"ちょっと外から見た日本"

今、スペインに住んでいます。
大好きな日本のこと、
外からの視点で触れて見たいと思います。

“エゴからエコへ”

2011-04-06 04:03:03 | 日記
敗戦後の焼け野原の中から這い上がり、日本は、世界も驚く高度成長を体験しました。

そして、円高低金利がもたらしたバブル期、そして、バブル崩壊、その後には“失われた20年”が待っていました。

でも、よく考えてみると、政府や産業界にも、そして私たちにも、高度成長期やバブル期の残像が残っていたのかも知れません。

だからこその“失われた20年”だったのではないかと、今、思っています。

その事を大きく痛感することになったのが、今回の震災、そして原発による人災でした。

私は、残っていた残像を、今、本格的に消すべき時だと思っています。

バブル真っ盛りの1980年代後半と直近の比較において、人口はほとんど変わっていないのに、電力供給量が、3割近くも違うというのは、夏が暑くなったと言え、やはりどこかがおかしいのだと思います。

その3割部分(実際は2割とも言われていますが)は、原子力発電所による供給分でもあります。

私は、その分が剥げ落ちることによって、日本経済が大きなダメージを受けるとは考えていません。

日本人には、このような時に一致団結して、危機を乗り切る本性があるからです。

“エゴからエコへ”の合言葉。

日本が、世界に新しい時代の見本を見せて行くことになると思っています。


ところで、“エゴ”で思いつくのが、菅首相が4月1日に唐突に表明した、東日本大震災復興構想です。

財源確保のために、震災国債発行や特別復興税創設を行い、復興庁や復興担当大臣、その他閣僚ポストを増やし、有識者や地元関係者で構成する「復興構想会議」を作って意見を募る。

すばらしい東北、日本をつくるという夢を持った復活計画を進める。

一見、とても素晴らしい構想のように思えますが、でも本当に魂の入ったプランなのでしょうか。

やはり昨年、唐突に出て来たTPPと同じような匂いがするのです。


どうもその構想は、菅さんの御用学者や、側近の政治家から吹き込まれたアイディアのようです。

大震災の一ヶ月目にあたる4月11日に発表するのだそうです。

その日は、地方統一選挙の翌日です。

選挙結果も含めた今までの失点を隠すための発表、震災までも利用した保身と思われても仕方がないのではないでしょうか。

菅さん、枝野さん、岡田さん、細野さん等が画面に出て、その説明を聞いていても、

“被災者、東北、日本を絶対守るんだ”という腹の底からの決意や覚悟が感じられません。


むしろ、将来どうにかなった時でも問題ないように、というリスクヘッジ、保身の発言が目立つように思います。

自分の両親や配偶者や子供が、被災してもやはり同じトーンなのでしょうか?

この人たちは本当に日本人なのだろうか?と思ってしまうのです。



物資を自分で被災地に運んだ、江頭2:50さんには、感動しました。
(http://www.narinari.com/Nd/20110415312.html)

物資を届けようと思い立ったきっかけは、“NHKで「いわき市が原発の問題で救援物資が届かない。しかも老人たちが孤立してる」との話を聞いたこと”だそうです。

そして、すぐにトラックを手配し、自分で借金したお金で、水やおむつ、ペーパータオルなどの物資を“2トン車いっぱいに買える分だけ”買い、自らいわき市の老人ホームに届けました。

“江頭は「感動しました」と言われることに対し、「いや、違うんだよ。ほかの芸能人はお金をもの凄い金額で募金してるじゃない。オレはお金ないからさ。体で払ってきただけなんだよ」と謙虚な姿勢を崩さず、「オレはちょっとの人間を喜ばせて、ちょっとの物資だよ。ながーく何日も何日もボランティアやってる奴に比べたら、全然大したことじゃないんだよね。いや正直な話言うと。ほんとなんだよ」と語っている。”


心の底からの言葉は、人の心を揺り動かす力があります。


“エゴからエコへ”の世界をつくっていくのは、実はこのような方々なのだと思います。


言葉と本音が一致していること・・・。

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“預金封鎖について”

