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映画『ブレイクアウト』

2012年11月17日 | 映画の感想



監督 ジョエル・シュマッカー
ニコラス・ケイジ (Kyle Miller)
ニコール・キッドマン (Sarah Miller)
ベン・メンデルソン (Elias)
キャム・ギガンデット (Jonah)
リアナ・リベラト (Avery Miller)
ジョルダーナ・スパイロ (Petal)
ダッシュ・ミホク (Ty)
エミリー・ミード (Kendra)
ニコ・トートレッラ (Jake)

ダイヤモンドディーラーのカイルは、郊外に建てた瀟洒な邸宅で、妻のサラ、娘エイヴリーと3人で何不自由ないリッチな生活を送っていた。ある日、カイルは帰宅した後、仕事の準備をしていると、突然覆面武装した4人組が家に押し入ってきた。彼らは「おまえの持っているものをすべていただく」と宣告、ダイヤモンドの入っている金庫を開けるように脅す。しかしカイルには、そのダイヤモンドをどうしても渡せない理由があった…。

★☆☆☆☆
ニコラス・ケイジとニコール・キッドマンを主役に据えてサスペンス映画を作って、こんだけ面白くないって・・・。ニコラス・ケイジはけっこう羽振りのいい父親役で登場、高級な車を颯爽と運転してご帰宅中。終始携帯電話をかけて口八丁のやり手ぶりが伝わってくるけれど、その会話の内容から決して思惑どおりに仕事が言っていないことは早々に説明済みだ。ニコール・キッドマンは奥さん役。遊びたい盛りのティーン娘は言うこと聞かないし、夫は仕事仕事で相手にしてくれないしで、なんか隠しごとありそう。黒い下着で性的な不満を表現していたけど、やっぱりせめて身につけてもらわないとなあ。
とにかくこのへんの人物描写あたりで、そのあと強盗が押し入ってからの展開がだいたい見えてしまう。予知能力がなくてもそのあとの展開が見えてしまう作りがあまりにも安っぽいのだ。犯人から逃げ出そうとする場面が何度もあって新たな展開を期待するたびに裏切られる展開はもどかしいばかり。これぞ退屈B級映画である。ニコラス・ケイジはこういうB級が最近やたら多いような。ニコール・キッドマンもB級路線へと突き進んでいくのだろうか?
美味そうなラーメン屋かな?と、ラーメン屋さんに入ってみて、出てきたラーメンを食ってみたら、ただのインスタントラーメンだったみたいな失望感・・・そういう映画。


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映画『最強のふたり』

2012年11月16日 | 映画の感想



監督 エリック・トレダノ
フランソワ・クリュゼ (Philippe)
オマール・シー (Driss)
アンヌ・ル・ニ (Yvonne)
オドレイ・フルーロ (Magalie)
クロティルド・モレ (Marcelle)
グレゴア・オスターマン (Antoine)

パラグライダーの事故で首から下が麻痺し、車椅子生活を送る大富豪のフィリップ。その介護者募集の面接を受けにやってきたスラム出身の黒人青年ドリスだが働く気はなく、目的は“不採用”の証明書3枚で支給される失業手当。しかし、なぜかドリスは“採用”となり、周囲の反対をよそにフィリップの介護をする事になる。フィリップを障害者扱いせず、お気楽でマイペースなドリスに、次第にフィリップとその周囲の人々も心を開いていく。

★★★★☆
この映画、冒頭からふたりがスピード違反をしたうえ、逮捕しようとした警官たちを身体が不自由なことを使っておちょくって先導させたうえで逃げてしまう。不謹慎というより、これはやりすぎだろう。映画に一気に引き込む快調なすべりだしとはいえ、すっかり引いてしまった・・・
・・・のだけど!この場面、映画の終わり付近でもう一度出てきて、みごとに違った意味合いを帯びて観客を唸らせてくれる。この冒頭シーンが、ふたりにとって再会を喜び合い、既成の枠にこだわらない思いを確認し合う意味があったことや、ドリスにとってはフィリップを他人に託す最後の夜だったことなど・・・そういうところがわかってくると、やたら楽しいシーンこそが心に沁みてくるタイプの映画だ。ボクがこの映画でいいなあって思ったのは、ドリスが踊りまくってみんなが踊り始めるシーン、オペラ会場のシーン、髭を剃るシーン。みんな笑えるところなんだけど、互いをゆるしあい心を裸にしてこそ成り立つ笑いだから。オペラで木の葉をつけた歌手が歌い出したり、髭がどんどん剃られていったりしたときの、「来るぞ、来るぞ、ほら来た~!」という、くすぐりが絶妙。
障がい者を扱った軽口をはじめ、とにかくこの映画の不謹慎な数々のネタや言葉が満載で、きっと不愉快な気分になる人もいるはずだ。フランスという国を考えれば、ナチスネタはやっぱりタブーのはずだし。でも、そこを敢えて描くってところがこの映画のねらいだと思う。なにせこの映画の原題は、『アンタッチャブル』。オブラートに包んで見て見ぬふりをしてきた、触れずにきたことを白日のもとにさらしちゃえって映画なのだ。オペラとかクラシックとか詩とか気取ってないで、退屈だったら退屈って言おうぜ、気を遣っているつもりで距離をとっている硬直した関係なんかやめて、ナマの人間対人間、本音でつきあおうぜ、みたいな。もちろん障がいを抱えた人とのつきあいのテクストとして一般化して、この映画を見るべきではない。障がいのみならず、人種や民族、そういうレッテルなんか剥がした、個人と個人の関係こそが大切なのだ。障がいによる排便や褥瘡などのさまざまな日常生活の辛さを敢えて間接的にしか描かないところにも、かなり意図的な演出だ。観客にかわいそう!と同情を抱かせるような描き方はしたくないという意志を感じる。そういうところも含めて、ボクにとっては、なかなか爽やかな映画だった。
さて、この映画、実話に基づいているらしい。詳しくは知らないが、黒人のドリス役の人物は実はアルジェリア人でもっととんでもないワルだったらしい。
ちなみに、この映画、ハリウッドでリメイクする企画があるらしい。十中八九劣化するであろうというイヤ~な予感。


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映画『テルマエ・ロマエ』

2012年11月16日 | 映画の感想



監督 武内英樹
阿部寛 ルシウス
上戸彩 山越真実
北村一輝 ケイオニウス
竹内力 館野
宍戸開 アントニヌス
勝矢 マルクス
キムラ緑子 山越由美
笹野高史 山越修造
市村正親 ハドリアヌス
外波山文明
飯沼慧
岩手太郎
木下貴夫
神戸浩
内田春菊
松尾諭
森下能幸
蛭子能収

古代ローマの浴場設計技師ルシウスは、ローマ人の風呂好きに疑問を感じていた。絢爛豪華で巨大な浴場は、人で混み合い、のんびりと湯船に浸かる事も出来ない。あまりの騒々しさに湯に潜り、水中で考え事をしようと思ったルシウスは、突然、渦に巻かれ、気が付くと知らない浴場に出てしまった。そこにいたのは、見た事もない「平たい顔」の民族たち。おかしな浴場だったが、よく見るとそこは驚くような知恵と工夫に溢れていた…。

