うな風呂

やる気のない非モテの備忘録

うなかじま梓の小説道場 第一回(3)

2009年07月27日 | 栗本薫



次、香津宮裕介門弟希望 『lovechair』(今作はクリックするとzipファイルがダウンロードされるようになっている)300枚。いきなり長いね、おい。
香津宮くんは名前からすると男性なのかな? 内容も男女の恋愛ものという、当道場ではやや異色の作品だが(男女の恋愛ものが異色って、あらためて考えると我ながらすごい道場ではあるな) なに、道場主は武芸全般もとい小説全般の達人のつもりである。他の門弟作品と同じように指導させていただこう。

ストーリーは「幼い頃、母に目の前で自殺された過去を持つ少年アキトは、その自殺現場となったマンションの廊下で一人の女性と出会った。その女性、香織と先輩の結婚式で再会したアキトは、お互いに惹かれあっていくのだが……」と、いう感じでいいのだろうか? 正直、どう説明していいものかわからない。
と、いうのも、この小説、物語になりそうな要素はたくさんあるのだが、なにが本筋なのか、読み終わっても定かにならないのだ。

目の前で母に死なれたトラウマ、芸術家気質の父との確執、学校でのいじめ、家のお手伝いさんとのただれた関係、勝手になついてくるいじめられっ子との友情、心に傷をもつ年上の女性との共依存関係……と、物語になりうる要素だけはたくさんあるのだが、なにが中心なのか、読んでも読んでもわからないので、非常にイライラとしてしまうのだ。

まずはいつも通りに門番評を。

「(略)とにかく主人公が可愛くないっ。(略)世を拗ねたいじめられっ子の高校生男子なのに女の子にはモテモテ――という世界に共感できるか否かがこの小説への理解の分水嶺かと。ただ一定の筆力はあるし、作者の書くことへの内的必然も感じられます。(略)B-」(門番M)

「作者はわかっているけど読者に伝わらない独りよがりな部分が多いかな。(略)この手の話は、何をおいても主人公の魅力が読者に伝わらないとまったく説得力がなくなってしまうと思います。(略)すべて不発で終わる感じで、肩すかし。なによりこのラストは安易すぎる。でも三作中一番書きたい「意欲」が伝わってくると思う。(略) B-」(門番H)

これもまた、門番二人の評が一致している。
すなわち「主人公に魅力がない」「書きたいという気持は伝わる」という二点だ。実際、この作品に対する評は、なにを云ってもこの二点に帰結するだろうね。

文章力に関しては、今回の四作の中で一番高いと褒めておこうか。けれども、この程度じゃ決して上手い文とは呼べないよ。なんといっても、いい文章や凝った表現をしようとして肩に力が入りすぎている。
作者自体が「いい文章にしたい」と思っている文章は、絶対にいい文章にはならない。伝えたいことを素直に出したものが「結果的に」いい文章になるのだということを覚えておくべきだろう。
この作品の文章は、がんばりすぎているが、全体にまどろっこしく、意味のないところにまで力が入りすぎていてメリハリに欠け、読んでいて疲れるだけだ。

とは云え、作品のはじめでは顕著であったその固さが、中盤以降、少しづつ取れていっているのがわかるため、これは単なる経験不足であり、今のままでも書きつづけることによって自然に解消されていくだろう。よって、あまり深く気にすることもあるまい。
メール等では年齢性別などになにも触れていなかったが、おそらく香津宮くんはまだ若いのではないかな? 二十代前半、下手すると十代であるやもしれない。
だとすれば、この文章力は育てれば立派な武器となるだろう。焦らずに自分のペースで成長させていけばいい。
きみの場合の問題は、技術ではなく、その心根にある。

率直に聞きたいのだが、なぜこの作品の登場人物はこんなにも主人公に甘いのだね? そこにはなんの理由がある? 主人公の一体どこに、登場人物たちは魅力を感じているのだ。
一人や二人ならば「このキャラはこういう男が趣味のやつなんだ」で済む話だが、登場人物すべてが、この、格別に顔がいい訳でもなく、金があるわけでもなく、人付き合いは悪く、傲慢で他人を見下し、無口で消極的で、スポーツにも芸術分野でも学問でもなんの才能も見せない主人公に甘々なのは、一体なんなのだね?
こんな人間が近くにいたとして、一体誰が好いてくれるのだね? きみはこれが自分ではなくて他人だとして、好きになれるかね?
主人公が自分の投影であり、自己の願望充足であると云ってしまえばそれまでだが、それでは作者しか楽しめまい。

