木村勇作が入社して、1年後に事務員の曽根朝子が寿退社することとなった。
朝子は、営業成績が上がらない勇作を温かく身守っているように想われた。
朝子の送別会が、新宿のホテルの宴会場で行われた。
彼女は高校を出て、5年間勤めた職場から去るのである。
「木村さん、お世話になりました」朝子がビールを持って、木村が座る席まで別れの挨拶にやってきた。
そして、小声で勇作の耳もとで言うのだ。
「木村さんとは、もって早を会っていたら、よかったのに、とても残念に思うわ」
朝子から心外の言葉が、ささやかれたのだ。
その彼女が勤務先から居なくなる寂しさから、勇作はその半年後に退社を決意する。
次の職場は、千代田区の平河町の地下1階にあった。
この職場でも営業の仕事であった。
広告の営業であり、その広告の製作を飯田橋のビル1階にある製販屋へ依頼する。
そこで、出会ったのが小原絹子だった。
「通称、ケロちゃん」には、彼氏が居てバイクでのツーリングへ行っていた。
「昨日は、伊豆スカイラインへ行ってきたの」と誇らしげに言うのだ。
「来週は、女友だちと江の島へ行くんだ」
「ケロちゃん、木村君には、彼女がいないんだ。良ければ、木村君を海へ連れていったら」製販屋の社長の佐野一郎が思わぬことを言うのだ。
「そうね。彼女には彼氏はまだいないし。とても、美人なのにね」
ケロちゃんの女友だちと新宿駅で出会い紹介されたのが、中野里美であった。
木村勇作がかつて出会ったことがない美形の人だった。
その人はかつては、映画に子役で出ていた人であったが、成人してからは映画界から去っていたのだ。
ある妻子のある男優と失恋して、心を患った人との噂もあったそうだ。
彼女は成城学園の住宅街に住み、父親は内科医師であった。
勇作にとって、水着姿のその人は、江の島の海ではとても眩しい存在に映じた。
ケロちゃんの思い込みであり、その人には弁護士の婚約者が既にいたのだった。
このことが「高嶺の花なのか」と、彼は帰りの小田急線のロマンスカー内で彼女の脇に座り自嘲する。
「とても、楽しかったわ。ケロちゃんありがとう」彼女は微笑んでから車窓の外に視線を向ける。
「木村さんが、里美にあまりにも、優しくするので、ケロちゃんヤケたな」
「ケロちゃん、そんなこと言ったら、木村さんに失礼よ」彼女がたしなめた。
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