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生命の言葉

神様を知り、信仰の種を育てましょう

前4-10. エリヤの再臨

2017-01-20 14:43:05 | 原理講論 前編4 メシヤの降臨

10. エリヤの再臨

第二節 エリヤの再臨と洗礼ヨハネ

エリヤが再臨するということは、既に、マラキ預言者が預言したことであって
(マラキ四・5)

洗礼ヨハネが、正に再臨したエリヤであるということは、イエスの証言であったのである
(マタイ一一・14、マタイ一七・13)

ところが、洗礼ヨハネがエリヤの再臨者であったということは、一般ユダヤ人はもちろん、洗礼ヨハネ自身も知らなかったので
(ヨハネ一・21)

このときから、イエスに対する洗礼ヨハネの疑惑
(マタイ一一・3)

と、これに伴うユダヤ人たちの不信は日増しに深くなって、ついにはイエスが十字架の道を行かなければならなくなったのである

原理講論 前編4 メシヤの降臨とその再臨の目的-10





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天地が滅び行くまでは、律法の一点、一画もすたることはなく、ことごとく全うされるのである

マタイによる福音書:5章より


十戒

❶ あなたは わたしのほかに 何ものをも神としてはならない

❷ あなたは 自分のために 刻んだ像を造ってはならない

❸ あなたの神、主の名をみだりに唱えてはならない

❹ 安息日を守ってこれを聖とし、あなたの神、主があなたに命じられたようにせよ

❺ あなたの神、主が命じられたように、あなたの父と母とを敬え

❻ あなたは殺してはならない

❼ あなたは姦淫してはならない

❽ あなたは盗んではならない

❾ あなたは隣人について偽証してはならない

➓ あなたは隣人の妻を むさぼってはならない
またすべて隣人のものを ほしがってはならない

申命記5章より



イエス様の答え

「先生、永遠の生命を得るためには、どんなよいことをしたらいいでしょうか」

イエスは言われた、

「なぜよい事についてわたしに尋ねるのか。よいかたはただひとりだけである。もし命に入りたいと思うなら、いましめを守りなさい」

彼は言った、

「どのいましめですか」

イエスは言われた、

「『殺すな、姦淫するな、盗むな、偽証を立てるな。 父と母とを敬え』

また『自分を愛するように、あなたの隣り人を愛せよ』」

マタイによる福音書‬ ‭19章 より






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前4-9. 必然的なもののような聖句

2017-01-20 07:31:51 | 原理講論 前編4 メシヤの降臨

9. 必然的なもののような聖句

(六)十字架の死が必然的なもののように記録されている聖句

福音書を見れば、イエスの十字架の苦難が必然的であるかのように記録されているところが多い

その代表的なものを挙げてみれば、イエスが十字架で苦難を受けることを預言されたとき、これを止めるペテロを見て

「サタンよ、引きさがれ」
(マタイ一六・23)

と責められたことから見て、彼の十字架の死は必然的であったかのように感じられる

そうでなければ、イエスはどうして、ペテロをそれほど責められたのだろうか

これは、実のところ、イエスはそのとき既に、ユダヤ人たちの不信により、結局、霊肉ともの救いの摂理は完成することができない状態になっていたので

霊的救いだけでも達成なさるために、その蕩減条件として、やむを得ず十字架の道を行くことに決定されたときだったからなのである
(ルカ九・31)

そんなときに、ペテロがこの道を遮るのは、結局、十字架による霊的救いの摂理の道さえも妨害することになるので、このように責められたのである

また、イエスが十字架上で「すべてが終った」
(ヨハネ一九・30)

と、最後のみ言を残されたのは、十字架上で救いの摂理の全目的が完成されたという意味ではない

ユダヤ人たちの不信は、もはや、取り返すことができないものであると悟られたので

その後、肉的救いは再臨後の摂理として残し、せめて霊的救いの摂理の基台だけでも造成なさるために、十字架の路程を行かれたのである

それゆえに、「すべてが終った」と言われたみ言は

ユダヤ人たちの不信により、第二次的な救いの摂理の目的として立てられた十字架による霊的救いの摂理の基台が、すべて終わったということを意味するのである

我々が正しい信仰をもつためには

第一に祈祷により、神霊によって、神と直接霊交すべきであり

その次には、聖書を正しく読むことによって、真理を悟らなければならない

イエスが神霊と真理で礼拝せよ
(ヨハネ四・24)