★★★☆☆
TVのバラエティ番組のように見流す映画、漫画読み放題の店で楽しむ漫画みたいな映画・・・そういう映画があってもよいと思う。これはまさにそういう軽~いノリを楽しむ映画。ここは本来、ローマの言葉?日本の言葉?そんなに簡単にローマ語会話ができるのかよ!みたいなことを気にしちゃいけない。ローマの危機を救うというか、歴史を元どおりにする、みたいなストーリーがあるのはあるが、それは映画一本を成立させて最後まで見てもらうためのストリームくらいに割り切ったほうがいい。映画の中にちりばめられたお遊びの数々を楽しんでいけば、それでいいエンタテイメント映画なんだから。
そんなわけでボクが面白かったところをいくつか。まず濃い顔をさんざん見せられたあと、現代日本のお風呂屋にタイムスリップして平たい顔族との遭遇シーン、いきなりのいか八朗ドアップ。いや~インパクトがあるなあ、いか八朗さんって。そういやヒロイン役の上戸綾もよく見ると仏像顔、いや観音顔をしている。敢えて和風に光を当てて撮っているとも見えたが。それから、タイムスリップするとき大渦に吸い込まれていくカットのチープさ。人形を流して撮影なんて。まるでボクの大好きな邦画コメディの一本、『ひみつの花園』じゃん。それから、竹内力。平たい顔族の爺さんたちになんで彼が混じっているのか、なぜ檻に入っているのか、なんで泳いでるのか、説明を欠いたシュールな存在のさせ方が笑えた。日本の風呂を真似たローマの風呂での小ネタの数々っていう笑いどころはもちろん楽しいのだけれど、ボクが吹き出したみたいな、ここもどうよ?みたいな笑いどころがたくさん詰まったギャグ映画なのだ。
こういう役を楽しんで演じている阿部寛っていいよなあ。虫酸の走るナルシスト魔術師役を嬉々として演じていた『SURVIVE STYLE5+』という映画もおススメだ。


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映画『バウンド』

2012年11月16日 | 映画の感想



監督 アンディ・ウォシャウスキー 、ラリー・ウォシャウスキー
ジェニファー・ティリー (Violet)
ジーナ・ガーション (Corky)
ジョー・パントリアーノ (Joe Pantliano)
ジョン・P・ライアン (Mickey Malnato)
クリストファー・メローニ (Johnnie Marzzone)
リチャード・C・サラフィアン (Gino Marzzone)
ピーター・スペロス (Lou)

マフィアの金を奪って逃走せんとする2人の女の姿を描いたクライム・サスペンス。「暗殺者」「アンフォゲタブル」の脚本を手掛けたラリー(65年生まれ)とアンディ(68年生まれ)のウォシャウスキー兄弟が初監督と脚本、製作総指揮を兼ねた第1回作品で、ひねりの効いた脚本とユニークな人物設定、斬新な映像・音響設計など才気あふれるところを見せる。製作はアンドリュー・ラザーとスチュアート・ボロス、撮影は「クルーレス」のビル・ポープ、音楽はドン・デイヴィス、プロダクション・デザインはイヴ・コーリー、美術監督はロバート・ゴールドスタインとアンドレア・ドパソ、編集はザック・スタンバーグ、黒を基調にした衣裳は「プリシラ」のリジー・ガーディナーが担当。主演は「ライアーライアー」のジェニファー・ティリー、「ショーガール」のジーナ・ガーション、「悪魔たち、天使たち」のジョー・パントリアーノ。共演は「ホワイト・サンズ」のジョン・P・ライアン、「12モンキーズ」のクリストファー・メローニ、「クロッシング・ガード」などで俳優としても活躍する映画監督のリチャード・C・サラフィアンほか。97年ポルト国際映画祭グランプリ、主演女優賞(ジェニファー・ティリー)受賞。

★★★☆☆
ウォシャウスキー兄弟が『マトリックス』を作る前に撮ったクライム・サスペンス映画。レズビアンの女泥棒コーキーが服役を終えて、改装修理のしがない仕事をやっているんだが、隣の部屋に暮らす、ヴァイオレットという女性と会ったことから、共謀してマフィアの金200万ドルを盗む計画を立てる、といった話。映画は、コーキーが暴行を受けて縛り上げられた絶体絶命の状況からここまでの顛末を回想する形で語られていく。つまりコーキー目線でことの次第が明らかになっていくわけで、相方のヴァイオレットが果たしてコーキーを本気で愛しているか?コーキーをはめて金をせしめようとしているんではないか?という興味が映画の核になる。さらに、マフィアの凶暴な男ども相手に、丁々発止の裏のかきあいを繰り広げるあたりがスリリング。腕力だけではとても勝ち目のない華奢な女性たちだけに、ハラハラドキドキ度は倍増する。しかし、エンドタイトルが流れ始めると、実はこの映画、コーキーじゃなくてヴァイオレット中心だったということがわかる。向こう気の強いコーキー以上に、か弱いイメージの彼女が窮地に陥った状況に感情移入してしまっていたことに気づくのだ。この目線は、まさにラナ・ウォシャウスキー目線なんじゃないだろうか?兄のラリー・ウォシャウスキーは2008年に性同一障害によりラナ・ウォシャウスキーとなったことを考えると、ヴァイオレットの女性目線はきわめてラナ・ウォシャウスキーに近いんじゃないか?なんて思えてくる。
コミック大好きなウォシャウスキー兄弟(姉弟?)らしく、スタイリッシュな絵づくりやキレのある展開は『マトリックス』を彷彿とさせる。独自の世界観にのめり込んで、スゴイけど退いちゃう曼陀羅図絵みたいなもんになってしまった『マトリックス』の続編よりも、こっちの映画のほうがエッジが効いてて好きだな。


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映画『アナザー・プラネット』

2012年11月12日 | 映画の感想



監督、撮影、編集 マイク・ケイヒル
脚本: マイク・ケイヒル、ブリット・マーリング
ブリット・マーリング ローダ
ウィリアム・メイポーザー ジョン
ロビン・ロード・テイラー
マシュー=リー・アルルバフ

2011年サンダンス映画祭審査員特別賞、アルフレッド・P・スローン賞のダブル受賞を果たした『アナザー・プラネット』。ごく控えめながらも非常に美しいVFX映像と、登場人物たちのアンビバレンツな揺れ動く心情を見事に描いた、低予算SF映画のお手本とも言うべき秀作である。
若干17歳でMIT(マサチューセッツ工科大学:全米屈指の名門)に合格したローダ(ブリット・マーリング)は、パーティ帰りに車で帰路へ。しかし不思議な惑星を夜空に見つけた彼女はそれに気を取られ、ある家族が乗る車に衝突、妊娠していた妻と幼い息子を死なせてしまう。それから4年後、交通刑務所を出所したローダは謝罪のため、生き残った夫ジョン(ウィリアム・メイポーザー)を訪ねる。しかし告白する勇気がなく身元を偽ってしまった彼女は、思いがけずジョンと惹かれうことに。真実を語ることが出来ず罪悪感に苛まれるローダだったが、あの夜に見た惑星が“もうひとつの地球”だったことを知り、ある行動を起こす……。