2011-04-05 03:45:30 | 日記
預金封鎖、この言葉を聞いたことがある方は多いと思います。

『国が、国民のお金を使えないようにしてしまうこと。』

なんだか、遠い世界の話のような感じもします。

政府も、実施する時にしか、この言葉は使わないでしょう。


しかし、日本では、過去に預金封鎖を行ったことがあります。

第二次大戦後、膨大な軍事支出によって財政状態が極端に悪くなっていた時のことです。

当時も今と同じく、国債を保有していたのは日本国民でした。

「私は全く日本の国債を持っていませんけど・・・」

そういう疑問もあるかも知れません。

でも、あなたが、もし、銀行や郵貯にお金を預けていたら、それは国債を持っていることと同じ意味になります。

金融機関が、国債を大量に保有しているからです。

預金者からたくさんのお金を預かった金融機関は、一方で、いい運用先を見つけるのに苦労していて、その結果日本の国債をたくさん買わざるを得ないのです。
 
郵貯の場合、運用資金の約8割が、日本国債だと言われています。


終戦後、日本は、復興に向けて、悪化した財政状態を解消する必要がありました。

そして、昭和21年、政府は、国民の預貯金を使って、それらの財政赤字を補填するという強硬手段を取ったのです。

政府は、国民が銀行に預けてあるお金を小額しか引き出せなくした上で、日本円を旧勘定と新勘定という2つに分け、一定の期間をもって旧勘定が使えなくなるという政策を実施しました。

預金者は、自分の預金を引き出そうとしましたが、引き出し限度金額がとても低く設定されていたため、預けてあったお金を引き出すことが出来ません。

旧勘定と新勘定の移行期間は短かく、結果として、国民は、引き出せなかった旧勘定の資産を全て失うことになりました。


実は、日本は、実質国家破綻状態にあるギリシャやアイルランドよりも、財政状態が悪いのです。

但し、海外投資家の保有比率が高いそうした国々と異なり、日本では、国内の投資家が国債のほとんどを持っているため、今までなんとかしのいで来ました。

しかし、今や日本政府の借金は、GDPの2倍である1000兆円になっています。

本当は、もっとたくさんあるのではないかとも言われています。

一方で、国民の預貯金の総額は1400兆円を切って来ています。

これから、復興の為にもたくさんのお金を使って行きます。

日本の格付けはもっと下がって行くでしょう。

例えば、円安になってインフレとなり、金利が上がっていくと、国債の利払い負担は急増することになります。

そんな時、政府が何か手を打ちたいと考えても不思議ではありません。


ソ連崩壊後のロシヤでは、91年から所謂ハイパーインフレとなり、物価は3年間で、70倍、4900倍、34万3000倍となりました。

そして94年には、なんと通貨の価値を1000分の一にするデノミを行い、98年にはデフォルト、預金封鎖を行いました。


私は、これから、過渡期を経て、お金の役割が世界的に変わっていくと思います。

それは、一言で言うと、お金のためのお金ではなく、感謝の表れとしてのお金なのではないかと思います。

自分の必要なものやサービスが、それをなんとか届けたいという方々によって届けられる、そのお礼としてのお金です。




私は、今、世界的な過渡期に入っていると思います。

なので、預金封鎖やハイパーインフレ、デノミ等を予想して、お金を事前に引き出しておいたり、円を外貨に変えたりしても、それが実際のところ本当に有効な手段になるのかどうかわかりません。

これから、お金にこだわらない世界になっていくのではないかということから考えれば、その事にあまり神経質になったり、不安になったりする必要もないようにも思えます。

ただ、政府が情報を隠すということは、公害訴訟や、薬害訴訟、そして今回の原発の件含めて、たくさん経験していることなので、可能性として知っておいた方がいいことの一つなのかなと思い、触れてみました。


これからは、色々な可能性があり得ることを知っておくこと、

そして、

お金を、絶対的なもの、そして、それがあればなんでも手に入るもの、と思わなければ、それでいいのではないか、とも思います。

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“当たり前のことが当たり前でないこと”

