平成21年10月18日(日)
辻山2,584.7m、大崖頭山2,186.1m、高谷山1,842.1m
秋も本番、高い山々の雪便りも聞こえてくる。根雪になる前に、晩秋(まだ早いとは思うが)のアルプスを楽しみたい。今年は紅葉が早い?という情報だったが、少なくともぼくがこの秋に登った山では、まだ最盛期と言うほどでは無かった。
アルプスと言っても、日帰りで楽しめ、雪がまだやって来ない程度の山…その上、まだ登っていない山ということで思い浮かんだのは、鳳凰三山の下の辻山と大崖頭(おおがれあたま)山だった。鳳凰三山は2回登って居るが、2回とも御座石鉱泉と青木鉱泉からで、この山のもう一つのメイン登山口である夜叉神峠からは登っていない。だから、そのコースの中程にある辻山と大崖頭山には登っていない。
辻山は2500mを越えている立派にアルプスの山と言って良い?山だろう。天気が良ければ、白峰三山の展望台として、最も秀逸な眺めが得られる所であろうことは位置からして間違いない。山頂が縦走路からちょっと外れているから、人もそう多くはない様だ。もう一つの、大崖頭山は山頂(最高点)の脇を縦走路がかすめているが、そこへの道はない。三角点があるピークは最高点から更に数百㍍離れているから、ここは全くヒトケなんか無さそうだ。ポピュラーコースにあっても、静かな山が楽しめそうな所と思われた。
土曜の夜に家を出た。南アルプスの北部、山梨だから秩父から雁坂トンネルを抜けて行く方が距離は近そうだが、今回は長野(佐久)を経由して清里から韮崎に出て南アルプス市へ向かうルートを試してみた。結果的にはこっちの方が早かった。有料トンネルの料金も節約できたし、都市部を抜けないので時間的には早いのだった。8時過ぎに家を出て、12時ちょっと過ぎに夜叉神峠登山口の駐車場に着いてしまった(4時間ちょっと)。シーズン中は60台程の道路脇駐車スペースは競争率も高く、なかなか停められない様だが、夜中とはいえ大分空き空きだった。
その昔、広河原まではマイカーも入れたハズだが、現在はここが一般車の終点でゲートから先の南アルプス林道はバスなどの許可車両のみしか入れない。長野県側は開通が遅く(スーパー林道)、当初からバスのみの通行だった。バス停前の、登山口に一番近いところに車を停めシュラフに潜った。翌朝は5時に起きて5時半出発としてアラームをセットした。
目が覚めたら、アラームが鳴る5分前。まだ眠いし、暗くてもう少し眠ることにして、5時半にセットし直して、またシュラフを被る。今度はバスのエンジン音で目が覚めた。直ぐ隣に広河原行きの始発バスが停まっていた。広河原に向かうバスには3人くらいしか人が乗っていない。もぞもぞとシュラフから出て、支度を始めた。もう5時半だった。支度をしている人の姿も見るが、日曜とは思えないほど人も疎らだ。相変わらず駐車スペースには大分余裕があった。
パンを食べて、5時50分に登山口から夜叉峠への道を登っていく。入り口には案内標識や登山カード入れやら、なにやら賑やかだった。『皇太子殿下御登山記念碑』なるものまであるのだった。
夜叉神峠への道は幅も広く、遊歩道の様な歩き易さだった。傾斜も緩く付けられ、お散歩気分で登っていく。笹の下生えの落葉松の植林には、気持ちの良い朝日が差し込み、真っ青な青空が広がっているのが分かる。6時45分に高谷山分岐(本来の夜叉峠)に着く。そこから直ぐ上が夜叉神峠小屋がある広場だった。6時49分夜叉峠小屋着。