★★★★★
いや~この映画、半分くらいまで見たところで、大傑作の予感。おいおい、チープな終わり方だけはごめんだぜ!って気分で観てしまうくらい、肩入れしてしまった。全然マークしてなかっただけに、感激が大きい!もうひとつの地球が地球に近づいてくるという、惑星メランコリア的な映画なんだけど、あっちはあっちでイメージアートとしては傑作だったし憂鬱爆弾炸裂の衝撃作だったんだけど、ドラマとしてはやはりこっちだなあ。メロドラマっちゅう見方をすればそうなんだけど、とにかく作品のもつ雰囲気が琴線に触れた。SF映画なんだけど、SF部分は背景であって、ドラマを中心に展開するのもいいし、そのSF設定が、『ゆるし』という作品テーマに見事に絡んでくるラストの展開も秀逸。SFなのにきっと超低予算、でもそんなことまったく気にならない。そこが抑制が効いているってところになって作品自体を高めている。
もうひとつの地球が存在して、向こうにも自分が存在するらしいことがわかっている。そういう設定で作品を作ったら、十中八九シリアスぶってもコミカルなお話になると思う。ところが、この設定のうえで、描かれているのは、ひとりのインテリ女性の逃避や贖罪のドラマなのだ。もうひとつの地球があったら?もうひとりの自分がいたら?その自分が今の自分と同じ過ちを犯しているのか?そんな自分を許すことができるのか?こういう深刻なテーマと、SF設定がこんなに見事に融合できるなんて!
なんといっても、もうひとつの地球を知る前はふたつの地球はまったく同一であり、互いを知った瞬間から別々の存在となり、運命も変化しはじめるっていう発想がユニーク。交通事故なんてほんの一瞬の判断ミスで起きるもの。だからこそ、あの晩に何らかの違いが生まれてもおかしくないわけだ。そしてその後の人生が大きく変わったとしても。そしてこの映画がいいのは、ラストシーンの出色の出来。語りすぎず、抑制の効いた、この映画に相応しいエンディングにこっちまで心が救われた気持ちになる。いい終わり方だなあ。
いや~、この映画は今は有名じゃないけど、絶対にカルトになる。そして十年後、二十年後にも、この映画を「ラスト・コンサート」や「ある日どこかで」みたいに、心の中の宝物映画にしてしまう人がいる、そういうタイプの映画。必見の傑作!主演女優のブリッド・マーリングは役者としても脚本家としても今後、注目に値する。


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映画『9日目~ヒトラーに捧げる祈り~』

2012年11月12日 | 映画の感想



監督 フォルカー・シュレンドルフ
原作 ジャン・ベルナール
ウルリッヒ・マテス
アウグスト・ディール
ヒルマール・ターテ
ビビアナ・ベグロー

1942年、ダッハウ収容所。ナチスに抵抗するカトリックの聖職者たちが集められた強制収容所で、神父のクレーマーもいつ殺されるとも知れない地獄の日々を過ごしていた。そんな時、突然彼に故郷ルクセンブルグへの帰国が許される。逃げるように帰郷するクレーマーだったが、実際に彼に認められていたのは、釈放ではなく九日間の一時帰国だった。そして面談したナチスの青年将校から下された命令は、ナチスへの協力を拒み続ける大司教を説得することだった。大司教の協力をとりつけ、バチカンをもナチスの言いなりにしていくのが狙いだったのだ。クレーマー自身、ナチスに反対しレジスタンスに加わったこともある人間なのに、である。もし説得に失敗すれば、9日後にはダッハウに戻らなければならないのはもちろん、ダッハウの聖職者仲間たちは皆殺しにされ、クレーマーの家族たちも今までのように暮らせなくなってしまう。クレーマー神父は大司教への謁見を申し出るが、ナチスの息がかかっていることを察知した大司教は神父と会うことを病気を理由に拒んだ。刻一刻と時は迫る・・・。

★★★★☆
ナチスを憎みヒトラーに祈りを捧げることは神の意志ではないという信念を抱きつつ、収容所の同胞や家族そしてルクセンブルグの民衆を守るためには仕方のないことなのか?仲間を助けずに自分だけがこっそりと水を飲んだ罪に苛まれ続け、収容所の飢えと渇きを恐れうなされる。そんなクレーマー神父の9日間一日一刻の苦悩と葛藤が描かれていく映画だ。
ルクセンブルグでは、クレーマー神父の母は亡くなり、兄と妹夫婦が待っていた。気丈に兄を守ろうとする献身的な妹。妹の夫は、これ以上日常が脅かされることを恐れ妥協してほしいという気持ちを隠せない。鉄鋼業を生業とする弟は、兄を救うために青年将校を懐柔しようと試み、それが無理だとわかると兄を逃亡させようとするなど、自らの姿勢を貫く行動的な人物である。
また、クレーマー神父が大司教との謁見の仲介を頼む神父は、民衆を守るためならナチスに協力するのもいたしかたないという考えだし、大司教は仮病であったことをその場で白状し、あくまでナチスへの協力を拒むという高潔な人物である。
この家族三人のそれぞれの思い、そして仲介の神父や大司教の思いは、クレーマー神父自身の心の中で葛藤している思いそのままと見ることができる。
この映画で、クレーマー神父と対峙するのは、青年将校ゲプハルト中尉だ。クレーマー神父に過酷な選択を迫る無慈悲な将校という立場だが、実はゲプハルト自身、神に仕えようとした時期がありながらナチスを選んだ過去があり、今回の懐柔作戦の発案には彼の苦悩が反映されていることが判明する。このへんが中尉と神父のユダをめぐる議論で描かれている。クレーマーの弟が賄賂で解決しようとしたときのゲプハルトの拒絶は、今回の任務が彼にとって特別な意味をもつことを意味している。
ラストでゲプハルトはクレーマー神父に銃口を向けるが、もうそのときにはクレーマーの勝利とゲプハルトの敗北は明らかになっていた。クレーマーはゲプハルトとは違う道を選び、神のもとにあるのだから。
宗教や信念について考えさせてくれる、派手さはないけれどずしりと重い手応えの映画だった。
う~む、それにしてもウルリッヒ・マテス、黒目が異様にでかい・・・。


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映画『ザ・クラッカー/真夜中のアウトロー』

2012年11月12日 | 映画の感想



監督 マイケル・マン
ジェームズ・カーン
チューズデイ・ウェルド
ウィリー・ネルソン
ジェームズ・ベルーシ
ロバート・プロスキー
トム・シニョレッリ
デニス・ファリナ
ウィリアム・L・ピーターセン
ジョン・サントゥッチ

