Cosmos Factory

伊那谷の境界域から見えること、思ったことを遺します

“イワタバコ”咲く

2015-07-21 23:43:01 | 自然から学ぶ

 

 泰阜村の左京川の谷から取水している水路は、延々と山腹を引かれて田本まで導水されている。30年も前のこと、この水路を下流から延々と歩いて入ったことがあったが、当時は山に生えている木々も、そう大きくはなく、炎天下にさらされていた記憶がある。ところが30年も経てばそうした木々も大きくなり、今は山腹にある水路のほとんどの区間は木々に覆われて日陰となる。そうした環境変化がもたらせたものかどうかは解らないが、久しぶりに歩いた水路脇に、たくさんのイワタバコの株を見ることができた。

 イワタバコとはイワタバコ科の多年草で、湿った岩壁に着生すると言われる。近ごろ発刊された『信州身近な草花妙』(長野県自然教育研究会)の中で堤久氏も次のようにイワタバコの生育環境を記している。「道を横切る小さな渓谷の崖で「イワタバコ」の花を見つける。水の滴る薄暗い岩壁で、ひっそりと咲いているイワタバコの小さな紅紫色の花」と。「薄暗い」、そして「岩壁」というのがこの花のキーワードとも言えそうだ。そういう意味では、かつて歩いた水路伝いの管理道は、陽がよく当たっていたと記憶するから薄暗くはなかったと言えそうだ。木々が大きくなった今も、「薄暗い」というほどではなく、そこそこの日差しによって明るい樹林下といったところ。針葉樹の多いところでは確かに薄暗さはあるが、延々と歩く水路伝いにそんな環境下はわずかだ。かつての炎天下だった、という印象はけして印象だけではなく、事実だったと断言できる。したがってかつて歩いた水路伝いにイワタバコが咲いていた可能性は低いのかもしれない。そして今その姿を盛んに見せてくれている環境は、「岩壁」というよりは「コンクリート壁」がほとんどだ。おそらく崩落してしまったところを土留工としてブロック積によって復旧した壁面に、それは咲いているのである。歩いていて最初に気がついたのも、コンクリートブロック積の壁面だった。その後注意深く歩いてみると、この水路沿線にはたくさんイワタバコが咲いている。そして多くは同じようにコンクリートブロック積の壁面なのである。ようは自然の岩壁ではなく、人工的な工作物の上に根を張っているのである。意外に強い種とも言えそうだ。人工的工作物の上に咲くものといえば、ツメレンゲもそうだ。まさに岩壁と類似した環境に、コンクリートブロック積面があるといえるのだろう。

 イワタバコは長野県内ではとくに希少種として指定されてはいない。しかし、それほど見られる植物でもなく、希少植物の指定を受けているものよりむしろ見慣れない種かもしれない。全国では7県において指定されており、隣の新潟県では絶滅危惧Ⅰ類だという。堤久氏によると、伊那谷では北上するに従い減少し、松川町小渋川付近が分布限界だという。今回見つけたイワタバコは、ほとんどが足元のブロック積の壁面に咲いていた。したがって上から見ると花をわたしの方には向けずに、そのほとんどは垂れて下を向いている。この点についても堤久氏は「岩上にあるものは直立して咲くが、急な崖にあるものは垂れ下がって咲く」と記している。まさにその通りなのである。もうひとつ堤氏は興味深いことを記している。「花をつけないうちに柔らかい葉を爪で切り取る。これをアク抜きしてから、薄く衣を付けてそのまま天ぷらに、軽く塩茹でしてさらして味噌和え、胡椒和え、おひたしなど、いろいろな料理にして楽しめる」と。タバコの葉に似ているところから「岩煙草」と言われるようになったと言う。タバコの代用はできないが、食べられるというところがいい。


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