朝日を浴びた白峰三山がずらり…と言うハズだったが、真っ青に晴れ渡った空に雲の蓋を載せた白峰三山がそこにあった。雲の縁には雪を被った山稜が覗いていた。昨夜降雪し、その雪雲がまだ乗っかっているようだ。そのうちには取れるだろう(辻山に着く頃?)。夜叉小屋の入り口はガラス戸で中が丸見え。その中では何人かの人が朝食の真っ最中のようだった。一番端に座っているおじさんと目があって、思わず挨拶してしまった。おじさんも、茶碗を持ったままお辞儀をした。
景色も今ひとつなので、そのまま夜叉神峠は通過して、紅葉パッチの大崖頭山(目の前に高く聳えている)に向かう。常緑樹に混じって点々と紅葉した大きな山体の南側には、名前のとおり大きな崩壊薙ぎが口を開けている。今日の登りは、概ねこの山を登る事にあると言っても良い。大崖頭山の最高地点下にある杖立峠まで、夜叉峠から標高差約400㍍だった。登山口から夜叉神峠まで約400㍍、夜叉神峠から杖立峠まで約400㍍、杖立峠から辻山まで約400㍍、の合わせて1200㍍が今日の登りの全て。
振り返ると、夜叉神峠の向こうにピラミダルな高谷山がつんと突きだしていた。夜叉峠小屋の広場から先は、大崖頭山を樹林越しに見上げる下りになる。下りきった鞍部から今度は杖立峠まで、コメツガの深い樹林に包まれた急な尾根を登る。登山道は、概ね尾根稜の西側に付けられ尾根筋を登らない。所々二重山稜になって、ひたすら登る。シラビソが出てくると、少し明るい雰囲気に変わる。西側は樹林越しに白峰三山が見えて居るが、すっきりと見える所はほとんど無い。いつの間にか雪雲も霧散し、すっかり晴れた青空の下、雪でうっすらと白い三山がくっきりと見えるのだが、もどかしいくらいの藪越しの眺めだった。
シカの遠音が、森閑とした原生林の奥からもの悲しく響く。大変歩きやすい道だが、単調な登りに少し飽きてくる頃、8時14分に薄暗い杖立峠に着いた。鉄パイプを櫓状に積み上げたモニュメントがあり、『南アルプス国立公園 杖立峠 苺平←→夜叉峠』と書かれた看板が付けられている。杖立峠から直ぐ上に向かっている高みが大崖頭山の最高地点で、三角点は更に最高地点の数百㍍先の小山にある。ちょっと見た所では、藪も全くなく薄い踏跡が付いている様だった。ここは帰りに往復することにして、直ぐに峠から急な下りに掛かる。薬師岳方面から下ってくる人とすれ違うが、全体に人は少ない。
下りきると直ぐに辻山との鞍部で、緩く上り返すと黄葉した落葉松とダケカンバに囲まれた平坦地に出た。時刻は8時42分。ここで一気に眺めが広がり、西に白峰三山の大展望が現れる。ここにも鉄パイプのモニュメントが建ち、最高のお休み場所。ということで、小休止。今は草原が広がるここも、元々は樹林に覆われていたようで、あちこちに枯れて白化した木の株が見られる。木々が倒れてそうなったものか?山火事でもあったのか?切り倒したものなのかは不明だが、素晴らしい展望地点だった。白化した枯れ木の株は、切断面があるものと、そうでないものが見られる。パイプのモニュメントの前にザックを置いて、素晴らしい白峰三山の光景をカメラに納めた。おむすびを食べて、しばし休憩した。少しすると、間隔をおいて後続の男女の単独ハイカーが相次いでやってきた。
ダケカンバは、ほぼ葉を落としているが、落葉松は美しく黄葉している。三段染めの白峰三山と、黄金色に輝く落葉松と赤いカエデ、背景は紺碧の空。深まりゆく秋の最良の景色がここにあった。行く手には錦秋のなだらかな辻山の稜線も近く、ここにある案内標識に依れば、苺平(辻山)まであと40分ということだ。