シカゴで中古自動車の販売を営むフランク(ジェームズ・カーン)は裏の世界ではプロの金庫破りとして活躍しており刑務所に収監されている大泥棒のオークラ(ウィリー・ネルソン)を実の父の様に慕い教えを守り同じ仲間とともに仕事をこなしていた。しかしフランクはそんな生活に嫌気がさしてウェイトレスのジェシー(チューズディ・ウェルド)と新しい人生を始めようとしていたが犯罪組織のボスであるレオ(ロバート・プロスキー)がフランクの腕を買って仕事を依頼してくる。

★★★★☆
いや~、こいつは拾い物!
1981年、マイケル・マン初監督の、ジェームズ・カーン主演クライムサスペンス映画。
松田優作主演のハードボイルドアクション映画、『蘇る金狼』とか好きです?孤高のアンチヒーローが強大な組織を敵に回して自分の流儀を貫いて闘うみたいな映画。この映画はまさにそれ。アメリカ版の松田優作をジェームズ・カーンがみごとに演じている。・・・というか、ジェームズ・カーンって役者は紹介されるときに、ろくでもない悪ガキだったことが出てくるくらい、悪ガキだったことを売っていた俳優。この映画の役は、なんかもう素のまんまみたいな強盗役だ。自分の流儀をかたくなに守って、自分が思い描いたままの人生設計を周りに強要する、スジは通っているけど、誰にとってもやっかいな硬骨漢ぶりがまったくブレなくて惚れ惚れしてしまう。こんなにも高倉健や松田優作の映画を連想させる展開の洋画があったことにビックリしてしまう。それでいて、宝石強盗の金庫破りシーンがけっこうリアル。まるで地下鉄工事みたいな、スマートさのない、ある意味、正攻法な金庫の破り方が素敵だ。溶接機械の描写などのリアリティはたいしたもの。
加えて、タンジェリン・ドリームの音楽のダサさったらない。打ち込みのピコピコした音は、今の感覚からして恥ずかしい音なんだけど、さらに昔の邦画っぽい泣かせのメロディラインがさらにもって恥ずかしい。ホント、特異な時代だったんだよなあ、テクノなあの頃。
西洋版の松田優作映画なんてあんの?なんて思ったら、だまされたと思って観てほしい。B級の雰囲気、音楽の時代的雰囲気、なんか伝わってくる空気は同じだから!


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映画『ツリー・オブ・ライフ』

2012年11月12日 | 映画の感想



監督 テレンス・マリック
ブラッド・ピット (Mr. O'Brien)
ショーン・ペン (Jack)
ジェシカ・チャステイン (Mrs. O'Brien)
フィオナ・ショウ (Grandmother)
ハンター・マクラケン (Young Jack)
ララミー・エップラー (R.L.)
タイ・シェリダン (Steve)

ジャック・オブライエン(ショーン・ペン)は実業家として成功していたが、人生の岐路に立つ。そして深い喪失感のなか、少年時代を回想する。1950年代半ばの中央テキサスの小さな田舎町で、幸せな結婚生活を送るオブライエン夫妻とジャック、2人の弟たち。一見平穏に見える家庭だったが、ジャックにとって心安らぐ場ではなかった。社会的な成功と富を求める父(ブラッド・ピット)は、力こそがすべてだと考える厳格な男で、母(ジェシカ・チャステイン)は自然を愛で、慈愛に満ちた心で子供たちを包み込む優しい女だった。11歳のジャックはそんな両親の狭間でふたつに引き裂かれ、葛藤していた。父に反感を抱きながら、父に似た成功への渇望や力への衝動を感じ、暗黒の淵に囚われそうになるジャック。そんな彼を光のさす場所にとどめたのはなんだったのか、数十年の時間を経て思いを巡らすとき、すべてを乗り越えつながり続ける家族の姿に、過去から未来へと受け継がれる生命の連鎖を見出す。

★★★☆☆
寡作のテレンス・マリック監督が78年に撮った『天国の日々』は日本で公開された当時、劇場に観に行った。貧しい季節労働者のリチャード・ギアと恋人、雇い人の男の愛憎のドラマなのだが、その圧倒的な映像美に驚いたのを今でも憶えている。時に事態の展開が見えないほどの薄明や靄が未だに忘れられないのだ。
そして今作。息を飲むほどに鮮明な映像の連続と、大胆な音楽の鳴らしようにまず驚いた。こんなにみずみずしい映像の作品だとは思っていなかったので衝撃が大きかった。しかもCGを多用した科学ドキュメンタリー番組並みに、生命の進化をじっくり見せられるなんて思いもよらなかった。
作品のテーマはズバリ、『何故私はいまここに私として存在するか?』だ。ジャック(ショーン・ペン)は、マリック監督の分身だ。彼の記憶の断片や思考、イメージが寄せ集まって映画が構成されている。生命の連鎖の一存在としての自分。自分のようになってほしくないという一念から厳格であろうとする父親を憎んでいた自分。母親への愛情に異性への欲望を感じ葛藤する自分。神に向かって呟き対話し続ける自分。そんな内面世界が映像の洪水によって明らかにされていく。その映像のほとんどが少年時代の日常生活のリアルな欠片であるからこそ、当時のアメリカの空気がリアルに感じられる。現代につながる、強さを求めるアメリカ、豊かさを求めるアメリカのリアルな空気を、『天国の日々』の麦畑の空気と同じように感じることができる。
映画作品にも、こういう純文学があってもいい。ただ、今のボクにとって『宗教映画』はちょっと合わなかった。後日見直してみたら★★★★★になるかもしれないし、☆☆☆☆☆になるかもしれない。そういう自分自身と対峙しながら味わう文学映画だ。


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映画『君のためなら千回でも』

2012年11月12日 | 映画の感想



監督 マーク・フォースター
ハリド・アブダラ アミール
ホマユン・エルシャディ ババ
ゼキリア・エブラヒミ 少年時代のアミール
アフマド・ハーン・マフムードザダ 少年時代のハッサン
ショーン・トーブ ラヒム・ハーン
アトッサ・レオーニ ソラヤ
アリ・ダネシュ・バクティアリ ソーラブ

アフガニスタン出身のカーレド・ホッセイニ原作ベストセラー『君のためなら千回でも』(旧題『カイト・ランナー』)を「ネバーランド」「主人公は僕だった」のマーク・フォースター監督で映画化した感動ヒューマン・ドラマ。ソ連のアフガニスタン侵攻の際にアメリカに亡命し作家になる夢を実現させた主人公が、今なお深い心の傷となっている少年時代に犯した罪と向き合い、それを償うためタリバン独裁政権下のアフガニスタンに帰郷するさまを感動的かつスリリングに綴る。
 ソ連侵攻前のまだ平和だったアフガニスタン。裕福な家庭の少年アミールと、彼の家に仕える召使いの息子ハッサンは、境遇の違いを越えて強い絆で結ばれた親友同士だった。ところが12歳の冬の日、恒例のケンカ凧大会の最中にある事件が起きる。以来、アミールは少年ゆえの潔癖さと後ろめたさからハッサンを遠ざけてしまう。そこへソ連軍が侵攻、アミールは後悔と罪の意識を抱えたままアメリカへ亡命、再びハッサンと会うことなく月日は流れてしまう。20年後、苦労の末にアメリカで念願の作家デビューを果たしたアミールのもとに、アフガニスタンの恩人から1本の電話が入る。“まだやり直す道はある”との言葉に、アミールは意を決して危険なタリバン独裁政権下の故郷へと向かうのだったが…。

