風のなかで・・・山里・海辺・清流

四国山地南側の山里・海辺・清流等を歩き・写真を撮り、ローカルの生活を報告します。

高知市民の自然教室 鏡川 ・ ヘルシンキ

2017年09月21日 19時42分28秒 | 日記
鏡川・高知市民を育てる自然教室です。
この夏(8月)、愛用の50CCバイクで鏡川の上流域を時々サンポしました。
鏡ダムの上流域は緑の森と不純物を含まない山空気のなかで清流がキラキラと輝いています。
土曜・日曜は小さな子供をつれた若いファミリーを多く見かけました。
親子で自然を知り、自然と共生する大切さを学ぶ、最高の自然教室です。
「お金」を握りしめ、人工環境での遊びとは、根本的に異なっています。
市内からは車で1時間以内です!!


鏡川橋の下、緑の遊歩道です。この場所は、1960年頃までは大きな椋の木(?)が数本あり、その根元はクマササが生い繁っていました。


雑草と泥水が溜まっている、この辺りはピカピカの砂浜でした。
(鏡川橋から2~300メートル上流)


宗安寺より少し上流。この画像は2006年6月に撮影したものです。




2枚の画像は同じ場所を今日(21日)の午前中に撮影したものです。砂浜は雑草に飲み込まれています。


鏡川支流的渕川・平家の滝より少し下流・山田の秋。(2007年10月)


同じ場所、稲の刈り取り・天日干しは姿を消しています。


鏡川支流吉原川・吉原ふれあいの里。ここは子供たちが遊び・学んだ思い出イッパイの小学校跡。
(撮影日:2006年10月20日)
今は撤去され、駐車場になっています。

「夏の鏡川」は中学時代で卒業でした。

しかし、社会人になっても少し「こころ」が重くなった時など、鏡川を見下ろす「山」に無意識に来ていました。
遠くに霞んでいる鏡川ですが、身体に沁みこんでいる「流れ」や「川空気」が「元気」を再生してくれました。
自然に挑戦し、自然に学び、自然が育んでくれた「こころ」はサビルことはアリマセン!!

鏡川の中下流域は市民生活の安全・利便等のために自然環境を大きく破壊しています。
市民は川に生息する魚類、野鳥等と共生する努力をしましょう!!

  * * * ヘ ル シ ン キ * * *

フィンランドの首都ヘルシンキ中心部の人口は約616000人です。
市内の移動は市電・バス・自転車、郊外へは汽車です。
郊外で見かける住宅は一戸建ての広い庭付き住宅、集合住宅は3階建てを多く見かけました。

行き交う市民の表情は穏やかで温かく感じます。

学費は小学校から大学まで全て無料です。

大学入学平均年齢は23歳です。

若者は多様な経験を積み、自分の判断で大学進学を決意します。

   < ヘ ル シ ン キ の 街 角 で > (ストックより)











コメント
この記事をはてなブックマークに追加

日本の宿題・山空気のアジ・自然の恵み

2017年09月14日 19時43分34秒 | 日記
日本の宿題??!!
わが国を代表する知識人の講演レポートが少し気になった・・・私たちはどこにいても自由に仕事を選べる社会にに生きているんです・・・
現状は非正規雇用労働者が40%を超えており、極めて問題の多い労働環境です。
超高齢化社会に突入していますが、老後の年金も不確定要素が多い。
今も明日も、安心・安全・希望のある生活は見当たりません!!

新聞紙面で、憲法9条改正問題をよく目にします。
「大日本帝国憲法」は数名の指導者により作成された欽定憲法です。
「日本国憲法」は敗戦の大混乱のなかで、アメリカの指導の下で作成されたものです。国の最高法規である「日本国憲法」は大国の政治、それに従属した国政により「解釈」の名の下に憲法違反が常道化しています。
軍事力や戦争で国の「平和」や国民の「幸せ」が実現した近代国家は存在しません。
国民が「憲法」を自分たちの「知識・知恵・経験」等を結集して作り上げること、安心・安定の職場と老後生活保障(=年金)等が「宿題」であり、「夢」です。

  * * * 山 空 気 の ア ジ * * *

9月8日・9日、瓶ケ森の「山空気」に魅かれ、ヨロヨロ歩きです。
何時ものことですが特別な目的はありません、季節の流れのなかで「自然」と向き合うことが身心に合っているからです。