9時20分に辻山に向かって登り出す。落葉松の黄金色に包まれた緩い登りは気持ちよく、振り返ると、雪を頂いた富士山がうっすらと神々しく聳えていた。南には櫛形山や白峰南嶺の山並と、遠く笊ヶ岳がシルエットになっていた。間もなく、シラビソの苔むした明るい原生林の小径となり、分岐地点に出た。『火の用心』と赤字で書かれた看板が落ちている。そこは、大馴鹿峠を経由して千頭星山に続く道の分岐だった。千頭星山は、その昔甘利山を経て登った事があるが、落葉松に囲まれた寂峰だった思い出がある。今はここから、辻山との鞍部である大馴鹿峠を経由する道が既に一般コースになっている様だ。
大馴鹿峠分岐の先が苺平だった。9時53分に苺平着。苺平という名前から想像していたのとは違って、ここは平坦な樹林帯の一角だ。消えかけた文字で、辻山を指し示す小さな標識が枯れたシラビソの幹に付けられている。薄い踏跡を緩く辿る。所々不鮮明な箇所もあるが、斜めに上っていく道は次第に鮮明になり、ぽっかりと木々の間に空いた空間に出ると、赤ペンキで文字をなぞられた三等三角点があった。何の変哲もない樹林の中が辻山山頂だった。10時9分に辻山着。
三角点がある山頂から少しシラビソを分けて進むと、北の外れは木々の無い裸地で広い平坦地に出る。白峰三山が再び大展望。薬師岳が直ぐ北に高く、その向こうに早川尾根の高嶺等のピークが見えた。薬師岳に隠れて観音岳や地蔵岳はここから見えなかった。野呂川の谷を挟んで、アサヨ峰の向かいには仙丈ヶ岳も姿を現した。カメラを持つ手がブレないようにホールドするのが大変な程、風が強く寒かった。鳳凰三山に至近であるが、この山の岩は花崗岩ではない。足元にははがれ易そうな赤っぽい頁岩がごろごろしていた。見上げる薬師岳の直ぐ下、特徴ある砂払岳は白い花崗岩の塊だ。
裸地にいると風が強くて寒いので、ハイマツやシャクナゲに囲まれた窪みに座って荷物を下ろした。そこで、湯を沸かしてカップラーメンを食べる。寒いからとても旨かった。辻山はこんなに見晴らしが良いのに、誰一人居ない。全くの静寂境。ポピュラーコースといえども、縦走路からちょっと外れただけで、こうして静かな山が楽しめる。しばらく写真を撮ったりして、見飽きない展望を満喫。11時6分に辻山から引き返す。
主稜の縦走路分岐まで降りると、そこには数人のパーティーが休んでいた。緩やかな下りを戻り、聳え立った富士山を見ながら辻山と杖立峠の鞍部に降りた。すっかり上部の雪も消え、秋の彩りに満ちた白峰三山や南ア南部の展望を再び目に焼き付け、上り返して樹林に暗い杖立峠に12時20分に着いた。ここでも数人のハイカーがのんびりと休んでいる。
杖立峠からシラビソの根が露出した藪のない急斜面を登り上げると、そこが大崖頭山の最高地点で、頂上を示すものは何もない樹林の中だった。一応GPSで三角点までの方角を確かめながら、東方向に下って平坦なシラビソの森に降りた。ヒトケの無い静寂に満ちた森で、倒木を巻いたり跨いだりして先に見える小山を目指す。最高点から先は全く踏跡も見られないが、その小山との鞍部の平坦な森で、唐突に錆びて読みにくくなった鳥獣保護区の看板に出くわした。人もやって来ないこんな場所に、果たしてこれが必要なのだろうか?設置した意図は知れない。
小山には全く藪は無い。登り上げると、びっしりと密生した細いシラビソに囲まれた狭い空間に、大崖頭山の三等三角点が苔に包まれてひっそりと鎮座していた。後ろの細いシラビソの木には、全く文字が消えてしまった木製のプレートが付けられていた。『大崖頭山』と黒いペンキ文字が書かれていたことがどうにか判別できる。12時51分に大崖頭山三角点に到着。さすがに、ここまでやってくる人も稀なのだろう。三角点の上に腰掛け、ヒトケのない奥山にいる満足感に浸った。13時19分に三角点ピークを下って杖立峠まで戻り、夜叉峠小屋まで下った。午後の陽は既に傾き、一年で最も日の短い季節だから夕方近い雰囲気になっている。