★★★☆☆
中近東の一国を舞台にした少年の友情物語・・・そんな映画だろうと思って観始めたのだが、思っていたよりもずっとエンタテイメント映画なのにビックリしてしまった。終りのほうのハッサンの息子救出劇なんてアクション映画のノリだし、車の疾走場面が『慰めの報酬』っぽいアングルがあって興味深かった。つまりなるほど007監督に起用されるはずだな、という感じ。友情で結ばれていたアミールとハッサンだが、事件をきっかけにアミールの嘘によって別れ別れになる。大人になったアミールが、ゆるしのために勇気ある行動でハッサンの息子を救出しようとするといった展開の、友情あり冒険あり魂の救済ありのドラマチックな展開である。
だがしかし、ちょっと待て。主人公アミールのとった行動、ハッサンが悪童たちに陵辱されるのを見て見ぬふりをしたり、ハッサンが近くにいることが耐えられなくなって父親の嫌う盗みの犯人に仕立てたり・・・それってやはりひどいと思う。ハッサンの息子ソーラブを生命がけで救出するのも甥っ子であると判明してからの話で、純粋に親友ハッサンへの贖罪行為ではなくて弟の息子を助ける話になっているわけだし。
そもそもこの映画の視点がアミールの立場からの一方的な見方なのが気になった。イスラム教スンナ派のパシュトゥーン人によってシーア派のハザラ人は支配され、社会の最下層と見なされ使用人などに雇われていた時代。パシュトゥーン人のアミールとハザラ人のハッサンとの関係は友情で結ばれつつもどこかイビツだし。のちにアメリカに亡命して作家として暮らしを立てているアミールだけに、悪者として描かれているのはロシア人でありタリバンであり。ロシアに対して嫌悪を露わにする父親、その息子アミールの視点だから仕方がないといえばそうだけど、内省のない善悪のつけ方に興醒めしてしまった。
アフガニスタンの内情を知るきっかけにはなるけれど、あくまでアメリカ映画だということを心して鑑賞したい映画だ。


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映画『ユメ十夜』

2012年11月12日 | 映画の感想



監督 
実相寺昭雄「第一夜」、市川崑「第二夜」、清水崇「第三夜」、清水厚「第四夜」OP&ED、豊島圭介「第五夜」、松尾スズキ「第六夜」、天野喜孝・河原真明「第七夜」、山下敦弘「第八夜」、西川美和「第九夜」、山口雄大「第十夜」
原作 夏目漱石『夢十夜』
脚本
久世光彦「第一夜」、柳谷治「第二夜」、清水崇「第三夜」、猪爪慎一「第四夜」、豊島圭介「第五夜」、松尾スズキ「第六夜」、山下敦弘「第八夜」、長尾謙一郎「第八夜」、西川美和「第九夜」、山口雄大・加藤淳也「第十夜」(脚色 漫☆画太郎)
出演 
小泉今日子、松尾スズキ、うじきつよし、中村梅之助、堀部圭亮、香椎由宇、山本耕史、菅野莉央、市川実日子、大倉孝二、阿部サダヲ、TOZAWA、石原良純、藤岡弘、、山本浩司、緒川たまき、ピエール瀧、松山ケンイチ、本上まなみ、石坂浩二、戸田恵梨香
声の出演 
Sascha、秀島史香

文豪・夏目漱石の幻想短編集『夢十夜』を豪華にして多彩なスタッフ・キャスト陣で映画化したオムニバス・ムービー。漱石が描く不条理で幻想的な夢の世界を10人の監督がそれぞれの個性を存分に発揮して映像化を試みる。

★★★★☆
夏目漱石の『夢十夜』のそれぞれを、いろんな映画監督が短編映画として撮りあげたもののオムニバスなので評価しにくい作品に仕上がっている。

第一夜
監督:実相寺昭雄、脚本:久世光彦
出演:小泉今日子(ツグミ)、松尾スズキ(百)、寺田農、堀内正美
大胆なカメラワーク、レトロな幻視風景、実相寺の演出は嫌いじゃないけれど、セットすらはみ出す演出に失笑。こりゃもう実相寺ワールドに過ぎない。白百合のエロスを映像化しないなんてなあ。
 

第二夜 [編集]
監督:市川崑、脚本:柳谷治
出演:うじきつよし(男)、中村梅之助(和尚)
字幕つきの白黒映画(赤い短刀だけは別だけど) でレトロに描いたところが逆に新しい。が、最も忠実に映像化している。らしいといえばらしいけれど、十作品の中にあっては主旨が違うかも。

第三夜 [編集]
監督・脚本:清水崇
出演:堀部圭亮(夏目漱石)、香椎由宇(夏目鏡子)、櫻井詩月(愛子)
ホラーVシネマ風というか。でも意外と忠実に作られていて、しかも神経を逆撫でする怖さも映像化できている。だが原作の業への深みはないかな。香椎由宇の左右対称の美しさはホラーで映える。 

第四夜 [編集]
監督:清水厚、脚本:猪爪慎一
出演:山本耕史(夏目漱石)、菅野莉央(日向はるか)、品川徹、小関裕太、浅見千代子、市川夏江、渡辺悠、鶴屋紅子、佐久間なつみ、日笠山亜美
原作を解体して、ノスタルジックなファンタジーとして再構築したもの。幼年時代のなんともせつない想いやらが描かれている。ただ、さすがに「漱石く~ん」には、違和感を感じる。 

第五夜 [編集]
監督・脚本:豊島圭介
出演:市川実日子(真砂子)、大倉孝二(庄太郎)、三浦誠己、辻修
原作のいつとは知れぬ戦国の時代の空気を、現代社会や家庭の閉塞した空気に置き換えたところは見事。でも包帯妖怪天邪鬼(勝手に命名)がゾンビ的にコミカルで、映像的には不満。市川実日子の眼はいいなあ。

第六夜 [編集]
監督・脚本:松尾スズキ
出演:阿部サダヲ(わたし)、TOZAWA(運慶)、石原良純
2チャンネル言語やらいまどきダンスやら、すぐに古くさくなっちゃいそうな当世カルチャーで、原作を換骨奪胎、オリジナリティを生み出している。これは面白い!画面上で変換されていく文字と阿部サダヲのおとぼけ演技が最高。

第七夜 [編集]
監督:天野喜孝、河原真明
出演:sascha(ソウセキ(声))、秀島史香(ウツロ(声))
原作をそのまんま異世界のジャパニメーションにしましたって感じの世界。言葉はすべて英語、日本語もなんだか呪文のように聞こえ、異邦人が抱く孤独への不安をより募らせる。異次元映像を楽しむ一遍。 

第八夜 [編集]
監督:山下敦弘 脚本:長尾謙一郎
出演:藤岡弘、(夏目漱石、正造)山本浩司、大家由祐子、土屋匠、森康子
原作の鏡の向こうに覗き見る異世界のシュールな趣を、赤塚不二夫のナンセンスギャグに。 原作どおりは動かない金魚売りくらいかな。ここまでヤッちゃうと、果たして原作として位置づけていいのかどうか。やっぱチクワだな!

