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自然治癒力セラピー協会=Spontaneous Healing Therapy Japan

自然治癒力を発揮させるために、心と体の関係を考えます。

イスラムと倫理~アダブの実践   

2015年03月24日 | 神秘と神の大地”インドの香り”

 形而上的癒しの根源~イスラム教から(4)        

2015・3・24

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前書き)
30代の初めからインド生活においてのほとんど、
私はイスラム教に入信していた。

その間、メッカに行き、ラマダンには、断食をし、
5回の祈りを捧げていた。

数年かけて 中東に各地に残されたイスラム教の
聖地といわれる場所(モスク)にはイスラエル
シリアを含めすべて回ることもできた。
 
かつて、キリスト教、仏教、神道、ヒンズー教
など様々な宗教の門をたたいてみたが結局 
どのような宗教も、一つの"心の宗教"、に
帰一するのだということを、こうした学びから
得て現在の私にいたっている。 
 
イスラム教はヒンズー教同様、日本国内に
いてはなかなか理解する機会がない

外地にいたからこそ、よりその真髄を体感
出来たのかもしれない。

イスラム教の愛、倫理、人生哲学、智慧、
信仰と運命などをこれから数回に分けて
簡単だがお伝えしたい。

そして、最期に ”形而上的癒し”との結びつき
を考え 、自然治癒力との関連に触れられれば
と思う

***************** 

ムハンマド(モハメッド)は、数ある言葉を

クルアーン以外に残し、それらは、”伝承”、

または、”ハディース”として、後世に語り

伝えられている。


たとえば、

宗教とは智恵を伝授しあうことである。”

とか、

イスラームという宗教は善行を薦める

とかいうような言葉がある。

 

善を行うために、智恵が不可欠だ。

智慧とは何か?、

それを分かりやすく詩の形で残したのが

メヴァラーナ(イスラム教聖者)だ。


だから、彼の詩は、イスラム教の聖典

クルアーンをわかりやすくまとめた、

”聖典のエッセンス”ともいわれている。


メヴァラーナは、智慧と善行を行うための、

智慧と倫理(りんり)の関連性を次のよう

に説く。


智慧ある人は倫理に優れる。

イスラム教で倫理的な言葉を意味するものは、

アダブ(#1) といわれる。


善をなす、つまり、”アダブ”が実現されるための

唯一の条件、それは、心の底からそれを行う

”真摯な誠実さ” だとする彼は、まず、アダブ 

の実践に、ねたみ、うそ、偽善 中傷を慎む

事から始めよう” という。


具体的には善行を行うにあたって、避けるべき事を、

次のように定義している;


①*野心; 

野心はそれを持つものの目を曇らせ、耳をふさぎ、

理性の働きを鈍らせる。

その結果野心を持つものの心は外部から遮断され、

無知へと転落する。


②*嫉妬; 

嫉妬は習慣のうち最も悪いものであり、すべて

の欠陥と過失の種である。


③*中傷; 

中傷、影口の類は、人の肉を食うも同然の

忌まわしい行為である。

それを行うものの口が、悪臭を放つ事

神はよくご存知である。


④*高慢; 

かつて天使であったものが罰を受け、永遠

に神の赦しを得ることなく、悪魔となって、

さまよっている。 

すべて高慢さから来たものである


⑤*富への執着

富への執着とは、喉に詰まったワラである。

現世の名誉や財産に目のくらんだ人々の喉に

詰まっているこのワラは、永遠の至福の源

となる生命の水が、喉許を過ぎ体内に浸透

するのを邪魔している。


⑥*賄賂; 

賄賂がまかり通ると、正義は麻痺し、秩序は

乱れる。

人々は混乱し、暴君と名君、圧制と善政の

判別ができなくなる。


⑦*他人の欠点をあげつらうもの

そもそも人間は、自分の短所の数々を、気に

病まずにはいられない。

一旦、気づけば、何とかして直そうと躍起

になる。

そして、他人のことなど構っている余裕は

なくなる。


それでも、他人の欠点や短所をあれこれ詮索

するのは、結局は自分の欠点を受け入れらず、

他人に押し付けようとしている場合が

ほとんどである。


⑧*うそ; 