14時14分に夜叉峠小屋着。高谷山が笹の上に突き立って見えている。小屋には人の気配が無かった。少し霞んできた白峰三山の大展望を横目に、夜叉神峠までそのまま下った。登山口分岐から高谷山に向かう。分岐にある標識には20分と書いてあるが、もっと掛かりそうに遠く見える。しかし、ミズナラ・シラカバ・ブナが混交した気持ちの良い稜線を、大した登りもなく14時37分に高谷山の山頂に着いた。20分も掛からなかった。
高谷山の山頂は木々に囲まれ展望は無い。一段下りた所から、窓が開いた様に木々の切れ目があり、北岳と間ノ岳が見えた。頂上には芦安村(当時)が立てた『南アルプス国立公園・高谷山』と書かれた大きな山頂名看板と三等三角点があった。ここでまた湯を沸かしてコーヒーブレイク。歩き疲れるでもない、歩き足りないでもない、程々の今日のハイキング。秋のアルプスの展望を楽しむ静かな山歩きだった。14時59分に高谷山を下って、そのまま分岐から夜叉神峠登山口に降りた。分岐付近で2人のハイカーとすれちがった。
15時44分に夜叉峠登山口に降り立つ。ちょうど最終のバスが発車するところだった。乗客も疎ら、駐車してある車も疎らで、ここも静かだった。
帰りは芦安温泉にある、南アルプス市営『南アルプス温泉ロッジ』のお風呂も兼ねている白峰会館の温泉に入浴して帰路につく。温泉は掛け流しということだが、やや狭く、露天風呂もない。直ぐ下にあった金山沢温泉の方が良かったみたい。比較的空いた復路は順調に走れ、10時前に家に帰れた。これで、今年のアルプスは終了だろうか?
辻山2,584.7m、大崖頭山2,186.1m、高谷山1,842.1m
秋も本番、高い山々の雪便りも聞こえてくる。根雪になる前に、晩秋(まだ早いとは思うが)のアルプスを楽しみたい。今年は紅葉が早い?という情報だったが、少なくともぼくがこの秋に登った山では、まだ最盛期と言うほどでは無かった。
アルプスと言っても、日帰りで楽しめ、雪がまだやって来ない程度の山…その上、まだ登っていない山ということで思い浮かんだのは、鳳凰三山の下の辻山と大崖頭(おおがれあたま)山だった。鳳凰三山は2回登って居るが、2回とも御座石鉱泉と青木鉱泉からで、この山のもう一つのメイン登山口である夜叉神峠からは登っていない。だから、そのコースの中程にある辻山と大崖頭山には登っていない。
辻山は2500mを越えている立派にアルプスの山と言って良い?山だろう。天気が良ければ、白峰三山の展望台として、最も秀逸な眺めが得られる所であろうことは位置からして間違いない。山頂が縦走路からちょっと外れているから、人もそう多くはない様だ。もう一つの、大崖頭山は山頂(最高点)の脇を縦走路がかすめているが、そこへの道はない。三角点があるピークは最高点から更に数百㍍離れているから、ここは全くヒトケなんか無さそうだ。ポピュラーコースにあっても、静かな山が楽しめそうな所と思われた。
土曜の夜に家を出た。南アルプスの北部、山梨だから秩父から雁坂トンネルを抜けて行く方が距離は近そうだが、今回は長野(佐久)を経由して清里から韮崎に出て南アルプス市へ向かうルートを試してみた。結果的にはこっちの方が早かった。有料トンネルの料金も節約できたし、都市部を抜けないので時間的には早いのだった。8時過ぎに家を出て、12時ちょっと過ぎに夜叉神峠登山口の駐車場に着いてしまった(4時間ちょっと)。シーズン中は60台程の道路脇駐車スペースは競争率も高く、なかなか停められない様だが、夜中とはいえ大分空き空きだった。