長沢経由・よさこい峠手前の大先輩(=老木)に手を合わす(午前9時ごろ)。

よさこい峠でコーヒータイム。その後,「土小屋」まで走り、折り返し、「瓶ケ森」に向かう。斜面や登山道や歩き易い森のなかを約5時間彷徨う。日陰斜面や路傍に静かにやさしく輝いている草花が目にしみます。大好きです。















太陽が西の山並みに傾いてきたので、瓶ヶ森駐車場近くのカーブでカメラを準備していると、愛媛県を代表する石鎚山写真家・MIURAさんに再会しました。熱く重みのある話しに感動しました。
神の住む石鎚山を神の許可をえて撮っているように想える写真人は「MIURA」さんと「ランスケ」さんです。お二人の作品からは神を魂を感じます。




(夕食は写真に夢中で遅く暗くなったので「キロク」出来ませんでした・車泊)

9日・目が覚めたのが6時前でした。コーヒーとミルクパンの朝食。
肌寒い心地よい山空気のなかをサンポ。
ヨタヨタ・低級人生航路の私にとっては、「山空気」と「山風」が明日へ向かう気力を呼び覚ましてくれます。


(9日・早朝の石鎚山)


(9日・昼ごろ)

  *** 自然の恵み・ラオスのルアンパバン ***

一般家庭には冷蔵庫はありません、女性の美容院も見たことがありません、タクシーは三輪トラック。
しかし市民の表情は素朴で穏やかです。服装もソコソコです。
この街・ルアンパバンの朝市を歩いて解かりました。
大河メコンの自然の恵みが質素であるが安定した生活を支えているのです。











 
コメント (2)
この記事をはてなブックマークに追加

温かくやわらかい生活・椿山(遠くなった昭和)・旅の思い出(ラオス)

2017年09月06日 21時25分26秒 | 日記
温かく・やわらかい・やさしい市民生活は何処に・・・
私の中学・高校時代(1950年代後半)、ローカルの父母は子供の教育のために生きていました。
今の生活環境と異なり、日常生活には大きな格差も無かったように思います。
1970年代は「夢」から「実現」への時代でした。
自家用車に手が届き、カラーテレビは1973年には白黒テレビを上回りました。

しかし、現状の若い働き手は、40%以上が非正規雇用です。
不安定な雇用や安い給料で「夢と希望」は消え去っています。

これから生まれてくる子供たちは90歳代まで生きると予想されています。
自由競争・格差社会の下で、子供たちの明日は「夢や希望」を持てる「幸せ社会」となるのでしょうか心配です。


  * * * 椿山・遠くなった昭和 * * *

9月3日・五台山牧野植物園で、「椿山 焼畑に生きる」・民族文化映像研究所作の記録映画を鑑賞してきました。
この記録映画は1973年から77年にかけて記録した、焼畑を中心に生きた里人の生活記録です。
1970年代後半、ここ椿山でも焼畑農業は生活のための必要性はなかったようです。
平家落人の里人は遠い祖先から受け継いできた「文化」を大切に守っていたのです。
(1970年は約100人が住んでいました・現在住民は1人)

テレビの普及と共に、華やかな街の消費生活に里人の伝統生活は押し流されました。
この「時」の流れに抗することはデキマセン。
椿山は戦後の「昭和」を語っている歴史の世界であるように思います

 < 椿 山 ・ 季 節 の な が れ >

標高700メートルの急斜面の冬です。凍える手足はみんな同じ。
共に生きた里人の「汗」と「こころ」で暖かくなった。
里人の働く姿は椿山では見ることが出来ません。
(1972年椿山小学校閉校・その時の児童数は2人)





 

椿山の春・庭先や家々をつなぐ小径に里人が大切に育てたのです。









「ミツマタ」の花です。「ミツマタ」は里人の換金作物でした。

昭和のニオイは遠い遠い山の向こうに消えました・・・









下から2枚の画像は「同じ家」の台所です。
お母さんの卵焼きやみそ汁のカオリで家族の1日がスタート。


上記の台所は完全に崩壊し、コーヒーカップのみが家族を待っている・・・


  * * * ラオス・ジャール平原・モン族の里 * * *

私はラオスのジャール平原、モン族集落を時々歩いています。
この地域は、日本の昭和30年代に似ています。
若き頃から、低級でヨタヨタの私。
今でも「こころ」が重くなるとこの地域に足が向きます。
少しでも、前に進もうとする「元気」や「気力」が湧いてきます。






(全画像は再掲載です。よろしくお願いします)
コメント
この記事をはてなブックマークに追加

夏の終わりに・初秋の山空気・旅の思い出(カナダ)