”うそ”は言うものも言われるものも 

心の疑念を呼び覚まされ、気の晴れること

はない。

だが、真実は常に心に平穏と安定をもたらす。

 

こうした簡単でわかりやすい言葉で 

人の陥りやすい心のわなに、注意の喚起を

呼びかける一方、”善行”の資質を次のように

定義している:


①*謙虚さ; 

謙虚さはその人の価値を高める美徳である。

実を結ばない木の枝は空高く伸びる。

それにひきかえ、たわわに実る果実を

つけた枝は垂れ下がる。


果実が実れば実るほど、体はその重み

垂れ下がるが、地面に触れて泥に汚れぬ

ように、必ず添え木が差し出され、支えて

もらえる。

謙虚さについては、預言者ムハンマド

その好例である。

彼こそは、現世と来世双方の果実を一身

に集めた、世にも珍しい貴重な枝である。


②*寛大さ; 

心優しく、寛大な者が貧者に救いの手を

差し伸べるとき、その手は楽園の木々に

触れているのだ。 

彼が貧しい隣人たちのために費やしたものは

審判の日に再び彼の手元に帰される。


③ *約束の尊守

約束を実行するかどうかが、その人の誠実さ

を測る物差しとなる。

誠実な人だけが賞賛するに値する。


④*怒りを鎮める

怒りの感情が湧き起こっても、それを抑制

することが出来るものは、神の怒りをも

免れるものたちだ。


⑤*忍耐

忍耐こそ、救済の鍵である。 

忍耐はあらゆる種類の困難を取り除く。



その他にも 勤勉、災難から学ぶ事、吝嗇を

避けること、暴飲暴食、惰眠を控える事、

つつしみ深くあることなどを 持つべき美徳

として挙げている。


その語り口はわかりやすく説得力に

富んでいる。

 

こうした行為の基盤にある、アダブ を 

頭だけで理解して、智恵として心に蓄え

ただけでは、意味はない。


“それが実行されない限り、何の意味

もたない。

ただ、舌や耳で繰り返すだけであるなら、

それは、愚者が賢者から借りてきた衣装

に過ぎない”

と言う。


これらの善行と悪行との違いを意識し、

実践することがセルフコントロール

つながり、自分の身を外界の誘惑から

守る事ができると考えた。


それを可能になったとき、アダブ 

呼ばれる倫理的美的所作と、善事の智慧

を身に着けていると、賞賛に値する人物

になれるのだ。

 

そして、その過程では アダブを、すでに

身につけた人を友人として選ぶ事の大切さ

も補足している。


“さあ、行くが良い。

そして助け手となれ。

あなたの助けを必要としているものがいる。

案ずるな、時は常にあなたに味方するだろう。


時は、決して恩を忘れたりしないから。

ずべてのものが、いつかはこの世から立ち、

去る富も財産もあの世に持ってはいけない。


あなたも、いつかはこの世から去る日が

必ず来る。

その時の、現世の置き土産には何より、

喜ばれるものがある。

富よりもたった一つの善行、そのほうが

はるかに勝るのだ“(四行詩集 88)

 

 

 *1 、【礼儀作法、優雅さ、道徳を意味する

参考;“JALAL AL-DIN AL RUMI’  

A Muslim Saint, Mystic and Poet Original title; 

Mevlana Celaleddin Rumi

Written by Prof.Dr.Emine Yeniterzi

Translated to English by Prof.Dr.A.Bulent Baloglu

日本語版 神秘と詩の思想家 

メヴァラーナ トルコ・イスラームの心と愛 2006年 

丸善プラネット株式会社 訳 西田今日子

 

 

 

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