平助は内閣総理大臣内定の通知を受けた後、会社から二年間の出向辞令を受けた。
(後述するが、任期は一年、事前研修と実地研鑽に一年の実質二年)
池崎食品の社長、池崎はすこぶる上機嫌である。
何せ自分の会社の社員が総理大臣となり、国から多額の出向の欠員補助金が支給されるから。
「やぁ、竹藪君!よくぞ総理大臣の重責を引き受けてくれた!私も社長として鼻が高いぞ!!良くやった!良くやった!!」
そうして両手で強く平助の手を握った。
「社長、僕はまだ何もしてません。良くやったと言われても、今はむしろ逃げたい気持ちでいっぱいです。
社長、あなたのせいですよ!私に逃走資金を出してください。」
「チミ!何を言ってるんだ!逃走?ダメダメ!チミが逃げたらウチの会社に補助金が入ってこないじゃないか!なんてとんでもない事を!このバチあたりが!!わしゃ、許さんぞ!!」
そう云って辞令を押し付けるように平助に渡した。
恨めしい顔の平助。
ロッカーの私物を片付け、トボトボと自分のアパートに帰った。
すると当然のようにカエデが待ち受けている。
この頃カエデは何だかテンションがハイである。
「平助が総理大臣になったら、テレビに出るの?そしたら有名人ジャン?この平助がテレビに出るなんて夢のよう!!やったね!!」
大体がこんな風なのだ。
やがて平助はまた霞が関第5庁舎の『内閣府別館』から呼び出しをくらい、あの板倉と面談した。
「どうです?覚悟は決まりましたか?」と笑顔で聞いてくる。
「んな訳ないジャン!もう泣きそうだよ。見たら分かるっしょ!」
板倉が顔の左だけクスリと笑う。
それをみて平助は(腹立つわ~)と思った。
「大丈夫ですよ。これから私が貴方をミッチリ仕込んで差し上げます。
誰の前に出しても恥ずかしくないような国の代表に仕立てて御覧にいれますので。
大船に乗った気持ちで私に身をゆだねてください。」
「板倉さんが如何にも自信たっぷりに『身をゆだねてください』なんて真顔で言うと、返って不安になっちゃいますよ。
僕はどんなに追い詰められても、川を10mも飛び越えられませんからね!
その辺、ヨ・ロ・シ・ク!!」
「♪♪重いコンダラ試練の道を♪♪
それが私のモットーです。大丈夫!!私を信じなさい!」
「あんた、危ない宗教か?」
こうして板倉と平助の血の滲むような3カ月間の猛特訓が始まった。
重いコンダラを引きながら・・・って、コンダラって何?
※昔、(昭和40年代初期)『巨人の星』と云うスポーツ根性ものの超人気テレビアニメが放映されていた。その主題歌に登場する歌詞の一部である。関心のある人はYouTube等で確認してみてください。
因みにその頃熱狂的に見ていた子供達、今は皆、爺(ジジイ)です(私を含めて)。
(どうやら板倉は♪♪思い込んだら♪♪の歌詞を♪♪重いコンダラ♪♪と勘違いしているようですね。
一体どこで知ったのでしょう?こんな曲)
平助が血みどろの特訓を受けている頃、平助からみて先代にあたる今の現職総理大臣が汗を拭き拭き国会答弁を行っている。
その姿を参考に、平助が答弁シミュレーションを何度も繰り返す。
背後に立つ板倉が鬼の形相になり、隙をみて容赦なく平助の肩を竹刀で打ち据える。
まさしく血みどろの特訓なのだ。
「平助さん!今は政策総てがネットアンケートで決められています。
そしてあなたの仕事は、そのネットアンケートで決められた法律を公布し、その他外交などの国事行為の内容を国民に知らしめ、納得を得ることです。
だから今のあなたのように如何にも自信なさげに目を泳がせて話されても困るんです。
あなたが国会で答弁する時は、確かに国会中継があり緊張するのは分かります。
でも衆議院であれ、参議院であれ、昔の立法府ではありません。
議会と云う名の公的審議会を構成するメンバーに過ぎないのです。それも昔の国会議員の10分の1に人数を減らして。
あなたが目の前にして演説する相手は、あなたと同じ1年間の公募要員だと言う事を忘れないでください。
そしてあなたが本当に語りかけなければならない相手は、テレビカメラの向こうの国民であると肝に銘じてください。」
「それと国会の審議会メンバーは、ネットアンケートを集計した内容を吟味し、法案を立案、公布に至るまでの過程を司る部署。重ねて云いますが、あなたはその内容を国民に知らせるのが仕事です。
だからそれだけなら誰でも出来る仕事であり、あなたにしかできない仕事でもあるのです。
その事を十分理解し仕事に臨んでください。」
「板倉さんの云いたい事は分かるのですが、竹刀で肩を打ち据えるのはどうかと思うのですがね。」
「何を言うのですか!首相職はスポーツ根性職ですよ!汗水流して重いコンダラを自ら望んで引くのです!その根性を養うためには厳しい修行が大切なのです。分かってますか?」
「だから『重いコンダラ』って何?
それに任期が1年って長すぎじゃね?
半年くらいなら耐えられそうとも思うんですがね。」
「世界には確かに任期半年だけの国も存在します。
しかも2名の大統領制で(但し、大統領とは呼ばず、執政官と呼ぶそう)。
でもそれは都市国家に近い小規模の国だから出来る事。(例えばサンマリノ共和国とか)
日本のような規模で国際的貢献度の国がその制度を採用したのでは、様々な不都合や遅滞が生じます。
だからそれは不可能なのです。
四の五の言っていないで、そろそろ腹を括ってください。
そうでないと、あなたが総理大臣になった時、前任の首相(現任の首相)と比べられて低い評価しかされないのですよ。
良いんですか?
今の首相は大したことないね、って陰口叩かれ、笑い物にされても。
「如何にも自信なさげだし、詐欺師みたいだし、顔はしょぼいし、足は短いし、女性にモテそうもないし。」なんて言われても?
「ドサクサに紛れて板倉さんの本音が出てね?
『詐欺師みたいだし、顔はしょぼいし、足は短いし、女性にモテそうもないし』なんて。」
「私の本音ではなくて、そんなあなたを見た国民の感想はそうなるだろうと言う事です!」
「そうかなぁ?そうかなぁ~?
まぁ良いわ。そんな評価を貰わないよう、精々頑張ります。」
「精々ではなく、顔を上げ、まなじりを釣り上げて拳に誓うのです!!
絶対頑張る!!!って」
矢張り板倉にはついて行けそうもないと思いながらも頷く平助であった。
そしてヘトヘトになりながらアパートにたどり着くと、エプロン姿のカエデが目を輝かせ待ち構えていた。
どうやらカエデは、平助がアイドルになろうとしていると勘違いしてるようだ。
それにはビジュアルからして無理があるだろうに。
心の休まる暇のない平助。
可哀想・・・・。
つづく