分も深く伊〇久夫さんに興味を持ってね。
自分も一度だけ面会してお話をさせて貰ったことがあったんだ。
そうしたらあの方の魅力にとり憑かれて、自分もかくありたいと思うようになったのさ。」
「それで角刈りに?」
「そう、似合わないかな?」
「そんな事ない!凄くよく似合ってると思う!杉本さんの人柄をよく表しているよ」
「僕も思い切って角刈りにしてみようかな?」
そう云って平蔵と田之上が杉本に真似、角刈り三人衆と呼ばれる事となった。
三人が角刈りになったその姿を見て、ご意見番のカエデと、平助の第三秘書であるエリカ(年齢不詳)が腹を抱えるように思い切り笑った。
第三秘書のエリカ?
後に詳しく紹介する機会もある筈だが、平助にとって彼女とは特に親しい間柄とは言えない。
だが何故か要所々々で絡んでくる美人で曲者感のある存在であった。
女性陣に思い切り笑われ、渋い顔の三人。
心のどこかで彼女たちの賞賛を浴びれると期待していた分、ショックが大きい。
どれほど身の程を知らない勘違いの己惚れ屋だったのだろう?
その日の仕事終わりにお互いの傷を舐めあうため、再び行きつけの居酒屋に足を運ぶ角刈り三人衆であった。
深酒をして翌日板倉に窘められたのは言うまでもない。
ちょっと残念な3人ではある。
でも最終的にはそんな世間(カエデやエリカ等の風評)の冷たい風にもめげず、一年かけて成長した面々。
その成果が所信表明演説であり、公募4期生たちがひとつにまとまった瞬間と言えるのかもしれない。
彼ら三人衆の容姿を除いて。
つづく