その昔、広河原まではマイカーも入れたハズだが、現在はここが一般車の終点でゲートから先の南アルプス林道はバスなどの許可車両のみしか入れない。長野県側は開通が遅く(スーパー林道)、当初からバスのみの通行だった。バス停前の、登山口に一番近いところに車を停めシュラフに潜った。翌朝は5時に起きて5時半出発としてアラームをセットした。
目が覚めたら、アラームが鳴る5分前。まだ眠いし、暗くてもう少し眠ることにして、5時半にセットし直して、またシュラフを被る。今度はバスのエンジン音で目が覚めた。直ぐ隣に広河原行きの始発バスが停まっていた。広河原に向かうバスには3人くらいしか人が乗っていない。もぞもぞとシュラフから出て、支度を始めた。もう5時半だった。支度をしている人の姿も見るが、日曜とは思えないほど人も疎らだ。相変わらず駐車スペースには大分余裕があった。
パンを食べて、5時50分に登山口から夜叉峠への道を登っていく。入り口には案内標識や登山カード入れやら、なにやら賑やかだった。『皇太子殿下御登山記念碑』なるものまであるのだった。
夜叉神峠への道は幅も広く、遊歩道の様な歩き易さだった。傾斜も緩く付けられ、お散歩気分で登っていく。笹の下生えの落葉松の植林には、気持ちの良い朝日が差し込み、真っ青な青空が広がっているのが分かる。6時45分に高谷山分岐(本来の夜叉峠)に着く。そこから直ぐ上が夜叉神峠小屋がある広場だった。6時49分夜叉峠小屋着。
朝日を浴びた白峰三山がずらり…と言うハズだったが、真っ青に晴れ渡った空に雲の蓋を載せた白峰三山がそこにあった。雲の縁には雪を被った山稜が覗いていた。昨夜降雪し、その雪雲がまだ乗っかっているようだ。そのうちには取れるだろう(辻山に着く頃?)。夜叉小屋の入り口はガラス戸で中が丸見え。その中では何人かの人が朝食の真っ最中のようだった。一番端に座っているおじさんと目があって、思わず挨拶してしまった。おじさんも、茶碗を持ったままお辞儀をした。
景色も今ひとつなので、そのまま夜叉神峠は通過して、紅葉パッチの大崖頭山(目の前に高く聳えている)に向かう。常緑樹に混じって点々と紅葉した大きな山体の南側には、名前のとおり大きな崩壊薙ぎが口を開けている。今日の登りは、概ねこの山を登る事にあると言っても良い。大崖頭山の最高地点下にある杖立峠まで、夜叉峠から標高差約400㍍だった。登山口から夜叉神峠まで約400㍍、夜叉神峠から杖立峠まで約400㍍、杖立峠から辻山まで約400㍍、の合わせて1200㍍が今日の登りの全て。
振り返ると、夜叉神峠の向こうにピラミダルな高谷山がつんと突きだしていた。夜叉峠小屋の広場から先は、大崖頭山を樹林越しに見上げる下りになる。下りきった鞍部から今度は杖立峠まで、コメツガの深い樹林に包まれた急な尾根を登る。登山道は、概ね尾根稜の西側に付けられ尾根筋を登らない。所々二重山稜になって、ひたすら登る。シラビソが出てくると、少し明るい雰囲気に変わる。西側は樹林越しに白峰三山が見えて居るが、すっきりと見える所はほとんど無い。いつの間にか雪雲も霧散し、すっかり晴れた青空の下、雪でうっすらと白い三山がくっきりと見えるのだが、もどかしいくらいの藪越しの眺めだった。