第九夜 [編集]
監督・脚本:西川美和
出演:緒川たまき(母)、ピエール瀧(父)、渡邉奏人
太平洋戦争に時を移して正解。原作どおりの設定ながら、お百度を重ねながら、ひたむきな妻の純粋さやら直情さやら執念深さやらが見えきて厚みが増していく展開が秀逸。それにしても濡れた緒川たまきが妖艶だ。

第十夜 [編集]
監督・脚本:山口雄大、脚本:加藤淳也、脚色:漫☆画太郎
出演:松山ケンイチ(庄太郎)、本上まなみ(よし乃)、石坂浩二(平賀源内)、安田大サーカス、井上佳子
漫☆画太郎のグロ漫画をまんま映像にした悪ふざけ暴走モードが気にならなければ面白い作品。いやツボにはまれば最高に面白いかも。ボクとしては、原作の、豚の群れをステッキで撃退するシーンの実写が見たかった。

というわけで、特にお気に入りは、第九夜そして第六夜。


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映画『アーティスト』

2012年11月12日 | 映画の感想



監督 ミシェル・アザナヴィシウス
ジャン・デュジャルダン (George Valentin)
ベレニス・ベジョ (Peppy Miller)
ジョン・グッドマン (Al Zimmer)
ジェームズ・クロムウェル (Clifton)
ペネロープ・アン・ミラー (Doris)
ミッシー・パイル (Constance)
ベス・グラント (Peppy's Maid)
ジョエル・マーレイ (Policeman Fire)
マルコム・マクダウェル (The Butler)
エド・ローター (The Butler)
ケン・ダビティアン (Pawnbroker)

1927年、サイレント映画全盛のハリウッド。大スター、ジョージ・ヴァレンティン(ジャン・デュジャルダン)は、共演した愛犬とともに新作の舞台挨拶で拍手喝采を浴びていた。熱狂する観客たちで映画館前は大混乱となり、若い女性ファンがジョージを突き飛ばしてしまう。それでも優しく微笑むジョージに感激した彼女は、大胆にも憧れの大スターの頬にキス。その瞬間を捉えた写真は、翌日の新聞の一面を飾る。写真の彼女の名前はペピー・ミラー(ベレニス・ベジョ)、未来のスターを目指す新人女優だった。映画会社キノグラフでオーディションを受けた彼女は、愛らしい笑顔とキュートなダンスで、ジョージ主演作のエキストラ役を獲得。撮影後、楽屋を訪ねてきたペピーに、ジョージは“女優を目指すのなら、目立つ特徴がないと”と、アイライナーで唇の上にほくろを描く。その日を境に、ペピーの快進撃が始まる。踊り子、メイド、名前のある役、そして遂にヒロインに。1929年、セリフのあるトーキー映画が登場すると、過去の栄光に固執し、“サイレント映画こそ芸術”と主張するジョージは、キノグラフ社の社長(ジョン・グッドマン)と決別する。しかし数か月後、自ら初監督と主演を務めたサイレント映画は大コケ。心を閉ざしたジョージは、心配して訪ねてきたペピーすら追い返してしまう。それから1年。今やペピーはトーキー映画の新進スターとして人気を獲得していた。一方、妻に追い出されたジョージは、運転手クリフトン(ジェームズ・クロムウェル)すら雇えなくなり、オークションで想い出の品々を売り払う。執事にその全てを買い取らせたペピーは、ジョージの孤独な背中に涙を流す。酒に溺れるジョージは自分に絶望し、唯一の財産であるフィルムに放火する・・・

★★★★☆
エー!これがアカデミー賞だって?!
だって、これはっきり言ってただのコメディ映画だよ。『OSS 117 私を愛したカフェオーレ』なんていう007のパロディをもろに60年代テイストのボンド映画のツボをグイグイ突いてくるエスプリで作っちゃう監督と役者が手を組んで、モノクロ映画時代の面白さを思いっきり詰め込んで楽しんじゃおうって作ったコメディ映画だよ、これは。アリメカでマジに受けとめられたのかもしれないけど、細かいくすぐりで楽しむフランスらしいセンスのコメディ映画。まあ、コメディがアカデミー賞を獲っちゃいけないなんて法はないけれど、けっこうマジメな映画と思って観始めたボクは、面白くて仕方なかった。
説明的なカットで先の読める展開しかり、心情をそのまんま画面上の小道具大道具に語らせるような絵作りしかり。懐かし~い丸抜きの画面転換とか、鏡面の反射を使った凝った画面などなど。そして、昔の映画にこんなのあったよなぁ~ていう王道中の王道を突っ走る展開。そういうオマージュというか、パロディでくりぐりまくってくれる。
しかもストーリーは、『サンセット大通り』の男バージョン、ハッピーバージョンと来たもんだ。運転手の扮装なんてもうそのまんまシュトロハイムのパクリ。主演のジャン・デュジャルダンなんて持ち前の、往年のショーン・コネリーのまがいものっぽさに加えて、クラーク・ゲーブルやらジョン・バリモアを彷彿とさせるポマード臭~い男の色気がムンムン。
もちろん、凝ったサイレントの使い方、効果音の出し方の凝り方も素敵なんだけど、これもまた楽しんでやってるわけで。
フランスの感性で作ったコメディ映画が、アカデミー賞で作品として評価されるっていうコメディが、ボクにとっては最高に楽しかったのかもしれない。


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映画『黒い家』

2012年11月12日 | 映画の感想



監督 森田芳光
内野聖陽 (若槻慎二)
大竹しのぶ (菰田幸子)
西村雅彦 (菰田重徳)
田中美里 (黒沢恵)
石橋蓮司 (葛西好夫)
町田康 (松井刑事)
小林薫 (三善茂)
桂憲一 (金石克己)
伊藤克信 (角藤)
菅原大吉 (大迫外務次長)
佐藤恒治 (木谷内務次長)
小林トシ江 (橋本教諭)
友里千賀子 (大西光代)
鷲尾真知子 (波多野医師)
貴志祐介 (営業マン)
山崎まさよし (出前持ち)
黒谷清水 (守衛)

