このゴワゴワした音は、何の音だろう。
子どものときから気になっていた音だ。明け方暗くに町に出たら聞こえた、このゴワゴワした空気の音。
ボクは港町に住んでいたから、漁船のエンジン音が響いてくるのかと思っていたけど。
でも大人になって故郷の町を離れても、やっぱりこの音がした。
生活音が消えた深夜、そして明け方に湧き起こって来る、このかすかなエアコンの響きのような音。
ああ、気になる。
身体を動かそうとしたが、手も足も感覚がなかった。手足を動かすことができていた頃の感覚を思い出そうとする。
ダメだ。
冷たいコンクリートの上にクタクタになって横たわっている。頬をカサカサに枯れた草が刺す。
鉄を舐めたような不快な味がして、唾を飲んで気がつく。ああ、これは血の味だ。
いつからこうしているんだろう。
えっと。
記憶がよみがえってくる。
アスファルトに横たわっているバイク。道路を濡らすガソリン。ガードレール。
そうだ。ボクはガードレールの向こうに放り出されたんだ。
しばらく気を失っていたにちがいない。
早く、早く助けを呼ばなくっちゃ。
そう思うが、起き上がろうにも手も足も動かない。どうなっちゃったんだ?ボクは。
無茶な生き方をし過ぎたんだ。
町を出てからのボクは、何もかもがうっとうしくて壊してしまいたかった。
真面目になっても、強気になっても、卑屈になっても、何ひとつうまくいかなかったから。
夜中にスロットルをいっぱいに捻りきって、そしてライトを消した。途端に目の前の道が消え闇になった。
闇の中を走る数秒だけ。あのスリリングな数秒だけは生きていると実感できた。
そうだ。
ボクはこうなる前からずっと、手も足も動かない瀕死の状態でもがいていた。
それだけだ。それだけのこと。
仕方なく、ゴワゴワした音だけにまた身をゆだねた。ゆだね続けた。
どのくらい経っただろう。
眩しくて、目が覚めた。ああ、なんて明るいんだ。
ボクは、真っ白なシーツに横たわっていた。窓の外からツグミの声がする。
耳の奥に響いていたゴワゴワした音はない。なんだ、夢か。
「目が覚めたか」
父さんの声。ボクは息せき切って今見た夢を話し出した。朝露みたいに消えてしまう前に大急ぎで。
ボクが話し終えると、父さんはポツリと言った。
「いいじゃないか、夢だろうと現実だろうと」
夢だろうと現実だろうと?
手を動かそうとする。足を動かそうとする。血の気が引いていくのがわかった。
夢じゃない。これが現実?いや、こんなのは夢だ。夢であってほしい。
ボクは目を閉じて再び意識を失くそうとする。今度こそ、本当に目を覚ますために。
本当に目を覚ましたら、ボクはどんなボクなんだろう。
ずっと前から、手も足も動かない瀕死の状態でもがいていただけ?それだけ?
あ、また聞こえる。耳の奥にあの音が。
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