第10話 平助とカエデの深い関係
平助が佐藤 鯖江は財務省主計局長に任官したと知ったその日、自宅アパートに帰ると矢張り当然の如くカエデが居た。
(この頃カエデは何故か毎日のように平助の部屋に入り浸っている。
かなり以前、自分の不在時に届く荷物を代わりに受け取ってもらうために部屋の鍵を渡したが、それ以降返そうとしない。いくら言っても聞かないから今日は敢えてそれには触れず)
「おい、カエデ!お前、何でスーパーの激安おばちゃんが公募で主計局長になる事を教えてくれない?
さっき会ってびっくりしたぞ!!」
「平助のくせに、お前って言うな!
鯖江さんが財務省に入る事まで、何でいちいち平助に報告せにゃならん?
って言うか、平助も天下の内閣総理大臣になる程の立場だったら、私から言われなくとも事前に分るだろう。」
「そんな他人の人事まで知るか!
自分の事で精一杯だよ。総理大臣だぞ!国の代表だぞ!他の大臣や官僚の人事なんぞ、構ってられるか!」
「まぁ、平助ならそんなところだろうと思ってた。
だからワザと黙ってたんだ。ね、驚いただろ?アハハハ!」
「可愛くない奴!
お陰で地雷を踏んでしまい、弱みを握られてしまったぞ!どうしてくれるんだ!」
「へぇ、早速地雷をねぇ。どんな地雷なん?」
平助(ギクリ!!)
「・・・いや、それは国家機密だから、人には話せない。」
「国家機密ゥ?平助!お前、何を隠している?言え!吐け!」
そう言って平助にヘッドロックを咬ませるカエデであった。
「ウウウゥ・・・国家機密ゥ~・・・」
最後まで抵抗し吐かない、口の堅い平助であった。
さすが次期内閣総理大臣!!
なんて、ただ平助がカエデの悪口を鯖江の前でしゃべった事をバラすと言われ、ビビったなんて、口が裂けても言えねぇ、言えねぇ。そう思う平助であった。
翌日平助は首相官邸大ホールに居た。
今日は全公募組の正式な顔合わせの日。
全閣僚・上級官僚等、それぞれが全メンバーの前で紹介され、それぞれの部署でのリーダーとして活躍するための決意と覚悟と自覚を持つ機会として、この場が設けられた。
その後彼らは別々の場所で一定期間研修を受け、それぞれの現場に配属、公設秘書のひとりとしてその年の現職閣僚など、先輩に当たる役職の下に付き、研鑽を積む事になる。
だから一年の任期と言うが、実質二年ほどの出向になる。
「エェ~?そんな話、聞いてないよォ~!一年という約束でしょ?それが二年なんて・・・、それってまるで詐欺ジャン?もう帰らせてくれ!」
そう云って板倉を困らせる平助であった。
「総理大臣の任期は一年。その前に研修期間があり、それも約一年。
合計二年って最初に送らせてもらった書類にちゃんと書いてありますよ。
読んでいないのですか?」
「あんな分厚い書類、全部読んでいる訳ないジャン!しかもあんな小さくて細かい字の集まりなんて!!あれって保険の約款みたいで誰も読まないと思うよ。」
「とにかく!あなたは天皇の前で正式に任命されたのだから、もう逃げ道はありませんよ!いい加減、覚悟を決めてください!!この『へたれ』!!」
「ヘタレで悪かったよ!あぁ、私はヘタレですよ!それが何か?」
「あぁ、開き直った!!そのヘタレ根性を今日から徹底的に叩き直すから、覚悟しれください!」
この辺の会話は、板倉の竹刀を持った特訓が始まる二日前の事だった。
そして極め付けがあのカエデ。
本名 藤本 楓(27)。竹藪平助の幼馴染で近所のスーパー≪激安≫のレジ係。
辛い過去を背負い、平助とはツンデレの関係ではあるが、この後予想外の行動に出る。
ある日。
カエデが平助に通告する。
「教育係の板倉さんに頼まれて、私に平助のお目付け役になって欲しいと頼まれたよ。
しかも時給は1500円。」
「エ~ッ!嘘だろ?!冗談だろ?!なっ!違うって言って!!」
「生まれてこの方、私が嘘や冗談を言った事あるか?」
「有る!何度も有る!数え切れないほどたくさん有る!!」
「そ、そ、そんなにはないわよ!大体、存在そのものが冗談の塊りの平助にそんな風に指摘されたくないわ!」
「あああああ、最悪!」
フッ、フッ、フッと不敵に嗤うカエデ。
しかし実際はカエデが直接、教育係の板倉に直談判し、自分を売り込んだと云うのが真相だった。
「なんでカエデが僕のお目付け役なんだよぉ!寄りにもよってカエデだなんて!世の中おかしいだろ?理不尽だ!」
「どうしてそんなに私を嫌う?