金沢にある昭和生命保険北陸支社に勤務する若槻は、真面目で有能な総務主任として、日夜、仕事に心血を注いでいた。ある日、菰田重徳という契約者からの呼び出しを受け家に赴いた彼は、そこで重徳の継子・和也の首吊り死体を発見。和也が若槻の会社の保険に加入していたことから、和也の実母である幸子や重徳に保険金の催促を受けるようになる。本社の査定が待たれる中、日参する重徳の異常さに息子殺しの疑惑を抱き始めた若槻は、ふたりの調査を独自に開始。重徳が障害給付金を得る為なら指をも落とす指狩り族と呼ばれる札付きであることなど、彼らの数々の黒い過去を知るのであった。そんな折、若槻の恋人である恵の勤務する大学の研究室の心理学助教授・金石が、菰田夫妻をプロファイリングし、ふたりは情性欠如者、つまり心がない人間=サイコパスであるとの判断を下した。ところが、その金石が惨殺され、若槻にも悪戯ファックスが送られてくるようになる。それから暫く後、警察が和也の死を自殺と判断し、菰田夫妻に保険金が支払われることとなった。これであの夫婦から解放される。ホッと胸を撫で下ろす若槻であったが、今度は重徳が勤務中の事故で両腕を切断したとの連絡が入り、障害保険の請求をされてしまう。これには若槻も黙っている訳にもいかず、悪質なケースの対処に出向く潰し屋・三善を差し向ける。ところが、効果がみられないばかりか、これに激怒した幸子が若槻の留守中にマンションに押し入り、部屋を滅茶苦茶に荒らす暴挙に出た。その様子を電話でモニターした若槻は、恵が幸子の家に監禁されていることを知り、彼女を救出すべく幸子の家に侵入する・・・

★★☆☆☆
森田芳光監督のホラー映画。観終わって一言、あ~しんど!な映画だ。なんといっても大竹しのぶのブチキレ演技が凄まじい。幽霊やら妖怪やらが出てくる映画よりも生身の人間の狂気を描いた映画のほうがはるかに怖いよなあって、改めて感じた。演出の面白さで言えば、前半の不自然にスライドしたり切り替わったりするカメラの動きがなんとも居心地が悪くさせる。また、太陽が雲間に隠れて画面が急に暗くなるといった光の変化が執拗に繰り返される。日常ってのがいかに不安定で脆く崩れてしまうのかを暗示していて、不安を募らせる演出と見た。
しかし、評価できるのはそのあたりまで。保険屋という辛い稼業をコミカルに描いた前半と、後半のホラーとの落差が変化球の面白さになっておらず違和感がある。子どもが自殺し、しかも保険金殺人の疑いありとなれば警察も詳しく捜査するだろうに、同じ家の床下にあんなに無造作に腐乱死体が転がっていたらバレないはずがない。また、中盤に大学の男が殺されるのだが彼だけ殺し方や遺棄の仕方を変えてしかも主人公の保険屋に警告するかのような手がかりを残すのか、まったく意図不明。まずもってこの映画の殺人犯は金のためなら手段を選ばないマシンであって、そういうタイプの殺人犯じゃないだろうし。
タイトル音楽に始まる打ち込み音楽もなんだかチープで作品に合っていないように感じた。打ち込み音楽でも、クローネンバーグ監督映画のハワード・ショアの音楽のように逆撫でして不安を募らせるタイプの音楽が合っていたような・・・。


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映画『L.A.コンフィデンシャル』

2012年10月31日 | 映画の感想



監督: カーティス・ハンソン
原作: ジェームズ・エルロイ
脚本: ブライアン・ヘルゲランド、カーティス・ハンソン
ラッセル・クロウ バド・ホワイト
ガイ・ピアース エド・エクスリー
ケヴィン・スペイシー ジャック・ヴィンセンス
ジェームズ・クロムウェル ダドリー・スミス
キム・ベイシンガー リン・ブラッケン
ダニー・デヴィート シド・ハッジェンス
デヴィッド・ストラザーン ピアース・モアハウス・パチェット
ロン・リフキン エリス・ローウ
マット・マッコイ ブレット・チェイス
ポール・ギルフォイル ミッキー・コーエン
サイモン・ベイカー=デニー マット・レイノルズ
グレアム・ベッケル ディック・ステンスランド
パオロ・セガンティ ジョニー・ストンパナート
アンバー・スミス スーザン・レファーツ
ブレンダ・バーキ ラナ・ターナー

 縄張り争いが激化する'50年代のロス。街のコーヒーショップで元刑事を含む6人の男女が惨殺される事件が発生した。殺された刑事の相棒だったバド(ラッセル・クロウ)が捜査を開始。殺された女と一緒にいたブロンド美人リン(キム・ベイシンガー)に接近する。彼女はスターに似た女を集めた高級娼婦組織の一員。同じ頃、その組織をベテラン刑事のジャック(ケビン・スペイシー)が追っていた。野心家の若手刑事エドも事件を追い、容疑者を射殺。事件は解決したかに見えたが、彼ら3人は底なしの陰謀に巻き込まれていく。鬼才ジェイムズ・エルロイの描いた1950年代のロサンゼルス。その退廃と虚栄を、「ゆりかごを揺らす手」のカーティス・ハンソンがみごとに脚色、映像化。主演のラッセル・クロウ、ガイ・ピアース、ケヴィン・スペイシーが演技で火花を散らす。謎の高級娼婦リン役のキム・ベイシンガーが、妖艶な演技でアカデミー助演女優賞に輝いた。又、脚本もアカデミー脚色賞を受賞している。

★★★★★
ここ数年、ご近所のゲオでもっぱらレンタルしていたけれど、TSUTAYAだけ!っていう『キックアス』を見んがために、少し離れたTSUTAYAまでチャリンコをこいで出掛けてビックリ、発掘良品なんてコーナーがあって、ボクにとって幻の名作がズラリ。そんなわけで先週から映画三昧に拍車がかかっている。これもその中の一本。

これはとにかく脚本がいい。ロスにマフィアが横行していた1950年代を舞台にしたマフィア犯罪もので、麻薬やら売春やら政治家のスキャンダルやらが描かれていくクラシカルなクライムサスペンス映画って掃いて捨てるほどあるから、そんな犯罪映画の一本かなとタカをくくっていたら、さにあらず。確かにその手のジャンルには間違いないのだが、ストーリーの構築ぶりが惚れ惚れするほど巧い。ラッセル・クロウ、ガイ・ピアース、ケヴィン・スペイシーの三者三様のクセのある警官を中心として、鍵を握る美女キム・ベイジンガー、そして黒幕の男。彼ら五人によってストーリーが展開していくのだが、表面的な人物描写でいったん性格づけされているかに思わせて、ストーリー展開の中で互いに絡み合っていくうちに新たな一面が現れてきて、それぞれの人物に厚みが増していくという作りになっているのだ。映画の中でひとりひとりの人間が息づいているといった感じだ。
いちばん得した役は、ケヴィン・スペイシーかもしれない。ちょうど『アンタッチャブル』のショーン・コネリーみたいに美味しい役である。黒幕に不意打ちを食らい、死ぬ直前に口走るたった一語に、犯人逮捕への一縷の希望や、後継者に託す思いが溢れていて泣かせる。また、若いラッセル・クロウがまだマッチョでないのが、腕力にものを言わせる一本気の警官らしくていい。今だと悪人の一人や二人、簡単に首をへし折りそうで、この頃のほうが普通人っぽくていい。ガイ・ピアースも憎まれ役に見えていいとこあるなと思わせてまた失望させたりと観客をほっておかない。キム・ベイシンガーも軽はずみな女なのか内にピュアを秘めているのか最後まで見守りたくなってしまう。
若い役者たちが皆、この映画のあとで大成していることからしても、いい脚本と演出で演技が活きるタイプの映画だと思う。この映画、あの『タイタニック』がアカデミー賞を11部門受賞と総なめにした98年に、9部門でノミネートされ脚色賞と助演女優賞のみを受賞したそうだ。自分の好みからしたらこっちの映画に軍配を上げる。ただ、CGによって史実をリアル&ダイナミックに再現するという新しい映画文化を世に知らしめた功績でいえばやはり『タイタニック』でよかったのかもなあ。