まあ、世には「特になにもしない消極的な男性がなぜかモテモテ」という小説を書きつづけ、日本一のベストセラー作家となり、あわやノーベル文学賞か、という地位にまでのぼりつめている作家が約一名いるわけだが、なにを云うにもあれは上手いし面白いのだから仕方ない(ついでに営業努力がすさまじいのだから売れて当然なのだ)。
そりゃきみが村上春樹クラスに上手いのならば、この道場ではなく新潮社でも紹介しますよ、わたしゃ。

では上手い下手以外の村上春樹との違いはなんなのかと云えば、単純に「読者が主人公に自己投影できるか否か」の差でしかない、と云うことはできる。だがその差はあまりにも大きすぎるのだ。

ではその差はどこから生まれてくるのか?
きみの文章はまだきみの生の声を届けてはいない。きみはこの小説でまだなにとも対決していないからだ。

この小説のどこに、きみの生身がある? 痛々しいきみの生の声があるのだ?
学校に行きたくなくて海辺まで自転車で走っていく? 海辺にはおしゃれな喫茶店があって謎めいた美人のマスターがうまいコーヒーをこっそり入れてくれる? 憧れていた先輩の結婚式で年上の美人に口説かれる?
そんな光景のどこにきみの生身がある?
お手伝いさんと肉体関係になる場面も、その後の香織と付き合うようになるシーンも、いじめっ子の退学騒動も、人生において肝心な「微妙でややこしい部分」をべて都合よくごまかし、洒落た格好のよい、とりすました「物語」の態を装っているこの作品のどこに、きみの生の声があるというのだ。

きみがこの作品でやっていることは、小説を使った言い訳と逃避にすぎない。たしかに、創作というのは多かれ少なかれそういう面を含んでいるのも認めよう。私にとってもそうだ。
だがしかし、私は小説から逃げたことだけはないと胸を張って云おう。自らの小説が「このシーンが必要だ」と要求したとき、それがどれだけ自分の内面を抉ることになろうとも、そこから逃げることだけはしなかった。
それが、小説だからだ。
よいか、それが小説を書くということなのだ。

私には、この小説は作者が逃げているずるい作品にしか見えない。
本来の順番とは違うが、今回、私はきみを三級にしようと思っている。だが経験則から云って、三級にはそこで壁にぶちあたってしまうものが数多くいる。その壁を抜けても、今度は一級の壁にぶちあたるものもいる。

もちろん、きみはまだ技術的にも足りない部分は多いし、そちらを指導していく方が道場主としては容易い。簡単にまとめてしまえば、いらないエピソードを削り、中心に据えたい一点に関係を絞り(おそらく香織との共依存だろう)、主人公の無駄な一人語りを減らして、作品の長さを三分の一に縮めてタイトにまとめなさい、というだけの話だ。

だが今回、あえて先に心根の問題をとりあげたのは、きみが三級の壁にぶち当たるものと一級の壁にぶち当たるもの、双方の特徴を備えていると思ったからだ。
もっと自分の小説と、自分の中にある物語と戦いなさい。この言葉の意味がわかるかな? しかしわからないと、きみはどんなに上手くなってもここから一歩も進めないよ。
「読者はあなたを理解したいと思っている」
これはきみに送るスペシャルワードだ。この言葉の意味をようく考えなさい。
香津宮祐介門弟、三級。次はきみの生の声を聞かせて欲しい。


さて、復活一回目だから妙に力が入り長くなってしまった。小生も残念ながら寄る年波には勝てぬのでいささか疲れてしまったが、次が最後となるのであとひと踏ん張りといくかのう。

では今回最後の投稿作を。
栗本薫四級 『MU・GE・N 総司残照』 ドドンと800枚(!)だ。

この作品は同人誌で発表され、今回、道場主のもとにはその同人誌が届けられたため、残念ながら読者には作品自体をお読みいただくことはできない。そのため、門番の二人にもこの作品に関しては評をもらうことができなかった。
さらに郵送の際の事故か、どうも道場主のもとには上下巻に分かれたうちの下巻しか届かなかったため、実際に読んだのは後半だけだということも栗本くんに云っておかねばならない。
これで評することにはいささかためらいもあったが、なに、読んでみれば上巻のストーリーもわかったことだし、小生ほどにもなれば半分も読めば十分な指導ができるものなのだ。

ではそのストーリーを。
「新撰組の最強剣士、沖田総司は芹沢鴨に輪姦され、土方の指示のもと芹沢を殺し、山南敬介とつきあうが、土方の指示のもと山南を殺し、土方に調教され、土方の留守に武田観柳斎にレイプされ、土方の指示のもと武田を殺し、土方とセックスしまくったが、病気で置いていかれて死にました」以上である。