と言われた理由はここにある

イエス以後今日に至るまで、あらゆる信徒たちは、イエスは十字架の死の道を行かれるために、この世に降臨されたとばかり考えていた

しかし、これは、イエスがメシヤとして来られた根本目的を知らず、霊的救いがイエスの帯びてこられた使命の全部であるかのように誤解していたからである

生きてみ旨を完成するために降臨されたのにもかかわらず、ユダヤ人の不信によって、願わざる十字架の道を行かれたイエスの悲痛な心情を晴らし、彼のみ旨に協力する新婦が、もし地上に現れなければ、イエスはいったいだれと共にそのみ旨を完成しようとして再臨されるであろうか

「しかし、人の子が来るとき、地上に信仰が見られるであろうか」
(ルカ一八・8)

と言われたイエスのみ言は、まさしくこのような人間の無知を予想されて慨嘆されたみ言であった

ここで我々は、聖書を中心として、イエスはあくまでも死ぬために降臨されたのではなかったという事実を明らかにしたが、霊交によって、イエスに直接聞いてみれば、一層明白にこの事実を知ることができる

もしも、自分が霊通できないならば、他人の証を通じてでも、正しい信仰をもって初めて

終末において、メシヤを迎えることができる新婦の資格を備えることができるのである

原理講論 前編4 メシヤの降臨とその再臨の目的-9





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十戒

❶ あなたは わたしのほかに 何ものをも神としてはならない

❷ あなたは 自分のために 刻んだ像を造ってはならない

❸ あなたの神、主の名をみだりに唱えてはならない

❹ 安息日を守ってこれを聖とし、あなたの神、主があなたに命じられたようにせよ

❺ あなたの神、主が命じられたように、あなたの父と母とを敬え

❻ あなたは殺してはならない

❼ あなたは姦淫してはならない

❽ あなたは盗んではならない

❾ あなたは隣人について偽証してはならない

➓ あなたは隣人の妻を むさぼってはならない
またすべて隣人のものを ほしがってはならない

申命記5章より



イエス様の答え

「先生、永遠の生命を得るためには、どんなよいことをしたらいいでしょうか」

イエスは言われた、

「なぜよい事についてわたしに尋ねるのか。よいかたはただひとりだけである。もし命に入りたいと思うなら、いましめを守りなさい」

彼は言った、

「どのいましめですか」

イエスは言われた、

「『殺すな、姦淫するな、盗むな、偽証を立てるな。 父と母とを敬え』

また『自分を愛するように、あなたの隣り人を愛せよ』」

マタイによる福音書‬ ‭19章 より






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前4-8. 十字架に対する預言

2017-01-20 00:05:30 | 原理講論 前編4 メシヤの降臨

8. 十字架に対する預言

(五)十字架に対する預言の両面

イエスの十字架の死が、メシヤとして来られた全目的を完成するための予定からきた必然的な事実でないならば

イザヤ書五三章に、彼が十字架の苦難を受けることが預言されている理由はどこにあるのだろうか

今まで、我々は、イエスが苦難を受ける預言のみ言だけが聖書にあると思っていた

しかし、原理が分かって聖書を再読すれば、旧約時代に、既に預言者イザヤによって預言されたイザヤ書九章、一一章、六〇章などのみ言どおり

神がマリヤに天使を遣わして、将来懐胎されるイエスが生きておられる間にユダヤ人の王となり

世々限りなく滅びることのない王国を地上に建設されることを預言された事実が分かるようになる
(ルカ一・31〜33)

それでは、なぜこのように、イエスに対する預言が両面をもってなされているかということについて、調べてみることにしよう

神は人間を創造されるときに、人間自身が責任分担を果たすことによってのみ完成できるように創造された
(前編第一章第五節(二)②)