2011-04-03 23:05:05 | 日記
朝、自分の寝室で、目が覚めて、伸びをしながら起きること。

冷たい水道水をコップに入れて、ぐいとおいしく飲みほすこと。

勢いよく出るシャワーのお湯で、朝シャン、顔を洗うこと。

旬の野菜、肉、魚の入ったおかずを、お米や味噌汁と一緒に頂くこと。

バスや電車に乗ったり、ガソリンが一杯入った車を使って通勤や通学をすること。

赤ちゃんに、適温のミルクをあげて、おしめをかえること。

いつでも安心して乗ることが出来るエレベーター。

好きな時に話したい相手とする電話、携帯、メール。

電気機器が必要な患者の方々が安心して使えること。

何でもそろっているコンビニ。

世界に誇る定時運転の交通機関を使って家に帰ること。

スイッチを入れると電気がつくこと。

お湯がたっぷり入った熱いお風呂にはいること。

明日の自分の命のことを心配することなく、自分の床にはいること。

長年連れ添った人が、そばにいること。



3月11日を境に、今まで当たり前だったことは、当たり前でなくなりました。

今まで当たり前だと思っていたことは、実は、とてもありがたいことなんだということがわかりました。

そして、こうしたありがたいことをこれからも経験していく為には、一方で、大きく変えて行った方がいいことも出て来たと思います。


子供たち、孫たち、それに続く子供たち・・・

未来の子供たちに、新鮮な空気、おいしい水、安全な食べ物を残していくこと。


一人一人が、今、何かを感じて、決めて、実行していくことが、確かな未来を創ることになっていくのだと思います。

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“気をつけるべきは内部被曝”

2011-04-03 16:35:59 | 日記
一般の方々が、放射能測定をして、データをアップデートしています。
http://maps.google.com/maps/ms?ie=UTF8&oe=UTF8&msa=0&msid=211033185050990553628.00049ea29c8b4fa869aa4

自宅、勤務地、親戚の方々の場所を随時確認して見るといいと思います。


内部被曝が専門の琉球大学名誉教授矢ヶ崎さんが、内部被曝について語っています。
http://www.ustream.tv/recorded/13471866

・日本では外部被曝についてのみ注意喚起しているが、むしろ怖いのは内部被曝である。

・今朝も、TBSの番組で、東工大教授が、ホウレンソウを洗わないで食べても大丈夫と言っていたが、とんでもないことだ。

・政府は、1リットルの水の限度基準を300ベクレルに置いている。

・300ベクレルというのは、毎秒放射線が出る数のこと。

・1日は8万6400秒なので、それを掛けた数だけの放射線を、毎日受けていることになる。

・毎秒300ベクレルの放射線が出るということは、背後に約8000万個のヨウ素原子が存在しているということ。

・8000万個が4000万個と半減するには8日間かかる。

・これだけに終わらない。ベータ線は、放射線を一回だして終わりではなく、核分裂を複数回繰り返しながら、安定した原子核に変わっていくのである。

・その過程も含めて、実質、半減するのには100日位かかると言われている。

・電離作用によって、電子が飛ばされるが、それによって切れたDNAは、正常に繋がることもあるが、繋がらなかったり、間違って繋がってしまうことがある。

・内部被曝の完璧な予防策はないが、以下の方法を取ることは必要だと思う。

○なるべく遠くに離れる。
○家に入る際、衣服から(手袋等を使って)はらう。
○マスクはとても大事。但し、微粒子のサイズは、スギ花粉の10分の一以下である。
 内側のガーゼを濡らすという手はあると思う。
○帽子、雨がっぱ着用。
○野菜、果物等は必ずよく洗う。
○屋外では食べたりすることは避ける。
○飲料水は、一番頭が痛い。特に被災地には政府に大量配布等してもらうしかない。

・1マイクロメーターの粒子は、300キロ先まで飛んでいく。なので、対応策がとれる人は離れていてもやった方がいい。(特に、幼児、子供、そして将来子供を生む女性の方々だと思います)

・原子力は、未完成の技術である。

・以前から問題を提示していた人は多い。今回のことは決して“想定外”ではない。


政府は、断片的な報道しかしていません。

そして、頃合いを見て、最初は否定していたメルトダウンを認めたり、発電所で亡くなられた方々の発表をしたりしています。

情報は、自分で取りましょう。

その上で、どのようなアクションを取るのかを、自分で考えて行きましょう。

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“原発を全部止めても大丈夫”

2011-04-02 04:37:18 | 日記
全ての原発廃止を訴えると、必ず出てくる声が、

「そうすると電力が足りなくなり、計画停電をしなくてはならなくなるので絶対ダメ!」

ということです。

実際のところどうなのでしょうか?