いやあ、わはははははは、すまん、栗本くん、あまりにも面白いのであけすけに書いてしまった。いやしかし、きみ、これは……わははははははは。いやあ、きみはすごいねえ。あとがきによると「読者をまったく想定しないで書いた」とあるが、なるほど、これは想定されていないわい、それだけは確かだ。わはは。

いやー、小生、この短からぬ人生の間、懐かしのテレビドラマ『燃えよ剣』をはじめ、司馬遼太郎の原作や手塚先生の『新撰組』、ドジ様の『天まであがれ』や渡辺多恵子くんの『風光る』、近年の大河の『新撰組!』まで、小説漫画映画を問わず、数多くの新撰組ものを見てきたものだが、栗本くんの描く土方さんのような、その~、気持ち悪いストーカーな土方さんは初めてお目にかかりましたです、ハイ。

もう、しゃぶれだなめろだ先っぽだと(え? 飴の話ですよ、きっと)直接話法の嵐に、還暦も見えてきてしまった小生はノックダウンされてしまったではないか。いやー、きみはすごいねえ。
そのアレの間にも「愛だ恋だ」と土方さんがしゃべるしゃべる。そうかー、土方さんにもこういう切り口がまだ残されていたかー、と不覚にも感心してしまったよ。どうもあの不器用そうな二枚目の写真が頭にあるせいで、土方さんがこんなにも気持ち悪く(たびたび失礼。でもしかしいやいやこの気持悪さはなかなかクセになりますぞ、なんちて)なるなんて、思いもつかなかったわ~。

武田観柳斎からレイプされるシーンなんて、思わずのけぞってひえーと叫び、本を取り落としてしまったではないか。だって、その、お、お、お菊に、ひ、火掻き棒を、その、い、入れてしまうんですかあ? そしてそそそそそのまま放置してしまうんですかかかかああああ?
ううう、総司くんたら、ずいぶんと頑丈なお菊を持っていらしたのね……新撰組最強は直腸最強だったのね……
……ハッ、思わず遠い目をしてしまった。ううー、こりゃ夢にみるぞい、栗本くん。いたいけな老体をこんな目にあわせおって。ううう。

まあ、その、なんだね。この作品を小説以前と断じるのは容易い。なにせ構成はめちゃくちゃだし(最後で20Pにも渡り、新撰組のその後を説明はじめたときにはそのいらなさ具合に眩暈がしてきた)キャラ設定もぐちゃぐちゃ、それぞれのキャラの描き分けもまったくできていない。
総司が多重人格で男に抱かれるたびに人格が変わる、という設定も笑えてしまううえに、どうにも企画倒れ感が強くて「多重人格ってこういうもんじゃないでしょ」という気持だけが残る。
人斬りのシーンは迫力がないし、せっかくの新撰組ものなのに沖田総司と強姦魔しか出てこないし、ずっとHしてて突然に話が終わるし、エピローグのくだりは表現も内容もダイエードラマか韓流ドラマかといった感じで、安さの大バーゲンセールになっていた。

しかしこう、ここまではちゃめちゃでどうしようもない代物ではあるのだけど、こう、妙にパワーはあるのだよな、きみの作品は。この点に関しては今回投稿してきた他の三人の門弟(特に香津宮三級)に見習ってほしいくらいではある。
そう、全体にきみら三人は「小説というものはこういうもの」みたいな型に、最近風に云うとテンプレにはまり過ぎているのだ。素敵な恋愛はこう、BLはこう、文学はこう、小説はこう……そんな思い込みやテンプレからは「きみだけの作品」は生まれないよ。もっとひどくなってもいいから、一度栗本くんのようにはちゃめちゃな作品を書いてみたらどうかね?

とは云え、だ。
栗本くんのこの作品は、やはり小説としてはとても褒められたものではない。五級に戻るか、あるいは名誉一級に進む(?)か、好きな方を選びたまえ。どうも小生、歳を取りすぎたせいか、きみのようなタイプを指導していく自信がなくなってきたよ。まっとうな小説を書くことがきみにとっての幸せとも思えないしね。


と、いうわけで、四作すべての評が終わったところで今回の道場を終えようと思う。
かつて道場立ち上げの折よりは、ずいぶんとまともな、小説らしい作品が届いており、本来ならばそこは喜ぶべきなのかも知れぬが、どうにもその分、こじんまりとした作品ばかりになってきてしまった。復活と相成った今回の道場も、そういった風潮を如実にあらわすような形になってしまっており、いささか残念である。

広瀬四級、もっと激しい物語を。
千石五級、もっと題材への愛を。
香津宮三級、もっと君の生の声を。
栗本くん……は、いいや、きみはそのままでいなさい。同人誌、楽しいね。

次回の道場まで、それぞれ精進を望む。
そしたまだ見ぬきみ、そう、そこのきみだ。きみの力作も当道場はいつでも待っておるぞ。
道場主は楽しい楽しい自分の小説を書いて待っているぞ。ルンルン。
それでは道場を終える。礼!