ところが実際においては、人間始祖は彼らの責任分担を完遂できずに堕落してしまった

このように、人間は神のみ旨のとおりに、自分の責任分担を完遂することもできるが

反対に、神のみ旨に反して、その責任分担を果たさないことも起こり得たのである

このような例を聖書で挙げてみれば、善悪の果を取って食べないのが人間の責任分担であった

アダムは神のみ言により、それを取って食べないで完成することもできるが、その反面、結果に表れた事実のように、取って食べて死ぬようなことも起こり得る事実だったのである

また、神は旧約時代の救いの摂理のための人間の責任分担の条件として、十戒を下さった

人間はそれを守って救いを受けることもできるが、またそれを守らずに滅びることもあり得ることだったのである

エジプトからカナンの福地に向かって出発したイスラエル民族が、モーセの命令に服従することは、彼ら自身が立てるべき責任分担であったので

彼らがモーセの命令に従順に従ってカナンの福地に入ることもできるが、また、従わずに入れないということもあり得たのである

事実、神はモーセが、イスラエル民族を導いてカナンの福地に入ることを予定されて
(出エ三・8)

彼にこれを命令されたが、不信によって、彼らはみな荒野で倒れ、その子孫たちだけが目的地を求めていくことができたのである

このように、人間には、人間自身が遂行すべき責任分担があって、神のみ旨どおりにそれを成し遂げることもできるし

逆に、そのみ旨に反して、成し遂げられないこともあり得る

このように、人間は人間自身の責任分担の遂行いかんによっては、そのいずれの結果をももたらすようになるのである

したがって、神はみ旨成就に対する預言を両面性をもってなさざるを得なかったのである

メシヤを遣わすことは、神の責任分担であるが、来られるメシヤを信ずるか否かは、人間の責任分担に属する

それゆえに、遣わしてくださるメシヤを、ユダヤ民族が神のみ旨のとおりに信じることもできるが、神のみ旨に反して信じないということも起こり得ることだったのである

したがって、人間の責任分担の遂行いかんによって生ずる両面の結果に備えて、神はイエスのみ旨成就に対する預言を二とおりにせざるを得なかったのである

そうであるから、イザヤ書五三章の記録のように、ユダヤ民族が信じない場合に対する預言もなさったのであるが

また、イザヤ書九章、一一章、六〇章とルカ福音書一章31節以下の記録のように、彼らがイエスをメシヤとして侍って、栄光の中にみ旨を成就するという預言もされたのである

しかし、ユダヤ人の不信により、イエスは十字架に亡くなられたので、イザヤ書五三章の預言だけがなされ

イザヤ書九章、一一章、六〇章とルカ福音書一章31節以下の預言は、みな再臨されてから成し遂げられるみ言として残されてしまったのである

原理講論 前編4 メシヤの降臨とその再臨の目的-8





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❶ あなたは わたしのほかに 何ものをも神としてはならない

❷ あなたは 自分のために 刻んだ像を造ってはならない

❸ あなたの神、主の名をみだりに唱えてはならない

❹ 安息日を守ってこれを聖とし、あなたの神、主があなたに命じられたようにせよ

❺ あなたの神、主が命じられたように、あなたの父と母とを敬え

❻ あなたは殺してはならない

❼ あなたは姦淫してはならない

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「先生、永遠の生命を得るためには、どんなよいことをしたらいいでしょうか」

イエスは言われた、

「なぜよい事についてわたしに尋ねるのか。よいかたはただひとりだけである。もし命に入りたいと思うなら、いましめを守りなさい」

彼は言った、

「どのいましめですか」

イエスは言われた、

「『殺すな、姦淫するな、盗むな、偽証を立てるな。 父と母とを敬え』

また『自分を愛するように、あなたの隣り人を愛せよ』」

マタイによる福音書‬ ‭19章 より



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前4-7. イエス再臨の目的

2017-01-19 13:56:14 | 原理講論 前編4 メシヤの降臨

7. イエス再臨の目的

(四) 十字架の贖罪による救いの限界とイエス再臨の目的

もし、イエスが十字架で死ななかったならば、どんなふうになったであろうか

イエスは霊肉両面の救いの摂理を完遂されたであろう

そして、預言者イザヤの預言
(イザヤ九・6、7)