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映画『ジャッカー』

2012年10月31日 | 映画の感想



監督 エリック・レッド
ロイ・シャイダー コーエン
アダム・ボールドウィン テイト
ハーレイ・クロス トラヴィス・ナイト
クーパー・ハッカビー ジェフ・ナイト
スザンヌ・サヴォイ マーサ・ナイト
マルコ・ペレラ FBI ジョージ
トム・キャンビテリ FBI フレッド
アンドリュー・R・ギル FBI ロイ
フランク・ベイツ ハイウェイ・パトロール
ジェームズ・ジェター
ジェフ・ベネット

組織抗争の殺人を目撃したためFBIに証人として保護されている少年を二人の殺し屋が誘拐。組織の待つヒューストンまでの三人の奇妙な道行をサスペンスフルに描いたスリラー。年代が全く異なる三人のキャラクターが良く出ており、「ヒッチャー」「ニア・ダーク/月夜の出来事」の脚本家E・レッドが監督デビュー作としては手堅くまとめ、小品に仕上げている。

★★★★☆
ここ数年、ご近所のゲオでもっぱらレンタルしていたけれど、TSUTAYAだけ!っていう『キックアス』を見んがために、少し離れたTSUTAYAまでチャリンコをこいで出掛けてビックリ、発掘良品なんてコーナーがあって、ボクにとって幻の名作がズラリ。そんなわけで先週から映画三昧に拍車がかかっている。これもその中の一本。

発掘良品の、未見の映画の中で今のところいちばんの拾い物はコレ。なんらかのヤバイ場面を目撃した少年がその両親とともにFBIかにかくまわれている。そこを二人の殺し屋が襲って皆殺しにして、少年を連れ去る。少年を組織に引き渡して報酬を得るために、殺し屋二人は車で少年を連行するが・・・といったストーリー。
初老のベテランの殺し屋を演じるロイ・シャイダーがとにかくかっこいい。ロイ・シャイダーって生真面目な役人が似合いそうなキャラだと思っていたが、この映画のロイ・シャイダーは凄味もあるし愁いもあるしで、とにかくかっこいい。
いや映画自体がとにかくかっこいいのだ。
殺し屋に狙われるまでのいきさつ紹介なんてなし。もちろんとってつけたような説明的なセリフもなし。ロイ・シャイダーが死を覚悟したときに手紙を送るのだけど、その説明もなし。いやはやハードボイルドというかドライというか。観客はいきなり殺し屋たちと少年の逃避行につきあわされるだけ。何が起きるか先が読めないまま一緒に車に乗せられてしまった気分なのだ。
九歳の坊主に翻弄されて頭悪すぎ!なんて思わずに、とにかくこの世界観に浸りたい。コレ絶対、おすすめ!


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映画『パラサイト』

2012年10月31日 | 映画の感想



監督: ロバート・ロドリゲス
イライジャ・ウッド
ジョシュ・ハートネット
ジョーダナ・ブリュースター
ショーン・ハトシー
クレア・デュヴァル
ローラ・ハリス
アッシャー・レイモンド
ロバート・パトリック
ファムケ・ヤンセン
パイパー・ローリー
サルマ・ハエック
ジョン・スチュワート
ビービー・ニューワース
クリストファー・マクドナルド
ダニエル・フォン・バーゲン
サマー・フェニックス

 「デスペラード」「フロム・ダスク・ティル・ドーン」のロバート・ロドリゲスと、「スクリーム」の脚本家ケヴィン・ウィリアムソンが組んだSFスリラー。気弱な少年ケイシーは、ある日、グラウンドで奇妙な生き物を見つける。その生き物を水槽に入れた時、その生き物は変形し、攻撃的な本性を露にした。やがて、ケイシーはやたらに水を欲しがる辺りの人達のおかしな行動に気づく。「あの生物が人間に寄生しているかもしれない」と感じたケイシーは、仲間と共に学園の調査を開始。そこで、取り付かれた先生が保険医を襲う場面に遭遇する……。

★★★★☆
ここ数年、ご近所のゲオでもっぱらレンタルしていたけれど、TSUTAYAだけ!っていう『キックアス』を見んがために、少し離れたTSUTAYAまでチャリンコをこいで出掛けてビックリ、発掘良品なんてコーナーがあって、ボクにとって幻の名作がズラリ。そんなわけで先週から映画三昧に拍車がかかっている。これもその中の一本。

圧倒的な能力をもつ寄生エイリアンが、なぜ大都市とかじゃなく、わざわざ地方都市の高校から侵略に着手するのか?しかもわざわざボスを高校に送り込むのも、主人公たちグループに潜ませるのも危なすぎ。自家製ドラッグの利尿作用によって干からびてしまうのがエイリアンの弱点だとわかるのだが、人体の水分を奪う作用がそれだけ強力なら、エイリアンよりも前に人間がミイラになってしまうだろう。ドラッグが弱点だとしたら、ドラッグが蔓延していてもおかしくない高校を舞台に侵略を開始するのはエイリアン、頭悪すぎ。
・・・などなど、ツッコミどころ満載なんだけど、そこも含めてB級映画としてすばらしく面白い。
登場する高校生6人たちも、実にカリカチュアされてて個性が立っている。いじめられっ子のケイシー(ロード・オブ・リングのイライジャ・ウッド!)、生育歴を隠すクールな不良のジーク、悩み多きスポーツマンのスタンの男子3人。才色兼備ながら見栄っ張りのデライラ、SFオタクで孤高を気取るストークリー、軽~いブリッ子の転校生メアリーベスの女子3人。そろいもそろってヒーロー&ヒロインタイプじゃない一癖あるヘンテコ高校生たちが主人公っていうのがミソ。
一方の寄生された侵略者軍団が、原題(ザ・ファカルティ)どおりの『教師集団』。未知の侵略者が洗脳していく侵略行為が、権威的な教育者集団が価値観を押しつける行為のメタファーとして使われているのがいい。いかに教師集団の理不尽な支配やら抑圧から逃れ、自分らしさを守り仲間と協力して自己を確立していくか、というテーマがまったく嫌味なく描かれているのが爽やかだ。
当然、映画を観ているときは頭を空っぽにして楽しみたいB級SFホラーアクションの超娯楽お気楽映画である。だが、噛み終わったら味気ないガムみたいにつまんない駄菓子で終わらないコクのある美味さの残って、またつい観てしまいたくなるタイプの映画だ。


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