14. アブラハムの献祭失敗
また、蘇生、長成、完成の三段階を象徴する鳩と羊と雌牛とを、一つの祭壇に載せて献祭したのは
ちょうどアダムの一代で、三段階の成長期間を完成しようとしたのと同様に
アダムの立場であるアブラハムを中心として蘇生のアダム、長成のノア、完成のアブラハムというように
み旨から見て三代にわたって蕩減復帰しようとした縦的な摂理を、一時に、横的に完成するためであった
したがって、この献祭は、サタンが侵入した三数に表示されるすべての条件を、一時に、蕩減復帰して、全復帰摂理を一度に完成させようというみ意を象徴的に表示されたのである
今、我々はアブラハムがこの「象徴献祭」をどのような仕方でささげたかを知らなければならない
創世記一五章10節から13節までに記録されているみ言を見れば、アブラハムは、他の供え物はみな二つに裂いて祭壇の左右に置いたけれども
鳩だけは、裂かずにそのまま置いたので、荒い鳥がその死体の上に降り、アブラハムは、これを追い払ったと記されている
神はその日、日の入るころ、アブラハムに現れて
「あなたはよく心にとめておきなさい
あなたの子孫は他の国に旅びととなって、その人々に仕え、その人々は彼らを四百年の間、悩ますでしょう」
(創一五・13)
と言われた
アブラハムは裂くべき鳩を裂かなかったので、その上に荒い鳥が降り、それによって、イスラエル民族はエジプトに入り、四〇〇年間苦役するようになったのである
それでは、鳩を裂かなかったことが、どうして罪になったのだろうか
この問題は今日に至るまで、未解決の問題として残されてきた
これは、原理を通して初めて明確に解決されるのである
それでは、供え物を裂かなければならない理由はどこにあるのかということを先に調べてみることにしよう
救いの摂理の目的は、善と悪とを分立させ、悪を滅ぼし、善を立てて、善主権を復帰しようとするところにある
ゆえに、アダムという一人の存在を、カインとアベルに分立したのちに、献祭させなければならなかったことや
また、ノアのとき、洪水で悪を滅ぼして善を立てた目的は、みな善主権を復帰せんとするところにあったのである
したがって、神は、アブラハムをして供え物を裂いてささげるようにし、アダムやノアが完成できなかった善悪分立の象徴的摂理をしようとされたのである
それゆえに、供え物を裂くということは
第一に、アダムの家庭において、善悪の母体であるアダムを善と悪の二つの表示体に分立するために、アベルとカインに分立させたのと同じ立場を復帰するためであった
第二には、ノアが洪水四十日で善と悪に分立させた立場を復帰するためであり
第三には、サタンの主管下にある被造世界から、善主権の世界を分立させる象徴的な条件を立てるためであった
さらに第四には、サタンとの血縁関係を通して入ってきた、死亡の血を流して、聖別する条件を立てるためであった
もしそうであるとすれば、裂かなかったことが、どうして罪になるのだろうか
裂かないということは
第一に、カインとアベルに分立しない立場であるから、神のみが対応できるアベル的な対象がなく
したがって、それは、神のみ意にかなう献祭とはならないので
結局、カイン、アベルの献祭の失敗を、蕩減復帰できなかったという立場になる
第二に、それはノアを中心とする復帰摂理における洪水審判で、善と悪に分立されなかった状態そのままなので
結局、神が対応して摂理することのできる善の対象がなくなり、洪水審判で失敗したのと同じ立場に戻った結果となるのである
第三に、それはサタン主管下にある被造世界から、神が対応できる善主権の世界を分立させるための象徴的な条件を立てられなかったという結果をもたらした
第四に、それは死亡の血を流して聖別する立場に立てなかったので、神が対応して摂理することのできる、聖なる供え物になれなかったのである
このように、アブラハムが鳩を裂かずにささげたことは、サタンのものをそのままささげた結果となり
結局、それはサタンの所有物であることを、再び、確認してやったと同様の結果をもたらしてしまったのである
このように、蘇生を象徴する供え物である鳩がサタンの所有物として残るようになったので、蘇生の基台の上に立てられるべき長成と完成を象徴する羊と雌牛にも、やはりサタンが侵入したのである
したがって、この象徴献祭は、みなサタンにささげたという、結果に戻ってしまったので、鳩を裂かないことが罪となったのである
また、象徴的供え物に荒い鳥が降りたということは
(創一五・11)
何を意味するかを調べてみよう。
人間始祖が堕落したのち、神が摂理されるみ旨の前には、必ずサタンがついてくるのである
