漆黒の日

誰が想像しただろう？未来が漆黒だったなんて。
窓の外に屹立するビル群はすべて真っ黒に塗られている。
高架線も、その上を走る車の列もすべて真っ黒だ。
窓の外を眺めていたボクの背中に、裸の妻が抱きつく。
「青い海の夢を見たの」
「青い海なんてどこにもないのに？」
ボクは彼女の華奢な腕をそっと撫でる。その腕もまた黒い色をしている。
吸い込まれそうな漆黒の深み！えも言われぬ艶！金属ともプラスチックとも違う、この手触り！
触っているうちに我を忘れてしまいそうだ。
よかった、漆黒の未来に生まれて。

とある企業の惑星探査船が、漆の海に覆われた惑星を発見した。
その漆は、最上級の黒漆の美しさと、優れた耐久性を兼ね備えていた。
企業は、無尽蔵の漆を独占して莫大な利益をあげているらしい。
今や地球上の人工物はすべて黒く塗りかえられつつある。

「いかがですか、お客様。その後、アンドロイドの調子は？」
「問題はないよ。ただ・・・」
「ただ？」
「今朝、海の夢を見たと言っていた」
「アンドロイドが夢を？」
「ああ。しかも、人間だった頃の記憶のカケラが残っているみたいなんだ」
「一度、メンテナンスいたしましょうか」
「いや、その必要はない。妻は生前と変わりない。漆に漬けて変色した以外は」

遠い昔、即身仏となるために修行者は大量の漆を飲んで入定したという。宇宙から届いた漆に、それに上回る効果があろうとは。
ボクは無意識のうちに腕を掻いているのに気がついた。そう言えば数日前から痒みが続いている。
エ？患部を見て驚いた。黒ずんで光沢を帯びているじゃないか。そのなんと美しいことか。
もしかして、ボクも漆黒になっていくのか？
まあ、それもいいだろう。黒くなってしまえばいいんだ。
あの赤いドアも何もかも。
塗れ、塗りつぶせ、真っ黒に。



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