Cosmos Factory

伊那谷の境界域から見えること、思ったことを遺します

ニホンジカの住まう景色

2008-06-10 21:35:10 | 自然から学ぶ
 飯田市美術博物館研究員の木下進さんは、旧高遠町芝平から入笠山への登山道の風景を見ながら「奈良公園」という言葉を連発された。なぜ奈良公園なのかといえば、ニホンジカの暮らす奈良公園を想像すれば解ることで、いかにニホンジカがこの一帯に多く生息するかということになる。入笠山の牧場では、放牧された牛よりもニホンジカの方が多いのではないかという冗談めいた(冗談ではないのだろう)噂を耳にする。牛の餌になる牧草をニホンジカが食べてしまうため、牛の餌が不足するとも言う。その入笠山に近い芝平の山にも痕跡が多く残る。



 写真は樹林帯の林床の風景である。まだ芽吹きの前の風景というわけではない。スズタケが枯れたようになって葉の姿がない。ニホンジカによって葉が食べられてしまい、スズタケの固い幹の部分だけ残されているのである。芝平から入笠山への広大な山林内は、ほとんどこういう状態である。この広大な地域がこんな状態になるほどニホンジカが多いということになるだろう。周辺を見ると、フタリシズカやトリカブトといった毒のある野草だけ青々として残っている。とくに目立つのはフタリシズカである。ニホンジカはこうした毒のある野草が解るから、そうしたものは残して林床にある緑を食べあさってしまうのである。日ごろそうしたニホンジカの生息する山へ足を踏み入れている木下さんでさえ、頻繁に「奈良公園」だというほどみごとな風景になってしまっているのである。ようやく山の緑が濃くなり、ニホンジカもこのあたりの緑を餌にしなくなっているようだが、それにしてもこれだけ食べられてしまうと、山の姿は一変する。木下さんも、かつてはスズタケが鬱蒼として歩けなかったはずである、というようにその痕跡はあるものの、今は道ではないところも容易に入って行けるほど山の中はすっきりしている。

 木下さんの口からは、いよいよ「奈良公園なんていうもんじゃない」と嘆きの言葉が出て、なんとかしないとすでに大変なことになっているものの、さらなる異変へとつながりそうである。かつてなら犬が放し飼いにされていたため、ニホンジカにとっては住み難い環境になっていた。ところがそうした天敵のいなくなった環境は、ニホンジカにとっては住みやすい。駆除をしていくという方法もあるが、いかにバランスを保てる生態系にもっていくかということになるのだろう。木下さんは盛んにこの犬の役割を説いている。どれほど犬が吠えても、つながれた犬はやってこないと獣は知っている。毒草は食べないという情報を得ていることからも人間より頭脳は劣るかもしれないが、自然界での生き方は人間以上にレベルは高い。毒があるかないかもわからない人間が「一番バカ」ということになるのだろう。
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