そのことを、一般に取れるデータからピックアップして説明しているHPを見つけました。
(http://blog.goo.ne.jp/banbiblog/e/be461d252b8b75f6d0d328cb693d44ce)

以下引用させて頂きます。


“「原子力発電所を全部止めてやっていけるのか? 」
高野雅夫(名古屋大学大学院環境学研究科准教授)

データはすべて電気事業連合会【でんきの情報広場】HPによる。

1.年間総発電量について
2009年の10電力会社の合計の年間総発電量は957TWh。
(1TWh=1テラワット時=10億キロワット時)

そのうち原子力発電による発電量はその29%にあたる278TWh。
http://www.fepc.or.jp/present/jigyou/japan/sw_index_02/index.html

2009年の原子力以外の発電による発電量は、年間総発電量から原子力発電による発電量を引いた、957-278TWh=679TWh。

これは1985年の総発電量584TWhよりも多い。
1985年当時の電力消費量になれば、原子力発電所を全部止めてもやっていける。


2.ピーク電力について
過去の最高値は、2001年7月24日15時の183GWだった。
http://www.fepc.or.jp/present/jigyou/japan/sw_index_05/index.html

原子力発電所の発電設備容量は49GW。
http://www.fepc.or.jp/present/nuclear/setsubi/sw_index_01/index.html

したがって、原子力以外の発電所の設備容量は少なくとも183GW-49GW=134GWあると考えられる。

直近のデータでは、2009年8月7日15時に171GWだった。
http://www.fepc.or.jp/present/jigyou/japan/sw_index_05/index.html

2009年の状況では、原子力発電所をすべて止めると、ピーク時に171-134GW=37GW不足する。これは全体の37/171×100=22%である。つまり、ピーク時の電力消費の約2割を節電すれば原子力発電所がなくてもピーク電力をまかなえる。

1985年のピーク電力は8月29日15時の110GWである。この状況になれば原子力発電所を全部止めてもやっていける。

3.まとめ
総発電量で約3割、ピーク電力で約2割の節電によって、原子力発電所を止めても他の発電所の発電設備で電力消費をまかなうことができる。これはバブル経済をやっていた1980年代後半の電力消費量にあたる。 ”



即ち、電力消費量をバブル最盛期であった1980年代後半のレベルまで落とせば、キャパがたくさん余っているといわれる火力発電の増強に頼らなくとも、間に合うということなのです。

今は、節電が大幅に出来る照明も開発されています。

なので、照明効率を上げることによって、明るさは落とさずに、2~3割の節電は出来るはずです。


丹波-浪速道さんにご紹介頂いた、藤崎心さんのHP、感動しながら読みました。
http://ameblo.jp/cocoro2008/entry-10839026826.html

新しい時代、新しい世代の到来だと思いました。

あくまでも真実を見つめようとする感性と、批判にも物怖じせずに思ったことを書く、その潔さに感銘を受けました。

消費する電力が増えて行くことについて、近所の病院の駐車場のことを書いています。


“私の家の近くに、数年前、大きな病院が出来たんです。

駐車場少なくて、いつも満車だったので、

駐車場の「混雑解消」のために、

更に、駐車場増やしたんですよ。

そしたら、どうなったとおもいますか???

駐車場不足が解消したのは

ほんの数カ月だけで、

駐車場が増えたら、

その分、みんな車で来る人の数が増えた!!


結局、駐車場増やしたのに、

駐車場不足は

今も、全然解消されていない。


電力もこれと似ていると思う。
ただ単に、容量増やせば、良いんじゃない。

人間の欲望ははてしないから。”


心さんのHP、途方もない数のコメントが寄せられています。

たくさんの賛成、激励のコメントがある一方で、思わず代わってあげたくなるような、心ない、そして筋違いと思われるコメントもたくさんあります。


その中でも、やはりその批判の多くは、

“原発がなくなると電力が足りなくなるではないか”

ということでした。


なので、

“いやいや、みんなが少しずつ知恵を出し合って使って行けば、大丈夫、”

と言ってあげたいと思います。


先週末から、こちらでは、夏時間になって、時計が一時間早くなりました。

日本でも早く導入すべきだと思います。

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“廃炉も解体も出来ない原発”

2011-04-01 03:45:40 | 日記
昨日、ご紹介させて頂いた平井憲夫さんのブログ(http://www.iam-t.jp/HIRAI/index.html#about)から、原発の廃炉、解体、放射性廃棄物について触れた部分について、抜粋させて頂きます。