すなわち、創世記四章7節を見れば、カインとアベルが献祭をするときにも、サタンが門口に待ち伏せていた
そればかりでなく、ノアのときにも、審判直後に、サタンがノアの家庭に侵入する機会をねらっていたということを、からすによって表示してくださった
(創八・7)
このようにアブラハムが象徴献祭をするときにも、その供え物に侵入する機会だけをねらっていたサタンは、彼が鳩を裂かないのを見て、すぐその供え物に侵入した
聖書はこの事実を、荒い鳥が供え物の上に降りたということでもって象徴的に表しているのである
このような象徴献祭の失敗は、どんな結果をもたらしたのだろうか
アブラハムの「象徴献祭」の失敗によって、その象徴献祭で蕩減復帰しようとしたすべてのものは失敗してしまった
その結果、アブラハムの子孫が、異邦のエジプトで、四〇〇年間苦役するようになったが、その理由はどこにあったかを調べてみることにしよう
神はノアのときに、ハムの過ちによって、サタンに奪われた十代と審判四十数を、同時に蕩減復帰なさるために
四〇〇年というサタン分立期間を立てて、この分立基台の上にアブラハムを召命して、「象徴献祭」をするようにされたのである
しかしこのアブラハムの過ちにより、その供え物をまたサタンにささげたことになったので、「象徴献祭」をもって、アブラハムを信仰の祖に立てるための蕩減期間であったノア以後の四〇〇年期間も、やはり、サタンに奪われることになったのである
ゆえに、アブラハムが、「象徴献祭」に失敗する前の立場であり、したがって、ノアが箱舟をつくるために神の召命を受けた立場を、民族的に蕩減復帰するためには、この四〇〇年というサタン分立期間を、再び立てなければならなかったのである
ゆえに、イスラエル民族がエジプトで苦役する四〇〇年期間は
ノアやアブラハムが信仰の祖として出発しようとしたその立場を、民族的に蕩減復帰して
モーセをその基台の上に立たせるための期間であった
したがって、この苦役の期間は、アブラハムの献祭の失敗による罰を受ける期間であると同時に
神が新たな摂理をなさるために、サタン分立の基盤をつくる期間でもあったのである
神がアブラハムをして、一つの祭壇に三つの供え物を同時にささげる「象徴献祭」に成功せしめることにより、蘇生、長成、完成で表示されるすべての摂理を、同時に成し遂げようとされたことは、既に述べたところである
しかし、アブラハムがこれに失敗したので
彼を中心とする摂理は、更にイサクからヤコブまで、三代にわたって延長されたのである
ゆえに、アブラハムの「象徴献祭」の失敗は、ノアの箱舟を中心とした「象徴献祭」と、カイン、アベルを中心とした「象徴献祭」の失敗を反復したことになってしまったのである
原理講論 後編1 復帰基台摂理時代-14
聖書と原理講論を学び
神様をはっきりと知り、神様に感謝し
神様をおそれ、神様を愛し
自分を愛するのと同じように隣人を愛し
2020年 地上天国を完成させましょう
クリック!
↓ ↓ ↓ ↓
人格育成のための聖書を学ぶ順番
聖書完読の年間計画
一日4章読めば一年以内に完読することができます

十戒
❶ あなたは わたしのほかに 何ものをも神としてはならない
❷ あなたは 自分のために 刻んだ像を造ってはならない
❸ あなたの神、主の名をみだりに唱えてはならない
❹ 安息日を守ってこれを聖とし、あなたの神、主があなたに命じられたようにせよ
❺ あなたの神、主が命じられたように、あなたの父と母とを敬え
❻ あなたは殺してはならない
❼ あなたは姦淫してはならない
❽ あなたは盗んではならない
❾ あなたは隣人について偽証してはならない
➓ あなたは隣人の妻を むさぼってはならない
またすべて隣人のものを ほしがってはならない
申命記5章より
イエス様の答え
「先生、永遠の生命を得るためには、どんなよいことをしたらいいでしょうか」
イエスは言われた、
「なぜよい事についてわたしに尋ねるのか。よいかたはただひとりだけである。もし命に入りたいと思うなら、いましめを守りなさい」
彼は言った、
「どのいましめですか」
イエスは言われた、
「『殺すな、姦淫するな、盗むな、偽証を立てるな。 父と母とを敬え』
また『自分を愛するように、あなたの隣り人を愛せよ』」
マタイによる福音書 19章 より
よく言っておく
天地が滅び行くまでは、律法の一点、一画もすたることはなく、ことごとく全うされるのである
マタイによる福音書:5章より
統一教会の混乱克服の為の基本的な理解
http://s.ameblo.jp/tomutomud/themetop.html
原理講論 聖書 神様教会
聖書と原理講論を学びましょう