利根輪太郎は初対面の人に「競輪はやりますか?」と常に尋ねている。
だが、大半の人は「やったことはない」と否定的である。
我孫子駅のホームの立ち食いそば屋で隣り合わせたした30代と想われる女性にも聴いてみた。
「あなたは、競輪をやりますか?」唐突に話しかけられ、相手は戸惑いの表情を浮かべ、箸の手が止まった。
当然であろう。
沈黙する相手に「では競馬は?」と聴くと、「彼が好きなので時々ね」と表情がいくらか緩む。
「ちくわ、1本と思ったら、2本なの。1本食べて下さい」と相手は笑顔となった。
「そうですか。喜んでいただきます」と輪太郎は自分の箸でちくわをいただいたのだ。
5年ほど前にも、同じように取手のそば屋で「このエビ、食べてもらえますか」と隣の席のご婦人に声をかけられたことがある。
ご婦人は二人連れで、餅入りの力ソバとミニ天丼を食べていた。
70代と想われたご婦人のテーブルを見て「ずいぶん、食慾のある人だ」と驚いて見ていたが、やはり食べ切れない結果となった。
「住まいは近くですか?」と尋ねた。
「いいえ、龍ヶ崎からです」
「バスで来たのですね」
「いいえ、娘に車で送ってもらいました」
聴けばご婦人は若いころ、取手競輪場で車券を売っていたそうだ。
「お二人で?」
「そうなの」と前の席に座るご婦人が微笑む。
「私は競輪大好き人間ですから、お二人に会ったことがあるでしょうね」
「松戸競輪場と地元の取手競輪場でね、働いていたのよ」
「そうなんですね」輪太郎は二人のご婦人に親しみを感じた。
「私はがんで、もう余命がなくて、昔の友人に会いに来たのよ」と寂しい表情となったのは、輪太郎にエビをくれたご婦人であった。
返す言葉を輪太郎は失った。
「お先に失礼します」と二人が席を立つ。
「お元気で」と言うほかなかった。
輪太郎は2本目の日本酒を飲みながら、スポーツ新聞で競輪の予想を始めた。
後半の3レースで、ご婦人が来ていた黒いセーターの2番を絡ませて車券を買おうと想っていた。
40代の輪太郎は、競輪仲間の「希望の星」になろうとしていた。
だが、大半の人は「やったことはない」と否定的である。
我孫子駅のホームの立ち食いそば屋で隣り合わせたした30代と想われる女性にも聴いてみた。
「あなたは、競輪をやりますか?」唐突に話しかけられ、相手は戸惑いの表情を浮かべ、箸の手が止まった。
当然であろう。
沈黙する相手に「では競馬は?」と聴くと、「彼が好きなので時々ね」と表情がいくらか緩む。
「ちくわ、1本と思ったら、2本なの。1本食べて下さい」と相手は笑顔となった。
「そうですか。喜んでいただきます」と輪太郎は自分の箸でちくわをいただいたのだ。
5年ほど前にも、同じように取手のそば屋で「このエビ、食べてもらえますか」と隣の席のご婦人に声をかけられたことがある。
ご婦人は二人連れで、餅入りの力ソバとミニ天丼を食べていた。
70代と想われたご婦人のテーブルを見て「ずいぶん、食慾のある人だ」と驚いて見ていたが、やはり食べ切れない結果となった。
「住まいは近くですか?」と尋ねた。
「いいえ、龍ヶ崎からです」
「バスで来たのですね」
「いいえ、娘に車で送ってもらいました」
聴けばご婦人は若いころ、取手競輪場で車券を売っていたそうだ。
「お二人で?」
「そうなの」と前の席に座るご婦人が微笑む。
「私は競輪大好き人間ですから、お二人に会ったことがあるでしょうね」
「松戸競輪場と地元の取手競輪場でね、働いていたのよ」
「そうなんですね」輪太郎は二人のご婦人に親しみを感じた。
「私はがんで、もう余命がなくて、昔の友人に会いに来たのよ」と寂しい表情となったのは、輪太郎にエビをくれたご婦人であった。
返す言葉を輪太郎は失った。
「お先に失礼します」と二人が席を立つ。
「お元気で」と言うほかなかった。
輪太郎は2本目の日本酒を飲みながら、スポーツ新聞で競輪の予想を始めた。
後半の3レースで、ご婦人が来ていた黒いセーターの2番を絡ませて車券を買おうと想っていた。
40代の輪太郎は、競輪仲間の「希望の星」になろうとしていた。