ばぬあ通信 ―バヌアツ共和国 青年海外協力隊活動記―

青年海外協力隊としてバヌアツ共和国タンナ島で小学校教諭として2007年から2年間活動しました。未知の世界をあなたへ☆

no.84 7.1 タンナの愉快な仲間たち その8

2009-07-01 13:48:07 | Weblog
みなさんこんにちは!好評連載「タンナの愉快な仲間たち」は今回で末広がりの八回目。そしてついにシリーズ最終回!最終回の今日の主役はなんとあの超男前の二人(゜゜)!

一人目はもうすでにばぬあ通信ではおなじみの「浦さん」です。浦さんは今年1月に2年の任期を全うし帰国された元タンナJOCV。タンナの愉快な仲間たち第1回で紹介したよりくんの前任者にあたり、バイクに乗ってタンナ中の小学校を可能な限り回り、体育指導の普及に尽力されました。彼は僻地中の僻地にあるようなアクセスのきわめて悪い学校へも巡回していたので、「Mr.Uraは初めて村に来てくれた外国人なんだ!」という子どもがタンナにはたくさんいます^^もしタンナが10年後に独立したとして、もし浦さんが大統領選に立候補したら当選間違いなし!と断言できるくらい浦さんは島中の人気者!まさにタンナのヒーロー☆私はそんな浦さんと約1年3ヶ月間一緒に活動することができました。一緒に悩み、一緒にうかれ、一緒に頭痛になり、一緒に海にもぐり、一緒に踊り、一緒に焚き火をし、一緒に満腹になり、一緒に飲みすぎ、一緒にたくさんの話をしました。私が浦さんから受けた影響の大きさは自分でもわからないくらい大きなものです。そんな浦さんはタンナを去った今でも私たちタンナJOCVにとって尊敬する兄貴。浦さんはマンタンナにとってまさに「記憶に残る隊員」でした。そして浦さんの残した浦イズムは今もタンナJOCVに脈々と受け継がれています(^o^)/

そして二人目の主役もばぬあ通信でおなじみの「ブレット」です。彼はピースコー(アメリカ平和部隊)のメンバーで、私の住むロカタイ村にあるコーヒー工場とタンナの全コーヒー農家の管理をしていました。いつも夕方になると「Taem blong yumi!(おれたちの時間だよ!)」とうちへ来てくれて、一緒にカバを飲みに行き、経済、文化、思想、恋愛、生活などなどたくさんのことを焚き火を囲んで語り合いました。バヌアツへ来て、まさかアメリカ人の親友ができるとは夢にも思っていませんでした。ブレットと過ごした8ヶ月はとても貴重で素晴らしい経験でした。今思うと彼はタンナでの私の水先案内人だったと思います。彼からたくさんのことを学んだし、同じ時間を過ごす中で、「人種、国籍、言語、文化背景が違っても人は分かり合えるんだ!」と身をもって知ることができました。

この二人がいなかったら私の活動も、タンナの印象も今とは全く違うものになっていたかもしれません。もし「人生を変える出会い」というものがあるならば、この二つの出会いは間違いなく私の人生を変える出会いでした。まだ二人がタンナにいるとき、「10年後、一緒にタンナへ戻ってこよう!」と三人で話しました。10年後のタンナがどうなっているのかわかりませんが、タンナでともに生きた男たちのUnity(結束・団結)は永遠に変わることはないでしょう!そして、私の任地がタンナという過酷な場所だったからこそ、一人の人間として人種も国籍も言語も関係なくみんなと向かい合い、通じ合うことができたのではないかと思います。

TANNA Nambawan !! (タンナ最高!!)(^o^)/

「タンナの愉快な仲間たち」シリーズはこれで終わりですが、ばぬあ通信は100号を目指しまだまだ続きます!もし質問やご意見、ご要望等がありましたら遠慮なくメールくださいね!ではまた!Imamo!(^o^)/


写真は首都で撮った三人の写真です。ちなみに、タンナ島に派遣されるピースコー及びJOCVには「男前でなければならない」という条件がついています。・・・と、それは冗談ですが、現在ピースコー及びJICAともタンナ島には男性しか派遣していません。(以前に派遣されて今も活動している女性のピースコーはいますが、今後女性は派遣しないそうです。)

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