こんなにいい女がそばで面倒を見たり、助けてやろうと云ってるのに。
それに、きっと板倉さんが平蔵ひとりじゃ心許ないと思ったんでしょ。平助にはしっかり者の私がついていなきゃダメなのよ。誰が見てもそう思うわよねぇ~」
「そんな訳あるかい!
大体、カエデが四六時中そばに居たら、僕は何も悪い事できないだろ?
カエデの監視付だなんて最悪!!板倉さんに文句言ったる!!」
「この期に及んで、まだ悪さをする気?
だから私がお目付け役なのよ!もう観念しなさい、このヘタレ平助!!」
「べ、別に悪さなんてしてないし!」
こうして可哀そうな平助とカエデの新たな日常が始まった。
そもそもどうして平助とカエデがこんな親密な(?)関係なのか?
それは相当昔にさかのぼる。
二人が小学二年生のクラスメートだった頃、カエデの家の経済事情で、遠足の弁当を持たせられない程の危機的状況にあった事がある。
前日から浮かない顔のカエデ。前日ではない、もっと前からあんなに明るい性格だったカエデが無口になり、いつも気配を消すような暗い子になっていた。
その頃、二軒おいて隣に住む平助は、偶然近所の大人たちの噂でカエデん家の経済危機を知り、注意深く学校でのカエデを観察していた。
そして遠足の日が近づくにつれ、どんどん暗くなる。
そして遠足前日、カエデが友達に
「明日の遠足は休むかもしれない」
と言い出した。
事情を察した平助はある決心をする。
母親に、「明日の遠足の弁当とおやつを二人分用意してくれ」
と頼んだ。
母親が「どうして?」と聞くと、平助は
「恩を返したいんだ」と一言。
さすが察する能力に長けた平助の母。それ以上何も聞かずに請け合った。
そして早朝、弁当とおやつを二人分用意した母は、
「はい、用意したよ。早く持ってお行き!」と促す。
「ありがとう!」そう云って家の玄関から勢いよく走り去った。
カエデの家をノックし家の人が出てくると、平助が勇気を振り絞り、
「これをカエデに渡してください。」
と言う。家の人は(?)という表情になり
「どうして?」と聞く。
「これは僕の母ちゃんが作ってくれた弁当です。カエデが今日、休むと言っているのを聞きました。
でも僕はカエデに休んで欲しくないんです。僕はカエデに恩が有ります。
人には言えない大変な恩が有ります。その恩を今、返したいんです。
一緒に遠足で楽しみたいんです。
だからお願いです。カエデにこれを受け取って欲しい、そして一緒に遠足に行こうよって伝えて欲しいんです。お願いです!お願いです!!」
家の人は無言で奥に去り、暫くしてカエデが顔を出す。
「どうして?どうして私にこれを?恩って何?」
「中身はうちの母ちゃんが作った弁当とおやつだよ。
母ちゃんが作ったものだから大したことないし、気に入らないかもしれないけど、良かったら今日遠足にこれを持って来て欲しいんだ。」
「・・・どうして私にこんな事してくれるの?私の家の事知ってるの?恩って何?」
「ゴメン、偶然知っちゃったんだ、カエデの家の事。悪く思わないでね。でも同情じゃないよ。僕には本当にカエデから恩を受けているんだよ。
ほら、覚えてないかい?一年生の時、僕が皆と遊んでいる時、おもらしをしちゃった事があるでしょう。
あの時カエデは校庭の花壇に水やりをするために、バケツに汲んだ水を如雨露に移そうとしていた。
そして僕の異変に気付き、咄嗟にバケツを持って僕の方に向かってきて、つまづいたふりをしてワザとに僕のズボンに水をかけたよね。
そして「ゴメーン!間違っちゃった!」て言って誤魔化してくれたよね。
おかげで僕はカエデの他、誰にもおもらしを気づかれずに済んだんだ。
あの時、本当にありがたかった。
だからその時のご恩を返したいんだよ。気を悪くしないでね。これは決して同情で渡そうとしているんじゃないって、分かって欲しいんだ。助けるんじゃなくて、恩返しだってこと。
ね、受け取って。そして一緒に遠足に行こうよ。ね、ね。」
カエデの頬から一筋の涙がこぼれるのが見えた。
「ありがとう。」
そう云って弁当とおやつの入った包みを受け取った。
その日を境に、カエデと平助のツンデレ関係が続く。
カエデの家は、その後最悪の状態を脱したが、いつまで経っても裕福とは言えない経済状態ではあった。
でもそれは平助の家も変わらない。
と云う事で、ふたりとも高校を卒業後、大学には進学せず就職を選び、今日に続く。
つづく