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9 コメント

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Unknown (うなぎ)
2009-07-27 11:49:09
お別れ会にむしゃくしゃしてやった。
往年の梓っぽければなんでもよかった。
今は反省している。

投稿した人たちは、うなかじま先生の中の人が「結局デビューできなかった30男」という現実を忘れずに読んでいただきたい所存です。
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面白かった! (hisui)
2009-07-27 14:43:47
お疲れサマー!もー、最初から笑い転げてしまった。全編面白かったです。
投稿者さんたちとうなさんとの、壮大で華麗なコラボ企画になってますね。すごい読み応え。うなかじま先生も、広瀬さん、千石さん、香津宮さんも、(あ、栗本くんも!)こんな楽しいものありがとうございます。力作揃いですごい。
しかし、うなかじま先生は、ほんと中島道場主を愛しているよね……いまさら言うのもなんだけど、今回特にしみじみ感じてしまいました。JUNEの小説道場を楽しみに読んでいたころを思い出してちょっとうるっときた。
栗本門弟の作品を評するへんへーは、実に実に生き生きして容赦がなくて楽しそうだな……(笑)

第二回も楽しみにしてます。
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はじめまして。 (ひだり)
2009-07-27 20:19:07
はじめまして。
けっこう長く栗本さんの小説が好きで先日のお別れの会にも参加したものです。
お別れ会のレポを探しているうちにここにたどり着きました。

小説道場とても面白かったです。すばらしい。
第二回楽しみにしています。
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Unknown (うな)
2009-07-28 02:47:21
>hisuiさん
みんなよくもまあ投稿する気になるものだよね
おれはやだな、なんの結果も出してない素人にこんなボコボコに云われるのw
まあ、うなには小説道場を楽しみにJUNEを読んでた時期とかまるでないわけですが、少しでも当時を思い出すよすがになれば幸いです。
第二回はなにを云うにも投稿作品がだな……当道場はきみの投稿を待って……いや、hisuiさんのはいいやw


>ひだりさん
ども、はじめまして。
レポを探して道場にたどりついちゃうとか、ずいぶんと無茶しやがって……!
ファンの人には悪いが、今後も好き勝手にやらせていただく所存です。
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Unknown (usa)
2009-07-28 04:12:13
おもしろかったー!
大笑いしながら読みました。まさにビタミンラフ。この感動だけで三日くらいは生きていけそうです。
最後の栗本門弟の作品への評を読んでいたら、何故か目から水が…。
第二回目も楽しみにしています。


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Unknown (月ノヒカリ)
2009-07-31 21:02:51
栗本薫くんへの評、大爆笑しながら読ませていただきました!
でもどうせなら、「お前の味」を批評してほしかった。
栗本薫史上空前にして絶後の迷作「お前の味」、これは何を置いても、うなぎ先生の本サイト「栗本薫全著作感想文」の1ページを飾るべきではないでしょうか?

薫の元信者として、そしてうな様ファンとして、「お前の味」の批評を強く求める次第であります。
でも私は読んでないし、今後も一切読むつもりはありませんけど(笑)
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Unknown (のわ)
2009-08-01 11:24:01
オチが、オチが!!!

色々な意味で涙出た。ありがと、うなさん。
とてもおもしろかったです。
これ、出版されないかな?
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Unknown (うな)
2009-08-01 11:39:40
>usaさん
おれは逆に書き終えてからしぱらく生きているのが嫌になったがね!
usaさんを生かすに三日に一度は道場をやらなきゃいかんのか……厳しすぎる……


>月ノヒカリさん

ローデスサーガの二巻持ってないしなー。
だれかくれるなら書いてもいいけど、でもストーリー的には「攻めが獅子心皇帝アキレウスでなければ」別に普通のしょぼやおいだろうから、道場で扱っても面白くないと思うが。

つうか、いちおう元でもファンなら読んでもない作品に対して、他人の評や噂を真に受けて笑いものにするのやめなよ。
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Unknown (うな)
2009-08-01 11:46:18
>のわさん
みんなが栗本門弟に夢中すぎでほかの門弟涙目ってやつだな!
出版は、される可能性が微塵でもあるとお思いか?
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