最近、脳の病気やら死に関する本ばかり読んでいて、
その流れで偶然見つけた絵ですが、久々にガツンときました。
ちょっと、これはすごいな、何も言えんなと思わされた絵です。
こんな圧倒的な力で迫ってくるものに対しては、
ただただ沈黙するのみです。
作者はロンドン在住のウィリアム・ウテルモーレン。
1990年(当時57歳)の時にアルツハイマー病であると診断され、
病と闘いながらも自画像を描き続けたそうです。
1990年の作品(57歳)
アルツハイマーと診断される
1996年の作品(63歳)
この辺りから自分の名前が書けなくなる
1997年の作品(64歳)
1998年の作品(65歳)
1999年の作品(66歳)
2000年の作品(67歳)

私は恥を承知で告白すると、アルツハイマーの患者でも
絵は描けるだろうと思っていました。
彼らはただ何かが(日付・名前・場所)などが覚えられない、あるいは
記憶できないだけであって、もし目の前にリンゴがあれば、
(リンゴと認識できなくても)
その形をなぞることはできるのではないかと思っていました。
(※もちろん病気の程度によると思いますが)
しかし、アルツハイマーの場合、【空間認識力】が低下することがあるらしく、
そうすると、うまく図が描けなかったり、
階段の段差が分からなかったりするそうです。
空間認識ができないというのは、たぶん、奥行き(遠近)や
立体的な(高さ・深さ)などがきちんと掴めない世界・・・。
脳梗塞の本を読んでいたら、空間認識ができなくなると、
世界が平面的に見え、物と物との境目が分かりにくくなるとありました。
例えば、地面に丸い模様があっても、それを穴と認識できないなど。
(凹んでいるいるように見えない、深さが分からない)
そこで想像するのですが、もし空間認識ができない場合、
鏡に映った自分の姿は、本人にどう見えるのでしょうか?
●自分と背景の区別はできるのか?
どこまでが自分で、どこからが背景かという境界の認識はできるのか。
●顔のパーツを見て、目や鼻や口が何を指すのか
分からなくなることもあるのか。
●鏡の中の顔が自分だと分からない場合、それはどういうことなのか。
自分が無くなってしまいそうな気がするけど、無くなる訳ではないのか。
私が自分の名前を忘れ、家族を忘れ、友達を忘れ、故郷を忘れ、
これまでの経験・記憶を一切がっさい綺麗さっぱり忘れても、
わたしはわたしであるのか。
何をもって、わたしはわたしであるのか。
難しくてよく分からない。
これらの自画像の変遷を見ていると、
きっと彼の見ている世界は、私たちが見ているものの見え方とは
大きく異なっているのだろうと思いました。
彼のアルツハイマーという病気の如何に関わらず、
(病気であるがゆえにより一層、という意味ではなく)
私はこの絵が単純に素直に好きです。
最後の絵などは特に。
※ウィリアム・ウテルモーレンについての詳細は、
エリオット・アキラさんという方のブログが分かりやすいです。
画像などはこちらのサイトからお借りしましたm(_ _)m
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虚無に飲み込まれた画家