ショートショート『蓄音機』

2012年07月05日 | ショートショート

「チクオンキから、おじいちゃんの声が聞こえるんだ」
弟のシュンが急にそんなことを言い出したときは、そんな気がしてるだけなんだと思った。
それで、家族みんな、おじいちゃんの部屋に集まった。
「ここの、ラッパみたいなところに耳を当ててたら聞こえてきたんだよ」
まさか、そんなはずない。
「シュン、これは蓄音機なんて名前だけどレコードを再生する機械だよ。レコードが無けりゃ音は鳴らないんだ」
パパが金属ホーンに耳を差し入れて待った。
そのうち、パパの顔が真っ青になった。
驚いたママも、そしてボクも、ホーンに耳を近づけた。
「パパったらふざけないでよ・・・」
ママがパパを叱ろうとした、その時。
確かに聞こえた。
ホーンの奥の暗闇から、小さな小さな、「おーい」と呼びかける、おじいちゃんの声が。
「ホントだ!おじいちゃんだ!」
ママも青ざめてパパに体を寄せた。ボクは思い切りホーンに頭を突っ込んだ。
「おじいちゃーん!ここだよ!こっちだよー!」
ちょっとだけ間が空いて、おじいちゃんの声が帰ってきた。
「おお、コウタ!聞こえるぞ、おじいちゃんだぞ!」
向こうにも聞こえるんだ。
蓄音機を通して、あっちとこっちで会話ができるんだ。
パパがホーンをひっつかんで、叫んだ。
「父さん!お別れを言えないままになって・・・まさか増水で流されちゃうなんて・・・」
「おお、ヒロシ。気にするな。おまえたちの声が聞けて十分幸せじゃ」
パパ、もう泣き出しそうだ。
おじいちゃんもなんだか悲しそうな声。
「こんなことになるんじゃったら、あの日、家を出るんじゃなかった」
「父さん、なに言ってるんですか。よかったじゃないですか、出かけて。敬老会のハワイ旅行」
「よかったものか。帰ってみれば、大雨で家族は家もろとも流されとるなんて。手元に残ったのは、この蓄音機だけじゃ。わしも早くおまえたちのところへ行きたい」


 
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4 コメント

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完敗 (haru)
2012-07-05 12:34:20
そうですか、そうでしたか。虎犇さんのことだから。。。
と、思っていたのに、ま、まさか、あの世が家族で、この世がお爺ちゃんとは。くやしー!
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haruさんへ (矢菱虎犇)
2012-07-06 01:59:44
ボクのことだから・・・
どんな展開を期待されたのでしょう?(笑)
やっぱり蓄音機とくれば、ビクターのマーク。亡くなったご主人さまの声が聴こえるホーンにじっと耳を傾ける犬の絵。あれもあの世からの声を聴いている図だったりして。
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クルクル回るよ (ヴァッキーノ)
2012-07-06 15:41:45
逆転の発想ですねえ。
そういうオチだったんですね!
すげえなあ。
これはまいった!
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ヴァッキーノさんへ (矢菱虎犇)
2012-07-07 03:25:01
こういうのって『シックスセンス』とか『アザーズ』とか一時期流行りましたねぇ。
いかに伏線張りつつ、最後でオトせるかって感じ。
ヴァッキーノさんに感心してもらえたから大満足どえす。
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