うな風呂

やる気のない非モテの備忘録

いなくなれ、群青  河野裕  うなぎ

2015年11月13日 | 読書感想
世界のどこにもつながらず、姿を見せない魔女が支配する「階段島」。
気がつけばその階段島にいた僕は、なぜ、どうしてここにやってきたのかわからぬまま、学校に通ってさえいればとりあえず困ることなく暮らせる島で、安定した生活を送っていた。だがその暮らしから三ヶ月、二年前に離別した幼馴染の少女が島にあらわれ、僕の生活は一変する。
「失くしものがわかれば出ていける」という島の真実とはいったいなんなのか――



今作は新潮社がメディアワークス文庫の成功をあからさまに意識して「そのライト文芸?とかいうの?うちもやりますわ」といわんばかりに、雪乃紗衣・竹宮ゆゆこ・谷川流などの文芸臭のあるライトノベル作家を新潮社パワーでぶっこ抜いて2014年に創立した新潮nex文庫の、第一弾作品のひとつ。
この作者はその作家陣ではわりと新し目の人で、正直、この作品まで名前を知らなかった。
が、レーベルや雑誌の創刊時にはすでに名のある作家よりもブレイク前の作家がいい仕事をしてレーベル自体のカラーを決めたりもするもので、新潮nexにとってはどうやら今作がその役割を担いそう。実際に売れているようだし、それに相当するように、ある種のクオリティが高い。
ある種ってなんというか、村上春樹力?
なにせ冒頭から奮ってる。


 どこにもいけないものがある。
 さびついたブランコ、もういない犬の首輪、引き出しの奥の表彰状、博物館に飾られた骨格標本、臆病者の恋心、懐かしい夜空。
 みんな、停滞している。未来に繋がることはなく、思い出の中で、寒さに震えるように身を縮めている。それらは悲しいけれど、同時にささやかな安らぎも持ち合わせている。少なくとも彼らが、なにかに傷つくことはもうない。
 僕の日常も、そんな風でよかった。



思わずバーでナッツでもつまみながら憂いのある横顔で読まなくてはいけないのだろうかと思ってしまう、この美しく繊細な文章。多少のメリハリはあるものの、これが一冊丸々続いているのだから恐れ入る。現実を描きながら、ひどく曖昧で現実みのない世界との距離感も春樹チルドレンという感じだし、その一方で村上春樹の文学臭といけすかなさをかもしだしている「おれセックスはしまくれちゃうんだよね」という意味のわからない自虐風自慢はなく、繊細な童貞臭い世界を描いているのがちがうくらいか。
とにかくこの文章をやりきっているのが凄い。

青春ミステリ、と銘打たれてはいるが、しかしこれはミステリなのか?
いちおう、この階段島とはなんなのか、という大きな謎と、中盤からあらわれる連続落書き魔はだれなのか、という謎があるにはある。
しかし今作はロジックで解決するような作風ではなく、あくまで童話めいた方向へ話の舵を切っている。要するに現実的な解釈を期待すると「なんだそりゃ」といいたくなるようなお話になっている。
現実をベースに書きながら、現実的な解釈がありそうに描きながら、しかし超自然的な方向へ話が展開していく本作を、果たしてミステリと呼んでいいのかどうか……。
今作で描かれているのは、あくまで「若さゆえの痛み」で、そこに共感できるなにかがあるかどうかにすべてがかかっている。

この読書感覚には、非常に覚えがある。
エロゲーだ。泣きゲーだ。
特に泣きゲーブームの本尊であるKEYのスタッフが前身となる会社で作った『ONE』と、エロゲライターの無冠の帝王的な存在である田中ロミオの代表作『CROSS†CHANNEL』を想起させる。(特に『CROSS†CHANNEL』は舞台となる学園の名前が「群青学院」だし、作者はグループSNE所属ということでゲーム界隈の人間でもあるので、実際に意識したオマージュではなかろうか?)

あれらのシナリオから奇矯な美少女キャラとの交流や豊富なギャグシーンを排除し、テーマの核のみを抽出すると、この作品になると思う。
逆をいえは、「シナリオがいい」「泣ける」といわれながら、結局同年代のオタクの共通言語となるにとどまってしまったエロゲーの、一般人に忌避される部分こそがその主人公が大好きな美少女キャラとの交流とやたらと豊富なギャグシーンにあったので「なるほど、こうやって抜いて村上春樹的な雰囲気をまぶすと女性でも読める一般文芸のような素振りができるのか……」と感心してしまった。

なので、パクリだとかそういうつもりはないが、こういうものを一度通ってきているものとして「ああ、あれね」で終わってしまった作品ではあった。あるいは一度通っているからこそ「おお、あれだ!」と喜ぶ人もいるとは思うので一概には否定しないが、僕はね、春樹臭を感じると一歩引くように生まれついてきてしまっているからね……。

いまのところは、文章が好きな人は文章だけで何杯もいける作品だけど、ストーリー自体に魅力があるかというと、さて疑問だなあ。単純にストーリーだけ追うならページ数半分でよかったと思うしね。まあストーリー的に意味なさそうでも読んでてつまらなかったわけじゃないから、いいんだけど、それは文章の力ですなあ。
まあでもシリーズの一作目というこで(三部作らしい)、二作目、三作目でこの童話めいたふわっとした世界になにか自分好みのオチがつくかもしれないので、評価は保留気味に。
とにかく冒頭の文章が気に入った人なら絶対に満足できるし、あれが「なんやこのふにゃちん野郎」と思った人には絶対に合わない作品ですね。ただ作者の文体が繊細なだけというわけではなく、文体が詩的であることそれ自体が設定の中核にある辺りは、見事なものだとは思う。思いついても、実行できる技量がないと納得させられないからね。 

というわけで、ぐだぐだといいながら結局「あ、これ全盛期のエロゲーっぽい」ということ以外なにもいっていない感想なので、すでに買ってある続刊を読んでみます。

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