シカの遠音が、森閑とした原生林の奥からもの悲しく響く。大変歩きやすい道だが、単調な登りに少し飽きてくる頃、8時14分に薄暗い杖立峠に着いた。鉄パイプを櫓状に積み上げたモニュメントがあり、『南アルプス国立公園 杖立峠 苺平←→夜叉峠』と書かれた看板が付けられている。杖立峠から直ぐ上に向かっている高みが大崖頭山の最高地点で、三角点は更に最高地点の数百㍍先の小山にある。ちょっと見た所では、藪も全くなく薄い踏跡が付いている様だった。ここは帰りに往復することにして、直ぐに峠から急な下りに掛かる。薬師岳方面から下ってくる人とすれ違うが、全体に人は少ない。
下りきると直ぐに辻山との鞍部で、緩く上り返すと黄葉した落葉松とダケカンバに囲まれた平坦地に出た。時刻は8時42分。ここで一気に眺めが広がり、西に白峰三山の大展望が現れる。ここにも鉄パイプのモニュメントが建ち、最高のお休み場所。ということで、小休止。今は草原が広がるここも、元々は樹林に覆われていたようで、あちこちに枯れて白化した木の株が見られる。木々が倒れてそうなったものか?山火事でもあったのか?切り倒したものなのかは不明だが、素晴らしい展望地点だった。白化した枯れ木の株は、切断面があるものと、そうでないものが見られる。パイプのモニュメントの前にザックを置いて、素晴らしい白峰三山の光景をカメラに納めた。おむすびを食べて、しばし休憩した。少しすると、間隔をおいて後続の男女の単独ハイカーが相次いでやってきた。
ダケカンバは、ほぼ葉を落としているが、落葉松は美しく黄葉している。三段染めの白峰三山と、黄金色に輝く落葉松と赤いカエデ、背景は紺碧の空。深まりゆく秋の最良の景色がここにあった。行く手には錦秋のなだらかな辻山の稜線も近く、ここにある案内標識に依れば、苺平(辻山)まであと40分ということだ。
9時20分に辻山に向かって登り出す。落葉松の黄金色に包まれた緩い登りは気持ちよく、振り返ると、雪を頂いた富士山がうっすらと神々しく聳えていた。南には櫛形山や白峰南嶺の山並と、遠く笊ヶ岳がシルエットになっていた。間もなく、シラビソの苔むした明るい原生林の小径となり、分岐地点に出た。『火の用心』と赤字で書かれた看板が落ちている。そこは、大馴鹿峠を経由して千頭星山に続く道の分岐だった。千頭星山は、その昔甘利山を経て登った事があるが、落葉松に囲まれた寂峰だった思い出がある。今はここから、辻山との鞍部である大馴鹿峠を経由する道が既に一般コースになっている様だ。
大馴鹿峠分岐の先が苺平だった。9時53分に苺平着。苺平という名前から想像していたのとは違って、ここは平坦な樹林帯の一角だ。消えかけた文字で、辻山を指し示す小さな標識が枯れたシラビソの幹に付けられている。薄い踏跡を緩く辿る。所々不鮮明な箇所もあるが、斜めに上っていく道は次第に鮮明になり、ぽっかりと木々の間に空いた空間に出ると、赤ペンキで文字をなぞられた三等三角点があった。何の変哲もない樹林の中が辻山山頂だった。10時9分に辻山着。
三角点がある山頂から少しシラビソを分けて進むと、北の外れは木々の無い裸地で広い平坦地に出る。白峰三山が再び大展望。薬師岳が直ぐ北に高く、その向こうに早川尾根の高嶺等のピークが見えた。薬師岳に隠れて観音岳や地蔵岳はここから見えなかった。野呂川の谷を挟んで、アサヨ峰の向かいには仙丈ヶ岳も姿を現した。カメラを持つ手がブレないようにホールドするのが大変な程、風が強く寒かった。鳳凰三山に至近であるが、この山の岩は花崗岩ではない。足元にははがれ易そうな赤っぽい頁岩がごろごろしていた。見上げる薬師岳の直ぐ下、特徴ある砂払岳は白い花崗岩の塊だ。
裸地にいると風が強くて寒いので、ハイマツやシャクナゲに囲まれた窪みに座って荷物を下ろした。そこで、湯を沸かしてカップラーメンを食べる。寒いからとても旨かった。辻山はこんなに見晴らしが良いのに、誰一人居ない。全くの静寂境。ポピュラーコースといえども、縦走路からちょっと外れただけで、こうして静かな山が楽しめる。しばらく写真を撮ったりして、見飽きない展望を満喫。11時6分に辻山から引き返す。
