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Landscape diary ランスケ・ ダイアリー

ランドスケープ ・ダイアリー。
山の風景、野の風景、街の風景そして心象風景…
視線の先にあるの風景の記憶を綴ります。

9.11の地平、 近未来の黙示録-「虐殺器官」

2010-09-12 | 
 入院は10代の骨折以来、あれも中学最後の暑い夏だった。

 但し今回は、入院前あれほど苦しめられた刺すような痛みと膨張感が
 あっけらかんと消え失せ、静かにベットに横たわり一日4本の点滴が
 体内に流れる長い時間をやり過ごす。
 いっさい食事を摂れないので、図らずも絶食状態による腸内洗浄と
 ノンアルコールで、長年疲弊した臓器を心持ち養生できたような気がする。
 60kg前後だった体重も54kgまで減量。

 唯一心配の種だった胃壁の腫瘍も問題ないと検査結果が出た。
 後は胃と十二指腸の境を塞ぐ潰瘍と腫瘍を徐々に薬で治癒してゆく。
 ほぼ一ヶ月くらいの入院療養となる予定。

 毎日、点滴をカラカラ引き摺りながら母の病室を訪れる。
 午前中は、確かに眼を開いて、その瞳に私を映す。
 でも瞳に映る意志のコントラストは日によって微妙に異なり、
 本当に私を認識しているのだろうか?
 力なく目を逸らす母の横顔には深い諦念が張り付いているような
 絶望感に襲われる…
 でも今朝は、「母さん、早く良くなるんだよ。良くなって一緒に家(うち)に帰ろうね」
 という私の呼びかけに、微かに肯いたような…気がする。
 その力なく見つめる瞳に映る光を信じたい…その微かな筋肉の動きに縋りたい。


 さて病院の日常は、砂時計を見送るように緩慢な時間が流れる。
 その上、4人部屋を私一人が独占。
 窓際のベットには、陽射しがゆるやかにめぐり一日の時を刻む。

 最初は金城一紀の「映画篇」(集英社文庫)だった。
 「ローマの休日」というキーワードに紡がれた5編の映画のオムニバス。
 「GO」や「フライ・ダディ・フライ」で描かれたピュアな視点は変わらない。
 前出の4編の物語の主人公たちは最後の映画へ導かれ観客となる。
 お祖母ちゃんのために催される上映会…あぁ、まるでニューシネマパラダイスみたい。
 その家族たちの祖母への想いが、照明を落としカラカラと回る映写機からスクリーン
 に映る映像に一喜一憂する登場人物たちの横顔と私自身の母への心象が重なって
 涙が止まらない…

 次は福岡伸一の「生物と無生物のあいだ」(講談社新書)再読。
 生命の意味を問いかける導入部から、スリリングな分子生物学の最前線と
 生命現象のダイナミックで美しい秩序を記した、あの本をもう一度読みたかった。
 後半綴られるアオスジアゲハの挿話、儚く美しい記述に絶句。

 そして伊藤計劃の「虐殺器官」(早川文庫)
 この本は以前から本屋の店頭で何度も手にしながら、なかなか読む踏ん切りがつかなかった。
 やっと入院前に本屋でチョイスした一冊に滑り込む。

 9.11の朝、読み終えた。
 著者のわずか10日で書き上げたという力技に引き摺られグイグイ読み進めた。
 グランドゼロ9.11以降を描いた近未来の黙示録。
 テロリストによりサラエボに原爆が投下され事実上核の抑止力は無力化する。
 テクノロジーの進化は個人の身体情報を読み取り、生体反応がすべてを決済する
 セキュリティシステムを実現。完璧に個人をデータ化した高度管理社会。
 
  それでも世界を覆う不吉な暴力の影は消えない。
 ジョン・ポールという暴力のメタファーを追跡する戦場のクロニクル。

 過去にも打海文三や矢作俊彦、村上龍などによって近未来の戦場のクロニクルは
 書かれたが、本作はそれらにも増してスタイリュシュで饒舌だ。

 主人公は自問し続ける…ここでも生命の意味、遺伝子とミーム(脳に伝わる文化的
 基本要素、ドーキンスの「利己的遺伝子」が出典)進化と淘汰のオブセッションが交錯する。

 バラードやP・K・ディック、W・ギブスン、テッド・チャンに比肩する現代SFの記念碑的作品。
 本作のコピーは「0年代最高のフィクション」
 う~んもっと早く読むのだったと後悔している。
 著者は2009年34歳の若さで夭折。

 現在はドストエフスキーの「カラマーゾフの兄弟」(新潮文庫)の上巻。
 この古典を未読だったのが不思議…病院で読む本として充分の重量感(笑)
 
 
虐殺器官 (ハヤカワ文庫JA)
伊藤 計劃
早川書房

 
映画篇 (集英社文庫)
金城 一紀
集英社

    

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2 コメント(10/1 コメント投稿終了予定)

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こんな夜更けに。。。 (misa)
2010-09-15 01:18:51
良い結果の様で安心しました

エアコン無しの夜二日目・・・
やっと入道雲が主役の座を降りたような夕暮れ仕事を終えて家路を急ぎました

とうとう、父が入院しました
母を引き取ったので又してもリズムが狂いそうですが、主人と協力しながら何とかやっています

仕事は正直今までの事務歴では追いつかない位の内容で(正社員の事務が居ないから当然と言えば当然ですが)ここで辞めるわけにもいかず
コツコツ積み上げていくしかないとメモって暗記しての繰り返しです(情けな。。。)

入院生活で益々読書に拍車が掛かった様ですね
良い事だと思います
今まで身体の中に溜めこんだ悪いものが吐き出され、恐らく浄化されるような状態ではないかと想像しています

ゆっくりゆっくり時を刻んで下さいね
私も、毎日空を眺めながら、自分に確かめながら笑って過ごしますよ
週末、長女が墓参りを兼ねて帰省します

わっ!こんな時間。。居眠りしそう
おやすみなさい(寝てますよね?)

misa
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ひんやりとした朝 (ランスケ)
2010-09-15 06:37:08
おはようございます。
早寝早起き至極健康的な病院の朝です。

お父様が入院され自宅でお母様の介護ですか、
misaさんも徐々に私のような経過を辿りそうですね。
ケアマネさんに相談して現状の介護制度を
出来る限り利用して負担軽減を図ってください。

昨日、カタックリさんがお見舞いに来てくれました。
misaさんとの交流も聞きましたよ。

母も私の呼びかけに確かに反応を示すようになりました。

退院したら思い切って秋山撮影行を考えています。
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