文中に出てくる福島原発一号機の記述は、今の状況を予言しているようです。

“もう三〇年近く動いています”、それから更に10年経って40年になりました。

東電は昨年3月、更に20年間運転を続けても点検の強化などで安全性は確保されるとする評価書を国に提出しています。

そして、原子力安全・保安院は今年2月に10年間の運転継続を認可したばかりでした。


“廃炉も解体も出来ない原発

 一九六六年に、日本で初めてイギリスから輸入した十六万キロワットの営業用原子炉が茨城県の東海村で稼動しました。その後はアメリカから輸入した原発で、途中で自前で造るようになりましたが、今では、この狭い日本に一三五万キロワットというような巨大な原発を含めて五一の原発が運転されています。

 具体的な廃炉・解体や廃棄物のことなど考えないままに動かし始めた原発ですが、厚い鉄でできた原子炉も大量の放射能をあびるとボロボロになるんです。だから、最初、耐用年数は十年だと言っていて、十年で廃炉、解体する予定でいました。しかし、一九八一年に十年たった東京電力の福島原発の一号機で、当初考えていたような廃炉・解体が全然出来ないことが分かりました。このことは国会でも原子炉は核反応に耐えられないと、問題になりました。

 この時、私も加わってこの原子炉の廃炉、解体についてどうするか、毎日のように、ああでもない、こうでもないと検討をしたのですが、放射能だらけの原発を無理やりに廃炉、解体しようとしても、造るときの何倍ものお金がかかることや、どうしても大量の被曝が避けられないことなど、どうしようもないことが分かったのです。原子炉のすぐ下の方では、決められた線量を守ろうとすると、たった十数秒くらいしかいられないんですから。

 机の上では、何でもできますが、実際には人の手でやらなければならないのですから、とんでもない被曝を伴うわけです。ですから、放射能がゼロにならないと、何にもできないのです。放射能がある限り廃炉、解体は不可能なのです。人間にできなければロボットでという人もいます。でも、研究はしていますが、ロボットが放射能で狂ってしまって使えないのです。

 結局、福島の原発では、廃炉にすることができないというので、原発を売り込んだアメリカのメーカーが自分の国から作業者を送り込み、日本では到底考えられない程の大量の被曝をさせて、原子炉の修理をしたのです。今でもその原発は動いています。

 最初に耐用年数が十年といわれていた原発が、もう三〇年近く動いています。そんな原発が十一もある。くたびれてヨタヨタになっても動かし続けていて、私は心配でたまりません。

 また、神奈川県の川崎にある武蔵工大の原子炉はたった一〇〇キロワットの研究炉ですが、これも放射能漏れを起こして止まっています。机上の計算では、修理に二〇億円、廃炉にするには六〇億円もかかるそうですが、大学の年間予算に相当するお金をかけても廃炉にはできないのです。まず停止して放射能がなくなるまで管理するしかないのです。

 それが一〇〇万キロワットというような大きな原発ですと、本当にどうしようもありません


「閉鎖」して、監視・管理

 なぜ、原発は廃炉や解体ができないのでしょうか。それは、原発は水と蒸気で運転されているものなので、運転を止めてそのままに放置しておくと、すぐサビが来てボロボロになって、穴が開いて放射能が漏れてくるからです。原発は核燃料を入れて一回でも運転すると、放射能だらけになって、止めたままにしておくことも、廃炉、解体することもできないものになってしまうのです。

 先進各国で、閉鎖した原発は数多くあります。廃炉、解体ができないので、みんな「閉鎖」なんです。閉鎖とは発電を止めて、核燃料を取り出しておくことですが、ここからが大変です。

 放射能まみれになってしまった原発は、発電している時と同じように、水を入れて動かし続けなければなりません。水の圧力で配管が薄くなったり、部品の具合が悪くなったりしますから、定検もしてそういう所の補修をし、放射能が外に漏れださないようにしなければなりません。放射能が無くなるまで、発電しているときと同じように監視し、管理をし続けなければならないのです。 

 今、運転中が五一、建設中が三、全部で五四の原発が日本列島を取り巻いています。これ以上運転を続けると、余りにも危険な原発もいくつかあります。この他に大学や会社の研究用の原子炉もありますから、日本には今、小さいのは一〇〇キロワット、大きいのは一三五万キロワット、大小合わせて七六もの原子炉があることになります。