と、マリヤに現れた天使の啓示
(ルカ一・31〜33)

のとおり、また、イエスが親しく、天国は近づいたと言われたみ言
(マタイ四・17)

のように、彼は永遠に滅びない地上天国を建設されたはずであった

神は人間を創造されるとき、土で肉身を創造され、そこに命の息を吹き入れて生霊となるようにされた
(創二・7)

このように、霊と肉から創造された人間であるので、堕落もまた霊肉共に起きてきた

したがって、救いも霊的救いと、肉的救いとを共に完成しなければならないのである

イエスがメシヤとして降臨された目的は、この救いの摂理を完遂なさるためであったので、彼は霊的救いと肉的救いとを共に完成しなければならなかったのである

イエスを信じることは、イエスと一体となることを意味するので、イエスは自らをぶどうの木に、信徒たちをその枝に例えられ
(ヨハネ一五・5)

また「あなたがたはわたしにおり、また、わたしがあなたがたにおることが、わかるであろう」
(ヨハネ一四・20)

とも言われた。

このように言われた理由は、堕落人間を霊肉共に救うために、彼が人間として来られたので

彼を信じて霊肉共に彼と一体となったならば、堕落人間も霊肉共に救いを受けたに違いないからである

ところが、ユダヤ人たちがイエスを信じないで、彼を十字架につけたので、彼の肉身はサタンの侵入を受け、ついに殺害されたのである

そのため肉身にサタンの侵入を受けたイエスを信じて、彼と一体となった信徒の肉身も、同じようにサタンの侵入を受けるようになったのである

こういうわけで、いくら篤信者であっても、イエスの十字架の贖罪では、肉的救いを完成することができなくなったのである

したがって、アダム以来の血統的原罪は清算することができず、いくら誠実によく信じる信徒であっても、彼に原罪がそのまま残るようになり、また、原罪のある子女を生むようになるのである

我々が信仰生活において、肉身の苦行をしなければならないのは、原罪が残っているところから、絶え間なく肉身を通じて入ってくるサタン侵入の条件を防ぐためであり

「絶えず祈りなさい」
(テサロニケⅠ五・17)

と言われたのも、このように、十字架の贖罪によっても根絶できなかった、原罪によるサタン侵入の条件を防ぐためなのである

上述のように、イエスは、彼の肉身がサタンの侵入を受けたので、肉的救いの摂理の目的は達成されなかったのである

しかし、彼は十字架の血の贖罪で、復活の勝利的な基台を造成することによって、霊的救いの基台を完成された

それゆえ、イエス復活以後、今日に至るまでのすべての信徒たちは、霊的救いの摂理の恵沢だけを受けることができるのである

このように、十字架の贖罪による救いは霊的な救いだけで、篤信者といっても、原罪は肉的に依然として残っており、それが引き続きその子孫たちに遺伝してきたのである

このために、信徒たちはその信仰が深くなればなるほど、罪に対して熾烈な闘いをするようになる

このようにイエスは十字架で清算できなかった原罪を贖って、肉的救いを完成し、霊肉ともの救いの摂理の目的を完遂なさるために、地上に再臨されなければならなくなったのである

上記のように、十字架の贖いを受けた信徒たちも、原罪と闘わなければならないので、使徒の中で信仰の中心であったパウロも、肉的に入ってくる罪悪の道を防ぐことができない自身を嘆いたあげく

「わたしは、内なる人としては神の律法を喜んでいるが、わたしの肢体には別の律法があって……わたしをとりこにしているのを見る」
(ロマ七・22、23)

と言った。

これは、霊的救いの完成に対する喜びと同時に、肉的救いの未完成に対する悲嘆を表明したものといえる

また、ヨハネⅠ一章8節から10節に

「もし、罪がないと言うなら、それは自分を欺くことであって、真理はわたしたちのうちにない……もし、罪を犯したことがないと言うなら、それは神を偽り者とするのであって」

