Cosmos Factory

伊那谷の境界域から見えること、思ったことを遺します

大堤

2007-09-06 12:13:46 | 自然から学ぶ


 いつもとは違うため池の様子をうかがってみようと、近在のため池を2万5千分の1の地図でめぼしをつけて回ってみた。とはいっても午後のいっときに回ったものだから、数はわずかだ。国土地理院の2万5千分の1の地図で、池らしきものを頼りにすれば、おおかたのため池は確実に捉えることができる。この地図に載っていないようなものは、個人の池くらいで、かなり小さなものでもため池らしきものは載っているからたいしたものだ。

 中川村のうち南側の方の地図を眺めて、ため池らしきものを目指す。柳沢から葛島にかけての三つのため池は、わたしにとってはちょっと変わった印象がある。なぜかといえば、それぞれが尾根の突端のような所に位置していて、その上流側に水田地帯が開ける。ようは水田地帯の末端のようなところにため池が存在するのだ。一般的にため池は、水の便が悪いから造られる。だから水をためやすい小さな沢や洞を利用して造られている。したがって比較的沢の中のような所にあって、水田地帯の上流側にある。場合によっては人目にはあまりつかないような所に立地する。ここのため池のように水田地帯の下流にあるなんていうことは滅多にない。下にあっては水が利用できないからだ。なぜ水田地帯の下にあるかというと、その尾根の突端から段丘を一つ下ったところに展開する水田地帯を潤すためにこのため池はある。もっとも上段の柳沢の集落にあるため池も、次にある山郷のため池も、そして末端にある八つ手のため池もそれぞれ下段の水田地帯を潤す。そうはいっても普通は、突端のようなところには造らないと思うのだが、どういう思想があったのだろう。

 さて、葛島から三共に入ると、間柱というところの常泉寺の前に細長いいびつなため池がある。〝大堤〟というが、それほど大きな堤ではない。誰が見ても中途半端な印象を受けるかもしれない。実はこのため池は完成品ではない。その由来について、わたしが聞いた話は次のようなものである。


 町(現在の中川村大草沖町)に酒屋をやっていたオヤカタがいた。このオヤカタは大堤を作ろうとして、半分ほど作ったところで酒がうまくできないようになってしまった。オヤカタの座敷に太い蛇がいたという。この蛇が大きい酒だるの縁に半分ばかりのぼっていた。主はそれを知っていたかわからないが、酒蔵にいた若い衆がこれはまずいものがおるといって、なぎなたをもってきてその蛇を切ってしまったという。そうしたらそれから酒が腐ってしまってできんようになってしまった。
 堤は作りかけ、酒はできんわで困ってしまい、この土地を売りに出した。それを買った人たちはシンショウをこしらえたという。オヤカタはここにおっては生活にならんといって、天竜川をくだったところの金野(現在の泰阜村金野)というところに行った。そこで土地を売った銭を持っていってやっと生活が成り立ち、そこの人たちに評判が良くてたちまち偉くなったという。
 仲林に行者さまがあって、背中に鬼子母神を背負っている。鬼子母神さまがたいした神様で、その行者さんをオヤカタがいっさい面倒をみていた。行者さんも一人じゃなく、子分を三人ほどつれていた。その行者が、オヤカタがしおくりしたんだと言い伝えてくれといっていたという。最後には塚の下に石の像をつくって、そこにあぐらをかいて、金の鬼子母神を背負って、七日七朝チンチンたたいて、鉦がならんようになったら穴をふさいでくれといった。家来たちも腹を切ったりしてそこで死んでしまった。今でもお祭りを地区でやっている。大堤はオヤカタが半分まで作ったが、そのあとオヤカタの土地を買った人が縮めて作った。


 というものである。ここは間柱平(まぱしらだいら)と言われる。このため池から西に広がる水田地帯は、天竜川の東岸にしては見事に広がる。かつては水に苦労した地域なのだが、大きな災害だった昭和36年災害以降に、遠く四徳川より導水がされ、こうした水田地帯が広がるようになった。この大堤には、水位の目安となる棒が立てられている。この棒より水位が下がると田の水が足りなくなると言い、水の取水量を調整するようになる。冒頭の写真はそんな大堤の現在だ。点々と木の棒が並んでいるその先の池の中ほどに、ぽつんと木の杭らしきものの頭だけが見えている。これが水位の目安とされる棒で、堤の中ほどに2本ある。堤体の上に小さな祠がある。水神様なのか、それともこの堤を造ろうとしたオヤカタ様の関係の遺物か定かではないが、堤の上に祠が立っているというケースは少ない。意味ありげな堤だとわかるだろう。

 この日訪れたのは、陽射しが西に傾いた夕方である。ため池の大きな土手には、ツリガネニンジンがたくさん咲いていた。一度も管理されなかったのか、土手の上から大きな法面には、背丈の高い草が鬱蒼としている。しかし、それにも負けずにたくさんのツリガネニンジンが咲く。ワレモコウの姿も見える。黄金になるのも間近な間柱平を背景に、ツリガネニンジンが咲き誇る。





 撮影 2007.9.1

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