 しかし、日本の電力会社が、電気を作らない、金儲けにならない閉鎖した原発を本気で監視し続けるか大変疑問です。それなのに、さらに、新規立地や増設を行おうとしています。その中には、東海地震のことで心配な浜岡に五機目の増設をしようとしていたり、福島ではサッカー場と引換えにした増設もあります。新設では新潟の巻町や三重の芦浜、山口の上関、石川の珠洲、青森の大間や東通などいくつもあります。それで、二〇一〇年には七〇~八〇基にしようと。実際、言葉は悪いですが、この国は狂っているとしか思えません。

 これから先、必ずやってくる原発の閉鎖、これは本当に大変深刻な問題です。近い将来、閉鎖された原発が日本国中いたるところに出現する。これは不安というより、不気味です。ゾーとするのは、私だけでしょうか。
どうしようもない放射性廃棄物

 それから、原発を運転すると必ず出る核のゴミ、毎日、出ています。低レベル放射性廃棄物、名前は低レベルですが、中にはこのドラム缶の側に五時間もいたら、致死量の被曝をするようなものもあります。そんなものが全国の原発で約八〇万本以上溜まっています。

 日本が原発を始めてから一九六九年までは、どこの原発でも核のゴミはドラム缶に詰めて、近くの海に捨てていました。その頃はそれが当たり前だったのです。私が茨城県の東海原発にいた時、業者はドラム缶をトラックで運んでから、船に乗せて、千葉の沖に捨てに行っていました。

 しかし、私が原発はちょっとおかしいぞと思ったのは、このことからでした。海に捨てたドラム缶は一年も経つと腐ってしまうのに、中の放射性のゴミはどうなるのだろうか、魚はどうなるのだろうかと思ったのがはじめでした。

 現在は原発のゴミは、青森の六ケ所村へ持って行っています。全部で三百万本のドラム缶をこれから三百年間管理すると言っていますが、一体、三百年ももつドラム缶があるのか、廃棄物業者が三百年間も続くのかどうか。どうなりますか。

 もう一つの高レベル廃棄物、これは使用済み核燃料を再処理してプルトニウムを取り出した後に残った放射性廃棄物です。日本はイギリスとフランスの会社に再処理を頼んでいます。去年(一九九五年)フランスから、二八本の高レベル廃棄物として返ってきました。これはどろどろの高レベル廃棄物をガラスと一緒に固めて、金属容器に入れたものです。この容器の側に二分間いると死んでしまうほどの放射線を出すそうですが、これを一時的に青森県の六ケ所村に置いて、三〇年から五〇年間くらい冷やし続け、その後、どこか他の場所に持って行って、地中深く埋める予定だといっていますが、予定地は全く決まっていません。余所の国でも計画だけはあっても、実際にこの高レベル廃棄物を処分した国はありません。みんな困っています。

 原発自体についても、国は止めてから五年か十年間、密閉管理してから、粉々にくだいてドラム缶に入れて、原発の敷地内に埋めるなどとのんきなことを言っていますが、それでも一基で数万トンくらいの放射能まみれの廃材が出るんですよ。生活のゴミでさえ、捨てる所がないのに、一体どうしようというんでしょうか。とにかく日本中が核のゴミだらけになる事は目に見えています。早くなんとかしないといけないんじゃないでしょうか。それには一日も早く、原発を止めるしかなんですよ。

 私が五年程前に、北海道で話をしていた時、「放射能のゴミを五〇年、三百年監視続ける」と言ったら、中学生の女の子が、手を挙げて、「お聞きしていいですか。今、廃棄物を五〇年、三百年監視するといいましたが、今の大人がするんですか? そうじゃないでしょう。次の私たちの世代、また、その次の世代がするんじゃないんですか。だけど、私たちはいやだ」と叫ぶように言いました。この子に返事の出来る大人はいますか。
 それに、五〇年とか三百年とかいうと、それだけ経てばいいんだというふうに聞こえますが、そうじゃありません。原発が動いている限り、終わりのない永遠の五〇年であり、三百年だということです。 ”



東京電力は、昨日、1号機から4号機を廃炉にすると発表しました。

しかし、それを一体どのようにやるのか、放射性廃棄物はどうするのか含めてきちんと確認していく必要があります。

でも、その前に、これらの原発からは、今も、放射線が出ているのです。

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