2017年08月31日 19時57分34秒 | 日記
今日で私の夏は終わり(8月31日)ですが・・・少し気になることがあり心配です。

ある県の知事さんが全国学力テストの成績が良くないことに怒り、全国平均を上回った県内公立小学校の校長の名前を公表した・・・(新聞記事より)

このことは、全国の小学校でペーパーテストの「獲得点数」に重点を置いた教育が主流となっていることの証です。

人間は生まれた時から様々な「個性」を持ち、みんな異なっています。
小学校教育は児童が自分を見つめる時間です、均一人間をつくる場ではアリマセン。
教員は温かくやわらかい多様な人間を育てる事が使命です。
わが国の教育システムの成果は、高校生によく現れているように思います。
多くの学校では、学校キライ・教科キライ・自分キライの隆盛です。
個人の持つ素晴らしい「才能」は育っていません!!

  * * * 初秋の山空気 * * *

8月27日・28日は石鎚山の土小屋から瓶ケ森の徘徊です。
この山域は何度歩いても目に入って来る木々、身体に浸みてくる山空気は新鮮で飽きることはアリマセン。
フラフラ・ヨタヨタ人生航路の私は、ここの山空気が元気の再生・活力の再建になっている様に思っています。


27日・午前8時半・よさこい峠近くの「長老さん(=老木)」にアイサツ、今日のスタートです。


尾根筋に目を向けると、秋のやわらかい雲です。
恐ろしい形相の「入道」様はどこかへ。


伊吹山登山口近くの老木、全身「ツル」の着物を羽織っています。
晩秋の錦がお気に入りです。


石鎚山は初秋のススキが良く似合っています。


今夜のdinnerは最高です・・・
食事途中から真綿の様な霧に包まれ・・・
数メートル先、車横にテントを設営している方の灯りがボンヤリと・・・
星も見えません・・・
一人で過ごす、この山空気のながれが大好きです・・・(車内泊)
(以上の画像は全て27日に撮ったものです)




28日・早朝の瓶ヶ森斜面や周辺の山並みを流れるガスと山空気、少し肌寒かった。

  *** オンタリオ州立アルコンギン公園 ***

この日は冷たい風のなかで、高校生グループがキャンップに出発しました。
カヌーに積み込む荷物で解かりました。
大陸の厳しい自然環境なかで、生き抜くに必要な「生の教育」に感動しました。
(日本であれば、天候の悪い日は即中止!!)






(画像・ストックより/ 2012・10・10/ALGONQIN PROVINCIAL PARK)
この地域(東京都の3倍以上)は木材伐採により自然が破壊されていましたが、1893年最初の州立公園に制定し、自然を再生しました。
 
コメント
この記事をはてなブックマークに追加

教育について・初秋のかぜ・思い出の旅(大陸の秋)

2017年08月24日 20時53分46秒 | 日記
子供たちにとっては夏の終わりは「お盆」であるように想います。
連日30度を超える猛暑ですが、昨日も今日も、鏡川で遊ぶ中学生はチラホラです。

9月に入ると、中学3年生は高校進学への最終段階に突入です!!
自分で熟慮することより、暗記の量が勝負です。

ペーパーテストの数値により、社会に対しては「背中」に、自分に対しては「こころ」にレッテルを貼り付けられます。

明日に生きる若者は年齢や経験を重ね、自己判断で「夢・希望・才能」等に向かうのが「正道」ですが、この道は極めて狭く困難です。これは、日本全国共通です。

子供時代に受けた「差別選別」は外からは見えない大きな「心の傷」となり、癒えることは困難です・・・

  * * * 初 秋 の か ぜ * * *

今日の午前中(8月24日)鏡川支流の的渕川上流域・平家の滝まで、50CCバイクで「サンポ」です。
棚田では稲の刈り取りもすすみ、トンボが舞い、初秋の「かぜ」が流れています。
今日も気温は30度を超えていますが、山畑のやわらかい空気が「目と心」を包んでくれました。




(24日午前中撮影)


(ストックより・高齢化の進行でしょうか、このような光景は消えて久しい)


(ストックより・旧式農業機械は雑草の中・山間部では時々見かけます)

  * * * 大 陸 の 秋 ・ カ ナ ダ * * *

宿泊していたGH(=民宿)のお隣さんの家です。
広い庭にこの大木です。
大自然と共に生きているシンプルな生活環境に感動しました。


(2012・10・4/Mont-Tremblant・Qc・CANADA)
コメント (2)
この記事をはてなブックマークに追加