と言ったヨハネの告白のとおり、イエスの十字架の救いを受けている我々も、依然として原罪のために罪人であることを免れることはできないのである

原理講論 前編4 メシヤの降臨とその再臨の目的-7





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前4-6. メシヤを殺害した連帯的罪

2017-01-19 07:32:47 | 原理講論 前編4 メシヤの降臨

6. メシヤを殺害した連帯的罪

我々は、既に論述したすべての事実から見て、イエスの十字架の死は、彼がメシヤとして来られた全目的を完成するための予定から起こった必然的なことではなく

ユダヤ人たちの無知と不信の結果に起因したものであることを知ることができる

それゆえに、コリントⅠ二章8節の

「この世の支配者たちのうちで、この知恵を知っていた者は、ひとりもいなかった

もし知っていたなら、栄光の主を十字架につけはしなかったであろう」

といった聖句は、まさしくこの事実を十分に証言しているといえる

もし、イエスの十字架の路程が、神が本来予定された路程であったならば、彼は当然行くべき道を歩んでいることになり、何のために

「わが父よ、もしできることでしたらどうか、この 杯 をわたしから過ぎ去らせてください」

と、三回も祈祷されたであろうか
(マタイ二六・39)

これは、人間が堕落して以後四〇〇〇年間も、神が成し遂げようとして苦労された地上天国が、ユダヤ人の不信によって成就されずに、イエスが再臨されるまで、苦難の歴史がそのまま延長されるということをよく知っておられたからである

ヨハネ福音書三章14節を見れば、イエスは

「モーセが荒野でへびを上げたように、人の子もまた上げられなければならない」

と言われた。

イスラエル民族がエジプトからカナンに入るときに、火の蛇が出て、彼らをかみ殺すようになったので、神は銅の蛇をさおの先に付けさせて、それを仰ぎ見る者は救われるようになさった

それと同様に、ユダヤ民族が、イエスを信じないことから、万民が地獄へ行かなければならなくなったので

将来、イエスが銅の蛇のように十字架につけられたのち、それを仰ぎ見て信じる者だけが、救いを受けることができるようになるということを予見されて、イエスは悲しい心情をもって、そのように言われたのである

イエスが預言されたように
(ルカ一九・44)

彼が亡くなられたのち、イスラエル選民が衰亡したのを見ても、イエスはユダヤ人たちの不信によって死の十字架につけられたことが分かる

イザヤ書九章6節以下に

「ひとりのみどりごがわれわれのために生れた、ひとりの男の子がわれわれに与えられた

まつりごとはその肩にあり、その名は

『霊妙なる議士、大能の神、とこしえの父、平和の君』

ととなえられる。

そのまつりごとと平和とは、増し加わって限りなく、ダビデの位に座して、その国を治め

今より後、とこしえに公平と正義とをもってこれを立て、これを保たれる

万軍の主の熱心がこれをなされるのである」

と記録されている。

これは、イエスがダビデ王の位をもってきて、永遠に滅びない王国を建てることを預言したみ言である

それゆえに、イエスが懐胎されるときも、天使がマリヤに現れて

「見よ、あなたはみごもって男の子を産むでしょう、その子をイエスと名づけなさい。彼は大いなる者となり、いと高き者の子と、となえられるでしょう

そして、主なる神は彼に父ダビデの王座をお与えになり、彼はとこしえにヤコブの家を支配し、その支配は限りなく続くでしょう」
(ルカ一・31〜33)

というみ言を伝えたのである。

これによって、神がアブラハムからイスラエル選民を召し、二〇〇〇年間も苦難の中で導いてこられたのは、イエスをメシヤとして降臨させて、永遠に存続する王国を打ち建てるためであったことが理解できるのである

イエスがメシヤとして来られてから、ユダヤ人たちに迫害され十字架で亡くなられたのち、彼らは選民の資格を失い支離滅裂となって、今日に至るまで民族的な虐待を受けてきたのである

それは、彼らが信奉すべきメシヤをかえって殺害して、救いの摂理の目的を失敗させたその犯罪に対する罰であった

そればかりでなく、イエス以後数多くの信徒たちが経験してきた十字架の苦難も、イエスを殺害した連帯的犯罪に対する刑罰であったのである

原理講論 前編4 メシヤの降臨とその再臨の目的-6





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