主稜の縦走路分岐まで降りると、そこには数人のパーティーが休んでいた。緩やかな下りを戻り、聳え立った富士山を見ながら辻山と杖立峠の鞍部に降りた。すっかり上部の雪も消え、秋の彩りに満ちた白峰三山や南ア南部の展望を再び目に焼き付け、上り返して樹林に暗い杖立峠に12時20分に着いた。ここでも数人のハイカーがのんびりと休んでいる。
杖立峠からシラビソの根が露出した藪のない急斜面を登り上げると、そこが大崖頭山の最高地点で、頂上を示すものは何もない樹林の中だった。一応GPSで三角点までの方角を確かめながら、東方向に下って平坦なシラビソの森に降りた。ヒトケの無い静寂に満ちた森で、倒木を巻いたり跨いだりして先に見える小山を目指す。最高点から先は全く踏跡も見られないが、その小山との鞍部の平坦な森で、唐突に錆びて読みにくくなった鳥獣保護区の看板に出くわした。人もやって来ないこんな場所に、果たしてこれが必要なのだろうか?設置した意図は知れない。
小山には全く藪は無い。登り上げると、びっしりと密生した細いシラビソに囲まれた狭い空間に、大崖頭山の三等三角点が苔に包まれてひっそりと鎮座していた。後ろの細いシラビソの木には、全く文字が消えてしまった木製のプレートが付けられていた。『大崖頭山』と黒いペンキ文字が書かれていたことがどうにか判別できる。12時51分に大崖頭山三角点に到着。さすがに、ここまでやってくる人も稀なのだろう。三角点の上に腰掛け、ヒトケのない奥山にいる満足感に浸った。13時19分に三角点ピークを下って杖立峠まで戻り、夜叉峠小屋まで下った。午後の陽は既に傾き、一年で最も日の短い季節だから夕方近い雰囲気になっている。
14時14分に夜叉峠小屋着。高谷山が笹の上に突き立って見えている。小屋には人の気配が無かった。少し霞んできた白峰三山の大展望を横目に、夜叉神峠までそのまま下った。登山口分岐から高谷山に向かう。分岐にある標識には20分と書いてあるが、もっと掛かりそうに遠く見える。しかし、ミズナラ・シラカバ・ブナが混交した気持ちの良い稜線を、大した登りもなく14時37分に高谷山の山頂に着いた。20分も掛からなかった。
高谷山の山頂は木々に囲まれ展望は無い。一段下りた所から、窓が開いた様に木々の切れ目があり、北岳と間ノ岳が見えた。頂上には芦安村(当時)が立てた『南アルプス国立公園・高谷山』と書かれた大きな山頂名看板と三等三角点があった。ここでまた湯を沸かしてコーヒーブレイク。歩き疲れるでもない、歩き足りないでもない、程々の今日のハイキング。秋のアルプスの展望を楽しむ静かな山歩きだった。14時59分に高谷山を下って、そのまま分岐から夜叉神峠登山口に降りた。分岐付近で2人のハイカーとすれちがった。
15時44分に夜叉峠登山口に降り立つ。ちょうど最終のバスが発車するところだった。乗客も疎ら、駐車してある車も疎らで、ここも静かだった。
帰りは芦安温泉にある、南アルプス市営『南アルプス温泉ロッジ』のお風呂も兼ねている白峰会館の温泉に入浴して帰路につく。温泉は掛け流しということだが、やや狭く、露天風呂もない。直ぐ下にあった金山沢温泉の方が良かったみたい。比較的空いた復路は順調に走れ、10時前に家に帰れた。これで、今年のアルプスは終了だろうか?
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