コロンビア大学で日本経済についての講演を撮影。8時出発。
カメラを抱えてタクシーに乗った。
30代前半位の小太りの黒人ドライバー。信号待ちで振り向くと、
「あの娘、可愛いな。」とつぶやいた。
視線の先を見ると、地下鉄の入り口で 若い女性がフリーペーパーを配っている。
ぽっちゃりと小太りの健康的な感じで、僕の目には「かわいい」とは映らなかったので、へえ、面白いもんだな、と思った。
我々の視線に気付いてにっこり笑う。彼が手を振る。
「いい笑顔だね。」と言うと「うん、いい笑顔だ。」と彼。
信号が変わる。
のろのろとスタートしながら「うーん。」と唸っている。
僕が、「そこに車を止めなよ、俺、急いでないし。」と言うと、
「えっ?….止めて?どうするの?」
「電話番号を聞くんだよ。」
「そうか、電話番号ね、で、それから?」
「それから、シャワーをあびるんじゃないか。」
「シャワーを?…アッハッハ。」
のろのろ動いているので、後ろからクラクションを鳴らされる。
交差点を渡っているじいさんを曵きそうになる。
心ここに在らず。
「客の俺がいいって言ってるんだよ。」
「そうだ、お客さんの許可がおりてるんだし…..。」
ブレーキを踏む。後ろからまた鳴らされる。
「いや、ダメだ!」と彼。
「何が?」
「俺は仕事中にそういうことはしない。」
「へえ。そう?」
「だいたい、仕事中に女なんかとかかわるとろくなことにならない。売り上げ取られたりとかね。」
「そうかい。…. でも、いい娘だったね。」
「うん、いい娘だった。」
「健康そうだし。」
「うん、健康そうだ。」
「若過ぎもしないし。」
「若過ぎでも年寄り過ぎでもない。」
「こんな朝早くから働いてるんだから、少なくとも、おかしなやつじゃないな。」
「うん、彼女は働き者だ。」
それから彼のルイジアナの家族や僕の日本の家族の話をあれこれしていると、
「ところで、あの娘なんだけど、笑顔が素敵で、健康で、年頃で、働きもので、 ね。」
と言う。
「俺を降ろしてから戻ればいいじゃないか。まだあそこにいるよ。」
「そうだな。それか、明日の朝行ってもいいな。電話番号をもらって、電話する。と、最初はランチかな。そしてどうする?」
「シャワーをあびるんじゃないか。」
「アハハハ、まだはやいな。」
「じゃあ、週末に映画でも行けば?」
「うん、映画みて、ディナーまでいけばオッケーって感じかな….いや、急いじゃダメだな。慎重に。」
彼女が独身じゃないかもしれないとは思わないらしい。
目的地に着く。
トランクから三脚を出していると運転席から降りて来て、
「日本経済の講演とやらが退屈じゃないことを祈るよ。」と笑う。
僕は、 握手をして「You made my day!」と言った。